副腎の新しい治療
~原発性アルドステロン症に対する新しい低侵襲治療:ラジオ波焼灼術~
―腎臓・内分泌・代謝内科―
はじめに
副腎は、左右の腎臓の上側に位置するホルモン産生臓器です。副腎では、糖脂質代謝・抗炎症・骨代謝などに関わるコルチゾール、血圧・電解質調節に関わるアルドステロン、心機能・血圧上昇に関わるアドレナリンなど、生命維持に欠かせない様々なホルモンが産生・分泌されています。一方で、生体に必須なホルモンであっても過剰に分泌されると様々な異常を来します。今回は副腎ホルモンの過剰症として最も多くみられる、原発性アルドステロン症とその新しい治療についてご説明します。
原発性アルドステロン症とは
アルドステロンは本来、副腎の皮質球状層という部位から産生されますが、生理的には、ほかのホルモン(アンギオテンシン2)や電解質(カリウム)によって分泌が調節されています。一方で、ほかからの分泌刺激を受けずに自律的にアルドステロンを産生してしまう疾患が原発性アルドステロン症です。
アルドステロンは体内に塩分(ナトリウム)を保つことで血圧を上昇させる作用をもちますが、過剰に分泌されることで高血圧を来します。また、カリウムを尿中に排泄する作用もあり、程度が強い場合は低カリウム血症もみられます。それだけでなく、原発性アルドステロン症ではほかの高血圧患者さんに比較し、脳梗塞・心筋梗塞・心房細動などの脳血管疾患の発症率が高いことが報告されています。こうした合併症を防ぐ治療の重要性が明らかとなり、日本内分泌学会や日本高血圧学会が積極的に啓蒙活動を行うことで、原発性アルドステロン症が高血圧患者さんの5~10%をも占めることが明らかになってきました。適切な治療が脳血管疾患を防ぐことも示されていることから、早期の診断・治療開始がとても大切です。
検査と診断
診断には、アルドステロンがほかのホルモン刺激に因らず自律的に分泌されていることを確認するため、カプトプリル負荷試験、生理食塩水負荷試験、経口食塩負荷試験(24時間蓄尿)などの複数の負荷試験を行います。慶應義塾大学病院では4泊5日の検査入院でこれらを実施し、正確な診断を心掛けています。
また、血液検査でアルドステロンの濃度を測定しますが、正確性向上を目的に2021年に測定方法がRIA法(ラジオイムノアッセイ)からCLEIA法(化学発光酵素免疫測定法)へ全国的に改良されました。当院でも一早く導入し、院内で検査を行うことで採血当日に結果を確認することができます。基準値も合わせて変更となりましたが、以前の測定法での換算値も併記することで患者さんにも分かりやすいよう工夫しています。
病型診断の特殊検査:副腎静脈サンプリング
原発性アルドステロン症には複数の病型があり、副腎腫瘍がアルドステロンを過剰に産生する片側性(アルドステロン産生腺腫)と、左右の副腎全体が過剰に産生する両側性に大きく分類されます。いずれも原発性アルドステロン症ですが、治療方法が異なるため病型診断も重要になります。
病型診断には、副腎静脈サンプリングという特殊なカテーテル検査を行います。左右の足の付け根からカテーテルを挿入し、左右の副腎静脈それぞれから直接採血しアルドステロン濃度を測定することで、CTなどで確認された腫瘍のアルドステロン産生性を評価・診断します。難易度の高い検査ですが、経験数が豊富な当院では副腎静脈のさらに細い血管からも採血を行う超選択的な副腎静脈サンプリングを実施することで、より正確なホルモン産生部位の同定を行っています。緻密な検査と診断が、後述する副腎部分切除や新しい治療法のラジオ波焼灼の実施に大いに貢献しています。
これまでの治療法
原発性アルドステロン症治療の要点は、アルドステロンの作用を抑えることです。方法としては、アルドステロンを過剰に産生する副腎を切除する手術と、アルドステロン作用を阻害するアルドステロン拮抗薬の内服療法が用いられています。両方の副腎からアルドステロンが過剰に産生されている両側性の場合は、切除できないため内服療法のみが適応となりますが、片側性の腫瘍性であれば手術による根治が望めます。手術では副腎摘出術を行うことが一般的ですが、当院では副腎の正常部分を可能な限り温存するために、腫瘍部分のみの切除術(副腎部分切除術)も行っています。その適応を決めるうえでも、上述の超選択的副腎静脈サンプリングが役立っています。
