小児白血病に対するCAR-T細胞療法 ―小児科―
はじめに
15歳未満で起きるがんのうち、最も頻度が高いのは白血病です。小児白血病の約7割を占める急性リンパ性白血病(Acute Lymphoblastic Leukemia:ALL)は、白血球の種類のひとつであるリンパ球が成熟する過程で遺伝子異常が起こり、未熟なリンパ球の異常な増殖を特徴とする血液のがんです。この30年の間にALLの治療成績は飛躍的に向上し、5年以上の生存が9割以上の患者さんで期待できるようになりました。また、ALL細胞がもつ遺伝子異常や初期治療への反応性などの情報を組み合わせることで、長期生存を見込める患者さんを予測できるようになりました。しかし、予後不良の予測因子をもつ患者さんの長期生存率は依然として50%以下であり、治療成績向上に貢献する新規治療の開発が望まれてきました。
CAR(Chimeric Antigen Receptor)-T細胞は、キメラ抗原受容体遺伝子改変T細胞の略称で、がん細胞に特徴的な分子に結合する部分とT細胞を活性化する部分を融合させた「キメラ抗原受容体」を遺伝子導入した細胞です。小児ALLは、CAR-T細胞療法が初めてがん免疫療法として適用された疾患です。CAR-T細胞は、がん細胞を集中的に攻撃できる、投与後に体内で増殖、維持されるためがん細胞を継続的に攻撃できるという特長があり、従来の抗がん剤よりも高い治療効果をより少ない副作用で得られることが期待できます。
小児の再発・難治性ALLに対するCAR-T細胞療法は、2017年に米国食品医薬品局の承認を取得し、日本でも2019年にチサゲンレクルユーセル(キムリア®)が保険承認されました。慶應義塾大学病院は、2019年にキムリア®治療提供可能施設に認定され、小児科では2020年からキムリア®を使った治療を行っています。
CAR-T細胞療法の対象となるALLの患者さん
当科で治療提供可能なCAR-T細胞療法は、キムリア®です。キムリア®はCD19という分子を標的としてがん細胞を攻撃するため、ALL患者さんのうち、がん細胞の表面にCD19が発現しており、従来の治療後に再発された患者さん、難治性の患者さんが対象となります。キムリア®治療は認可を受けた施設でのみ行われています。詳しくは、主治医にお問い合わせください。
CAR-T細胞療法の実際(図1)
まず、CAR-T細胞のもととなるTリンパ球を患者さん自身から採取します。約2~3時間かけて、体外に取り出した血液から必要なリンパ球を専用の器械を用いて採取し、残りの血液を体内に戻します。採取されたリンパ球は液体窒素で凍結保管され、これをCAR-T細胞を製造する工場へ送り届けます。
CAR-T細胞が製造され、再び治療施設に戻ってくるまでの期間、病気の進行を抑えるために化学療法を行います(ブリッジング治療)。ブリッジング治療の内容はこれまでの経過を踏まえ、治療効果と副作用のバランスを考えて選択します。また、ブリッジング治療で用いる薬剤がCAR-T細胞の治療効果を弱めることがないように、CAR-T細胞投与の数日から数週間前(薬剤の種類により期間が異なります)にはブリッジング治療を終了しておく必要があります。CAR-T細胞投与前に正常リンパ球が一定量以上残っている場合は、3~4日間のリンパ球除去療法を行い、2日以上の間隔をあけてCAR-T細胞を投与します。
図1.CAR-T細胞療法の流れ〜製造から投与まで
CAR-T細胞療法の合併症
インフュージョンリアクション(急性輸注反応)
CAR-T細胞の投与時に発熱、皮膚のかゆみ、吐き気、呼吸困難などの症状が出る場合があります。これらの症状を予防するため、解熱剤や抗ヒスタミン剤を使用します。
サイトカイン放出症候群
CAR-T細胞が放出するサイトカインによって起こる全身性の炎症の症状で、発熱から始まり、重症化すると心不全や呼吸障害、腎不全、肝機能障害などを起こします。発熱の頻度は40~80%と報告されています。症状や重症度に応じて、輸液、解熱剤、酸素、昇圧剤などの治療を行うほか、インターロイキン6の阻害剤(トシリズマブ)やステロイドなどの炎症を抑える薬剤の投与も行われます。
免疫エフェクター細胞関連神経毒性症候群
CAR-T細胞療法の合併症として治療後、様々な時期に神経の異常(頭痛、意識障害、麻痺、失調、けいれんなど)がみられます。その頻度は0~50%と報告により様々です。神経系の異常を合併した患者さんの髄液内でCAR-T細胞が検出されるとの報告があり、症状の発生に何らかの関わりをもつと考えられています。
低ガンマグロブリン血症
CD19を目印として細胞を攻撃するCAR-T細胞は、ALL細胞と同様にCD19をもつ正常Bリンパ球も攻撃するため、B細胞が分泌する免疫物質ガンマグロブリンが体内で不足する低ガンマグロブリン血症を合併します。この副作用への対応として、定期的なガンマグロブリンの補充が必要になることが多いです。
CAR-T細胞療法の効果
CAR-T細胞療法が臨床応用される前は、難治性ALLに対する治療は造血細胞移植が中心でした。CAR-T細胞療法は、従来の化学療法では寛解が得られない患者さんの寛解率を上昇させるだけでなく、造血細胞移植と比較して治療後の生活の質をより早期に改善することが期待できます。
CAR-T細胞の今後と当院の取り組み
小児白血病の中でも、難治性のT細胞性ALLや急性骨髄性白血病(Acute Myeloid Leukemia:AML)の治療成績は、B細胞性ALLに比べて不良です。このため、国内外でこれらの難治性白血病に対するCAR-T細胞の開発研究が進められています。
当院では、キムリア®治療提供可能施設として適応のある小児ALL患者さんを積極的に受け入れ、スムーズにCAR-T細胞療法を実現できるよう、近隣の施設と密な連携体制を取っています。
文責:小児科
執筆:嶋晴子、嶋田博之、鳴海覚志
最終更新日:2024年1月5日
記事作成日:2024年1月5日
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