糖尿病・肥満症のあたらしい医療 ―糖尿病先制医療センター ―
糖尿病先制医療センターとは
糖尿病先制医療センターは令和元年に設立された新しい診療クラスターセンターです。「先制医療」は疾患の治療や対症療法を中心としたこれまでの医療と異なり、疾患発症の超早期やそれ以前の時点から患者さん個々の特性に沿った介入を行うことで疾患そのものの発症を予防し、疾患による影響を最小限に抑える個別化された予防医療を意味します。当センターでは糖尿病分野における先制医療を通して糖尿病合併症の進行抑制を目指しています。今回は、当センターで行っている糖尿病および肥満症の新しい治療をご紹介いたします。
肥満・2型糖尿病に対する新しい薬物治療
糖尿病治療薬としてすでに広く使用されているGLP1受容体作動薬セマグルチド(semaglutide)が、一定の条件を満たす場合肥満症の治療薬として使用することが可能となりました。第3相治験では本薬剤の最大投与量(週1回2.4mg皮下注射)の使用で平均13.2%の減量効果が示されています(Lancet Diabetes Endocrinol. 2022 ;10(3):193-206.)。
保険適用となる方は、肥満症で、高血圧、脂質異常症または2型糖尿病のいずれかを有し、薬物治療に加え半年間の食事療法・運動療法を行っても十分な効果が得られず、以下のいずれかに該当する場合に限ります。
・BMIが35kg/m2以上
・BMIが27kg/m2以上であり、2つ以上の肥満に関連する健康障害を有する
肥満に関連する健康障害:耐糖能障害(2型糖尿病・耐糖能異常など)、脂質異常症、高血圧、高尿酸血症・痛風、冠動脈疾患、脳梗塞・一過性脳虚血発作、非アルコール性脂肪性肝疾患(NAFLD)、月経異常・女性不妊、閉塞性睡眠時無呼吸症候群(OSAS)・肥満低換気症候群、運動器疾患(変形性関節症:膝・股関節・手指関節、変形性脊椎症)、肥満関連腎臓病
慶應義塾大学病院では、治療開始後2か月毎の管理栄養士による栄養指導(機器が使用可能であればオンラインで受講することも可能です)を半年間継続し、十分な改善が得られない場合にこの薬剤を開始し68週間にわたり継続します。治療期間中専門の医師ならびに看護師がメンタル面を含め治療を支援いたします。
2型糖尿病の方では承認用量などが上記とは若干異なりますが、GLP1受容体作動薬やGLP1/GIP受容体作動薬が保険診療で使用可能です。もちろん、その他の薬物治療を含めそれぞれの患者さんに合った治療を検討いたしますので、ご相談ください。
1型糖尿病に対する新しい治療
皮下に刺した細いセンサーにより皮下の間質液中の糖濃度(間質グルコース値)を持続的に測定する持続グルコースモニタリング(Continuous Glucose Monitoring:CGM)と、これと連動する携帯型シリンジポンプを使い持続的にインスリンを投与するインスリンポンプ療法(Continuous Subcutaneous Insulin Infusion:CSII)の進歩には著しいものがあります。当院ではAdvanced Hybrid Closed Loopシステムを搭載したMedtronic社のミニメドTM780Gシステムが利用可能です。この機械には次のような利点があります。
- 低血糖を予測して自動的に基礎インスリン注入を一時中断してくれる機能(低グルコース前一時停止)を有するポンプです。この機能により低血糖のリスクが非常に小さくなりました。
- 患者さんの基礎インスリン注入とセンサグルコース値のデータから最適な基礎インスリン量・パターンを作成し、自動で基礎インスリンが注入されセンサグルコース値に応じて調節されます。780Gは100mg/dL、110mg/dL、120mg/dLから選択できます。また、従来の機種と比較し、血糖データの校正のための指先での血糖測定回数が基本的に不要になりました。
- 高血糖(高センサグルコース)時に基礎インスリンが増量され、それでも不十分な場合は補正ボーラスインスリンが自動で注入されます。
海外で行われた無作為化比較試験ではこの機械の使用により70~180mg/dLの目標血糖値に入る時間帯の割合が3か月で69.3%から85.0%に増加する一方で、70mg/dL未満の低血糖となる時間帯が8.7%から2.1%に減少したことが報告され、安全で有効性が高く、患者さんの生活の質も改善することが報告されています(Diabetes Care. 2022 ;45(11):2628-2635.)。