新たな治療法:ラジオ波焼灼術
片側性・腫瘍性の原発性アルドステロン症に対する手術は、有効かつ安全で確立した治療法であり、完治が望めます。一方で、手術の痕や1週間の入院期間を要してしまうことは患者さんが懸念される点でした。その中で、少しでも侵襲度の低い治療法を開発するべく、2015年に原発性アルドステロン症に対するラジオ波焼灼術の臨床試験が行われました。ラジオ波焼灼術では背中から2本の電極を刺し、副腎腫瘍を挟んでラジオ波を流すことで焼灼します(図1、2)。5日間の短い入院期間で、治療痕も背中の非常に小さいものだけになります。
図1.ラジオ波焼灼術の機器
図2.左:右副腎腺腫 右:焼灼のイメージ
当院も参加した37例の患者さんを対象にした多施設共同の臨床試験では、約9割の方で血中アルドステロンの正常化を確認できました。そして2021年6月、原発性アルドステロン症に対するラジオ波焼灼術が保険収載されたことで、標準治療として患者さんへ提供できるようになりました。ただ、特別な機器・技術を要するため施行可能な施設はまだ限られており、2023年6月時点で当院を含めた2施設のみとなっています。
当院では2023年6月に、保険収載後では第1例目の方の治療を行い、合併症もなくアルドステロン分泌の正常化を確認しています。本治療法は、腫瘍性の原発性アルドステロン症全ての方に適応となるわけではありませんが、より侵襲度の低い治療法も選択肢の一つに加わったことは、患者さんにとっての大きなメリットと考えています。
最後に
当院、腎臓・内分泌・代謝内科では、長年にわたり原発性アルドステロン症の診療を続けており、これまでの豊富な経験を生かしながら診断から最新の治療まで、泌尿器科・放射線科・病理診断科との協力体制で患者さんに提供しています。また、更なる診療レベル向上に向けて、副腎疾患の臨床研究にも積極的に取り組んでいます。これからも患者さんに最新・最適な治療を提供できるよう心掛けていきます。
文責:腎臓・内分泌・代謝内科
執筆:中村俊文
最終更新日:2023年11月1日
記事作成日:2023年11月1日
あたらしい医療
- 2024年
- 非侵襲的に心拍出量を測定する新技術:患者さんに優しいesCCOの可能性 ―麻酔科―
- 臨床研究を通じたあたらしい医療への貢献 ―リウマチ・膠原病内科―
- リンパ管腫(嚢胞状リンパ管奇形) ―小児外科―
- 安全・安心の美容医療の開始 ―形成外科―
- アルツハイマー病の新しい治療 ~アルツハイマー病の原因物質、アミロイドβを取り除く薬剤~ ―メモリークリニック―
- 糖尿病・肥満症のあたらしい医療 ―糖尿病先制医療センター ―
- うつ病に対する反復経頭蓋刺激療法(rTMS療法)の発展 ―精神・神経科―
- 好酸球性消化管疾患(EGID)~アレルギーセンターの取り組み~ ―アレルギーセンター ―
- パーキンソン病に対するデバイス補助療法の進歩 ―パーキンソン病センター―
- 早産で小さく生まれた赤ちゃんの性別を正確に決める ―性分化疾患(DSD)センター―
- 外科的切除が困難な腫瘍にエキスパート達が集結し挑む:大血管浸潤腫瘍治療センターの設立―大血管浸潤腫瘍治療センター―
- 小児白血病に対するCAR-T細胞療法 ―小児科―
- 表在型消化管腫瘍に対する内視鏡的粘膜下層剥離術の進歩 ―内視鏡センター―
- 2023年
- 副腎の新しい治療~原発性アルドステロン症に対する新しい低侵襲治療:ラジオ波焼灼術~ ―腎臓・内分泌・代謝内科―
- 胸部悪性腫瘍に対する経皮的凍結融解壊死療法(患者申出療養) -呼吸器外科・放射線科・呼吸器内科-
- いよいよ始まる婦人科がんでのセンチネルリンパ節ナビゲーション手術 ―婦人科―
- リンパ浮腫の発症予防・早期発見から精度の高い診断方法・先端治療まで ―リンパ浮腫診療センター―
