
臓器移植センターでの取り組みについて ―臓器移植センター―
はじめに
臓器移植は、命を救うためにとても効果的な治療法の一つです。患者さんの体内で機能不全に陥った臓器を、他の人から提供された健康な臓器に置き換えることで、患者さんの生命を維持できます。また、臓器不全のために悪化した生活の質(Quality of Life : QOL)を改善することもできます。
臓器移植が実際に行われるようになったのは、1950年ごろからです。免疫抑制薬の開発、手術技術の進歩、周術期管理の改善などで、移植手術の成功率は大幅に向上しました。現在は、心臓、肺、肝臓、膵臓、腎臓、小腸が移植可能な臓器です。
慶應義塾大学病院臓器移植センターでは、1990年代から肝移植、腎移植、小腸移植を行ってきた経験があります。今回は、脳死移植と生体移植の違いを説明し、われわれの新しい取り組みをご紹介します。
脳死移植と生体移植
移植を受ける患者さんをレシピエントと呼びます。レシピエントに臓器を提供する人をドナーと呼びます。ドナーは大きく分けて二通りあります。脳死ドナーと生体ドナーです。
脳死とは、全脳の機能が停止して、元には戻らない状態をいいます。脳死になってしまったドナーの方から臓器を移植するのが脳死移植です。
生体ドナーになれる人は、レシピエントの親族で自発的に臓器提供の意思を示した人です。ドナーにとって医学的肉体上の利点はありません。それでも「レシピエントに助かって欲しい」という気持ちからドナーになりたいという思いがある場合に、生体移植という医療が成立します。ドナー手術の体への影響ですが、日常において大きな影響はなく、手術前と同じ生活に戻れることがほとんどです。
腹腔鏡ドナー手術
生体肝移植においてドナー手術では、肝臓の一部を摘出する肝切除手術が必要となります。一般的には、肝切除手術には開腹手術が用いられますが、近年では腹腔鏡下での肝切除手術も行われるようになってきています。日本では2022年4月から腹腔鏡下移植用部分肝採取術(生体)(外側区域グラフト)が保険収載されました。
腹腔鏡下での肝切除手術は、開腹手術に比べて手術創が小さく、手術後の痛みが少なく、入院期間が短くなるという利点があります。また、手術中に視野を拡大することができ手術精度が高くなるため、手術後の合併症のリスクが低減される可能性があります。ただし、腹腔鏡下での肝切除手術は技術的に困難な場合があり、手術時間が長くなることもあります。
当院では、小児の肝不全患者さんに対する生体肝移植のドナー手術で腹腔鏡手術を導入しており、これまでの経過は良好です。
切除不能肝門部胆管がんに対する生体肝移植
肝門部胆管がんに対する治療は外科的な切除が第一選択ですが、がんの進展範囲が広すぎたり、残る肝臓の体積や機能が不足したりすることにより、切除できないことがあります。
切除不能の肝門部胆管がんと診断された患者さんに対して、抗がん剤治療や放射線治療に加えて肝移植を行うことで、治療成績が向上したことが欧米より報告されています。米国では2010年より肝門部胆管がんは肝移植適応の一つとして認められています。また、米国のNational Comprehensive Cancer Network(NCCN)の2019年ガイドラインでも、切除不能肝門部胆管がんの患者さんは移植施設への転送を検討すべきとされています。
現在日本では、肝門部胆管がんに対する肝移植は保険診療として認められていません。そこで、熊本大学を中心とした多施設共同臨床研究を立ち上げ、「先進医療B」として切除不能な肝門部領域胆管癌に対する生体肝移植を行う準備をしています。
子宮移植
子宮移植は、先天的に子宮を有さない女性や、子宮を何らかの理由で摘出した女性(子宮性不妊症)が自らのお腹で児を得るための解決策の一つです(図1)。

図1.子宮移植の流れ
子宮性不妊症とは、子宮の異常や子宮が存在しない、もしくは、子宮が機能しないことによる不妊で、先天性と後天性に分けられます。先天性子宮性不妊症は、Mayer-Rokitansky-Küster-Hauser症候群(以下、ロキタンスキー症候群)、子宮低形成、子宮奇形などが挙げられ、生まれつき子宮や腟を欠損しているロキタンスキー症候群は女児の約4,500人に1人の頻度と報告されています。後天性子宮性不妊は、子宮悪性腫瘍、良性疾患(子宮筋腫や子宮腺筋症など)、産後の大量出血で子宮摘出を余議なくされた場合や高度の子宮内癒着により妊孕性を失ったアッシャーマン症候群などがあります。
子宮移植は、海外では約100件の実績があり約50人の赤ちゃんが誕生していますが、国内では過去に例がありません。そこで、当院では「特定臨床研究」としての実施を申請し、審査を行っています。子宮性不妊症の患者さんが妊娠、出産をできるように、実施体制を整えていきます。