腎臓・内分泌・代謝内科の1型糖尿病外来では、外来でのインスリンポンプ導入を積極的に行っています。もちろん、入院で治療を開始することも可能です。
また、インスリンポンプを希望されない方でもCGMを利用することは可能です。こちらはMedtronic社、Dexcom社の機械が利用可能です。あるいは間歇式持続グルコースモニタリングも使用することができます。Abott社、Dexcom社の機械が利用可能です。これらの機械もスマートホンでデータを確認したり、低血糖などのアラームを知らせてくれる機能が利用できます(一部利用できないスマートホンもあり、その場合は専用のリーダーを使用します)。
注)間歇式持続グルコースモニタリングはインスリン治療中の2型糖尿病の方も使用することができます。Abott社、Dexcom社の機械が利用可能です。
糖尿病・肥満治療の精神的負担に対する新たな試み
糖尿病治療においては患者さん自身の食事や運動に対する取り組みや体重の管理が求められ、これは患者さんにとって大きな負担となる可能性があります。マインドフルネスというのは、「今の自分」に瞑想や呼吸法などを通じて注意を向け、思考や感情にとらわれず、現実をあるがままに受け入れていく、心理的な手法です。携帯やTVを見ながら、仕事のことを考えながら等「ながら食べ」している食生活から「空腹感」や「五感を使って味わう」食生活に変えていく、すなわち、マインドフルに患者さんの糖尿病・肥満治療における精神的負担を軽減することに精神・神経科と協力し取り組んでいます。
糖尿病先制医療センタースタッフ
文責:糖尿病先制医療センター
執筆:目黒周
最終更新日:2024年7月1日
記事作成日:2024年7月1日
あたらしい医療
- 2024年
- 臨床研究を通じたあたらしい医療への貢献 ―リウマチ・膠原病内科―
- リンパ管腫(嚢胞状リンパ管奇形) ―小児外科―
- 安全・安心の美容医療の開始 ―形成外科―
- アルツハイマー病の新しい治療 ~アルツハイマー病の原因物質、アミロイドβを取り除く薬剤~ ―メモリークリニック―
- 糖尿病・肥満症のあたらしい医療 ―糖尿病先制医療センター ―
- うつ病に対する反復経頭蓋刺激療法(rTMS療法)の発展 ―精神・神経科―
- 好酸球性消化管疾患(EGID)~アレルギーセンターの取り組み~ ―アレルギーセンター ―
- パーキンソン病に対するデバイス補助療法の進歩 ―パーキンソン病センター―
- 早産で小さく生まれた赤ちゃんの性別を正確に決める ―性分化疾患(DSD)センター―
- 外科的切除が困難な腫瘍にエキスパート達が集結し挑む:大血管浸潤腫瘍治療センターの設立―大血管浸潤腫瘍治療センター―
- 小児白血病に対するCAR-T細胞療法 ―小児科―
- 表在型消化管腫瘍に対する内視鏡的粘膜下層剥離術の進歩 ―内視鏡センター―
- 2023年
- 副腎の新しい治療~原発性アルドステロン症に対する新しい低侵襲治療:ラジオ波焼灼術~ ―腎臓・内分泌・代謝内科―
- 胸部悪性腫瘍に対する経皮的凍結融解壊死療法(患者申出療養) -呼吸器外科・放射線科・呼吸器内科-
- いよいよ始まる婦人科がんでのセンチネルリンパ節ナビゲーション手術 ―婦人科―
- リンパ浮腫の発症予防・早期発見から精度の高い診断方法・先端治療まで ―リンパ浮腫診療センター―
- 多科による有機的な連携で難病を治療 ―側弯症診療センター―
- 多職種連携チーム医療で支える ―パーキンソン病センター―
- 臓器移植センターでの取り組みについて ―臓器移植センター―
- 口腔顔面痛ってどんな病気?筋肉のコリが原因になることがあるって本当? ―歯科・口腔外科―
- DX(デジタルトランスフォーメーション)で実現する効率的で質の高い微生物検査 ―臨床検査科―
- 中枢性運動麻痺に対する新たな治療法 ―リハビリテーション科―
- 2022年
- 新薬が続々登場!アレルギー疾患の治療革命 ―アレルギーセンター ―
- 小児リウマチ・膠原病外来の開設 -小児科-
- 最新ロボット「hinotori(ヒノトリ)」を用いた腹腔鏡下手術開始 -泌尿器科-