- 多科による有機的な連携で難病を治療 ―側弯症診療センター―
- 多職種連携チーム医療で支える ―パーキンソン病センター―
- 臓器移植センターでの取り組みについて ―臓器移植センター―
- 口腔顔面痛ってどんな病気?筋肉のコリが原因になることがあるって本当? ―歯科・口腔外科―
- DX(デジタルトランスフォーメーション)で実現する効率的で質の高い微生物検査 ―臨床検査科―
- 中枢性運動麻痺に対する新たな治療法 ―リハビリテーション科―
- 2022年
- 新薬が続々登場!アレルギー疾患の治療革命 ―アレルギーセンター ―
- 小児リウマチ・膠原病外来の開設 -小児科-
- 最新ロボット「hinotori(ヒノトリ)」を用いた腹腔鏡下手術開始 -泌尿器科-
- UNIVAS成長戦略に対する本校の貢献 ~UNIVASスポーツ外傷・障害予防研究~ ―スポーツ医学総合センター―
- 血管腫・血管奇形センター ~病態・治療について~
- 炎症性腸疾患 ~専門医連携による最新の取り組み~ -消化器内科-
- 多職種連携で行うAYA世代がん患者さんの支援 -腫瘍センター AYA支援チーム-
- 糖尿病のオンライン診療 -腎臓内分泌代謝内科-
- 義耳と軟骨伝導補聴器を併用する小耳症診療 -耳鼻咽喉科-
- 腸管機能リハビリテーションセンター:Keio Intestinal Care and Rehabilitation Center
- 歯周組織再生療法 ―歯科・口腔外科―
- 外傷性視神経管骨折へのチームアプローチ(視神経管開放術) ―頭蓋底センター―
- 最新の角膜手術(改訂) ―眼科―
- 子宮体がんの手術とセンチネルリンパ節生検(改訂) -婦人科-
- 2021年
- 2020年
- 2019年
- 早期消化管がんに対する低侵襲内視鏡治療(改訂)
-腫瘍センター 低侵襲療法研究開発部門- - 血液をきれいにするということ(改訂)
-血液浄化・透析センター- - 1型糖尿病治療の新しい展開
―糖尿病先制医療センター― - アルツハイマー病の新しい画像検査
~病因物質、ベーターアミロイドとタウ蛋白を映し出す検査~ - 性分化疾患(DSD)センターの活動を紹介します
- 乳がん個別化医療とゲノム医療 ―ブレストセンター
- 気管支喘息のオーダーメイド診療 -呼吸器内科―
- 人工中耳手術 ~きこえを改善させる新しい手術~ ―耳鼻咽喉科―
- がん患者さんへの妊孕性温存療法の取り組み ―リプロダクションセンター―
- 腰椎椎間板ヘルニアの新たな治療 ~コンドリアーゼによる椎間板髄核融解術~ ―整形外科―
- 痛みに対する総合的治療を提供する「痛み診療センター」の開設
- 軟骨伝導補聴器 ~軟骨で音を伝える世界初の補聴器~
―耳鼻咽喉科― - 診療科の垣根を超えたアレルギー診療を目指して
― アレルギーセンター ―
- 早期消化管がんに対する低侵襲内視鏡治療(改訂)
- 2018年
- 2017年
- 自然な膝の形状を再現した違和感のない人工膝関節置換術
-整形外科- - 母斑症診療の新たな枠組み
―母斑症センター― - 子宮頸部異形成に対する子宮頸部レーザー蒸散術
―婦人科― - 新しい鎮痛薬ヒドロモルフォンによるがん疼痛治療
―緩和ケアセンター― - 内視鏡下耳科手術(TEES)
―耳鼻咽喉科― - 頭蓋縫合早期癒合症の治療‐チーム医療の実践‐
―形成外科― - 気胸ホットラインの開設
―呼吸器外科― - 出生前診断‐最新の話題‐
-産科- - クロザピン専門外来の取り組みと治療抵抗性統合失調症に対する研究について
―精神・神経科― - 治療の難しい天疱瘡患者さんに対する抗CD20抗体療法
-皮膚科- - AED(改訂)
-救急科- - IBD(炎症性腸疾患)センター
-消化器内科- - 肝不全/肝硬変に対する究極の治療 -肝移植-(改訂)
-一般・消化器外科-
- 自然な膝の形状を再現した違和感のない人工膝関節置換術
- 2016年
- 2015年
- 2014年
- 2013年
- 2012年
- 2011年