臓器移植センタースタッフ
文責:臓器移植センター
執筆:尾原秀明、長谷川康
最終更新日:2023年4月3日
記事作成日:2023年4月3日

あたらしい医療
- 2023年
- 2022年
- 新薬が続々登場!アレルギー疾患の治療革命 ―アレルギーセンター―
- 小児リウマチ・膠原病外来の開設 -小児科-
- 最新ロボット「hinotori(ヒノトリ)」を用いた腹腔鏡下手術開始 -泌尿器科-
- UNIVAS成長戦略に対する本校の貢献 ~UNIVASスポーツ外傷・障害予防研究~ ―スポーツ医学総合センター―
- 血管腫・血管奇形センター ~病態・治療について~
- 炎症性腸疾患 ~専門医連携による最新の取り組み~ -消化器内科-
- 多職種連携で行うAYA世代がん患者さんの支援 -腫瘍センター AYA支援チーム-
- 糖尿病のオンライン診療 -腎臓内分泌代謝内科-
- 義耳と軟骨伝導補聴器を併用する小耳症診療 -耳鼻咽喉科-
- 腸管機能リハビリテーションセンター:Keio Intestinal Care and Rehabilitation Center
- 歯周組織再生療法 ―歯科・口腔外科―
- 外傷性視神経管骨折へのチームアプローチ(視神経管開放術) ―頭蓋底センター―
- 最新の角膜手術(改訂) ―眼科―
- 子宮体がんの手術とセンチネルリンパ節生検(改訂) -婦人科-
- 2021年
- 2020年
- 2019年
- 早期消化管がんに対する低侵襲内視鏡治療(改訂)
-腫瘍センター 低侵襲療法研究開発部門- - 血液をきれいにするということ(改訂)
-血液浄化・透析センター- - 1型糖尿病治療の新しい展開
―糖尿病先制医療センター― - アルツハイマー病の新しい画像検査
~病因物質、ベーターアミロイドとタウ蛋白を映し出す検査~ - 全国初の性分化疾患(DSD)センターを開設しました
- 乳がん個別化医療とゲノム医療 ―ブレストセンター
- 気管支喘息のオーダーメイド診療 -呼吸器内科―
- 筋萎縮性側索硬化症(ALS)の根本治療を目指して~運動ニューロン疾患外来開設~
- 人工中耳手術 ~きこえを改善させる新しい手術~ ―耳鼻咽喉科―
- がん患者さんへの妊孕性温存療法の取り組み ―リプロダクションセンター―
- 腰椎椎間板ヘルニアの新たな治療 ~コンドリアーゼによる椎間板髄核融解術~ ―整形外科―
- 痛みに対する総合的治療を提供する「痛み診療センター」の開設
- 軟骨伝導補聴器 ~軟骨で音を伝える世界初の補聴器~
―耳鼻咽喉科― - 診療科の垣根を超えたアレルギー診療を目指して
― アレルギーセンター ―
- 早期消化管がんに対する低侵襲内視鏡治療(改訂)
- 2018年
- 漏斗胸外来の開設
-呼吸器外科- - 肝臓がんの最新治療~次世代マイクロ波アブレーション、新規分子標的薬~
―消化器内科― - がん免疫療法~免疫チェックポイント阻害薬~
-先端医科学研究所― - がん患者とその家族・子どもへの支援
―がんの親をもつ子どもサポートチーム(SKiP KEIO)― - がん骨転移に対する集学的治療
―骨転移診療センター― - 1号館(新病院棟)開院とこれからの周術期管理
―麻酔科― - 慶應義塾大学病院におけるがんゲノム医療~現状と将来像~
―腫瘍センター― - アスリート・スポーツ愛好家のトータルサポートを目指して
―スポーツ医学総合センター― - 爪外来
-皮膚科- - 1号館(新病院棟)グランドオープン
- 肝臓病教室(改訂)
-消化器内科- - 禁煙外来におけるアプリ治療の開発
-呼吸器内科- - 認知症専門外来(改訂)
-メモリークリニック-
- 漏斗胸外来の開設
- 2017年
- 自然な膝の形状を再現した違和感のない人工膝関節置換術
-整形外科- - 母斑症診療の新たな枠組み
―母斑症センター― - 子宮頸部異形成に対する子宮頸部レーザー蒸散術
―婦人科― - 新しい鎮痛薬ヒドロモルフォンによるがん疼痛治療
―緩和ケアセンター― - 内視鏡下耳科手術(TEES)
―耳鼻咽喉科― - 頭蓋縫合早期癒合症の治療‐チーム医療の実践‐
―形成外科― - 気胸ホットラインの開設
―呼吸器外科― - 出生前診断‐最新の話題‐
-産科- - クロザピン専門外来の取り組みと治療抵抗性統合失調症に対する研究について
―精神・神経科― - 治療の難しい天疱瘡患者さんに対する抗CD20抗体療法
-皮膚科- - AED(改訂)
-救急科- - IBD(炎症性腸疾患)センター
-消化器内科- - 肝不全に対する究極の治療-肝移植-
-一般・消化器外科-
- 自然な膝の形状を再現した違和感のない人工膝関節置換術
- 2016年
- 経鼻内視鏡頭蓋底手術(改訂)
-脳神経外科・耳鼻咽喉科- - ストーンヘンジテクニックを用いた低侵襲な大動脈弁置換術
-心臓血管外科- - 大動脈弁狭窄症に対する経カテーテル大動脈弁留置術(TAVI)(改訂)
-慶應ハートチーム- - 災害拠点病院と災害派遣医療チーム(DMAT)
-救急科- - 心房細動に対するカテーテルアブレーション(改訂)
-循環器内科- - 最新ロボット(ダヴィンチXi)を用いた腹腔鏡下前立腺全摘術
-泌尿器科- - 残存聴力活用型人工内耳(EAS:Electric Acoustic Stimulation)
-耳鼻咽喉科- - 心房中隔欠損症(ASD)のカテーテル治療に新たなデバイス登場
-循環器内科-
- 経鼻内視鏡頭蓋底手術(改訂)
- 2015年
- 2014年
- 2013年
- 2012年
- 2011年