- UNIVAS成長戦略に対する本校の貢献 ~UNIVASスポーツ外傷・障害予防研究~ ―スポーツ医学総合センター―
- 血管腫・血管奇形センター ~病態・治療について~
- 炎症性腸疾患 ~専門医連携による最新の取り組み~ -消化器内科-
- 多職種連携で行うAYA世代がん患者さんの支援 -腫瘍センター AYA支援チーム-
- 糖尿病のオンライン診療 -腎臓内分泌代謝内科-
- 義耳と軟骨伝導補聴器を併用する小耳症診療 -耳鼻咽喉科-
- 腸管機能リハビリテーションセンター:Keio Intestinal Care and Rehabilitation Center
- 歯周組織再生療法 ―歯科・口腔外科―
- 外傷性視神経管骨折へのチームアプローチ(視神経管開放術) ―頭蓋底センター―
- 最新の角膜手術(改訂) ―眼科―
- 子宮体がんの手術とセンチネルリンパ節生検(改訂) -婦人科-
- 2021年
- 2020年
- 2019年
- 早期消化管がんに対する低侵襲内視鏡治療(改訂)
-腫瘍センター 低侵襲療法研究開発部門- - 血液をきれいにするということ(改訂)
-血液浄化・透析センター- - 1型糖尿病治療の新しい展開
―糖尿病先制医療センター― - アルツハイマー病の新しい画像検査
~病因物質、ベーターアミロイドとタウ蛋白を映し出す検査~ - 性分化疾患(DSD)センターの活動を紹介します
- 乳がん個別化医療とゲノム医療 ―ブレストセンター
- 気管支喘息のオーダーメイド診療 -呼吸器内科―
- 筋萎縮性側索硬化症(ALS)の根本治療を目指して~運動ニューロン疾患外来開設~
- 人工中耳手術 ~きこえを改善させる新しい手術~ ―耳鼻咽喉科―
- がん患者さんへの妊孕性温存療法の取り組み ―リプロダクションセンター―
- 腰椎椎間板ヘルニアの新たな治療 ~コンドリアーゼによる椎間板髄核融解術~ ―整形外科―
- 痛みに対する総合的治療を提供する「痛み診療センター」の開設
- 軟骨伝導補聴器 ~軟骨で音を伝える世界初の補聴器~
―耳鼻咽喉科― - 診療科の垣根を超えたアレルギー診療を目指して
― アレルギーセンター ―
- 早期消化管がんに対する低侵襲内視鏡治療(改訂)
- 2018年
- 漏斗胸外来の開設
-呼吸器外科- - 肝臓がんの最新治療~新世代マイクロ波アブレーション、複合免疫療法、分子標的薬~
―消化器内科― - がん免疫療法~免疫チェックポイント阻害薬~
-先端医科学研究所― - がん患者とその家族・子どもへの支援
―がんの親をもつ子どもサポートチーム(SKiP KEIO)― - がん骨転移に対する集学的治療
―骨転移診療センター― - 1号館(新病院棟)開院とこれからの周術期管理
―麻酔科― - 慶應義塾大学病院におけるがんゲノム医療~現状と将来像~
―腫瘍センター― - アスリート・スポーツ愛好家のトータルサポートを目指して
―スポーツ医学総合センター― - 爪外来
-皮膚科- - 肝臓病教室(改訂)
-消化器内科- - 禁煙外来におけるアプリ治療の開発
-呼吸器内科- - 認知症専門外来(改訂)
-メモリークリニック-
- 漏斗胸外来の開設
- 2017年
- 自然な膝の形状を再現した違和感のない人工膝関節置換術
-整形外科- - 母斑症診療の新たな枠組み
―母斑症センター― - 子宮頸部異形成に対する子宮頸部レーザー蒸散術
―婦人科― - 新しい鎮痛薬ヒドロモルフォンによるがん疼痛治療
―緩和ケアセンター― - 内視鏡下耳科手術(TEES)
―耳鼻咽喉科― - 頭蓋縫合早期癒合症の治療‐チーム医療の実践‐
―形成外科― - 気胸ホットラインの開設
―呼吸器外科― - 出生前診断‐最新の話題‐
-産科- - クロザピン専門外来の取り組みと治療抵抗性統合失調症に対する研究について
―精神・神経科― - 治療の難しい天疱瘡患者さんに対する抗CD20抗体療法
-皮膚科- - AED(改訂)
-救急科- - IBD(炎症性腸疾患)センター
-消化器内科- - 肝不全/肝硬変に対する究極の治療 -肝移植-(改訂)
-一般・消化器外科-
- 自然な膝の形状を再現した違和感のない人工膝関節置換術
- 2016年
- 2015年
- 2014年
- 2013年
- 2012年
- 2011年