
DX(デジタルトランスフォーメーション)で実現する効率的で質の高い微生物検査 ―臨床検査科―
感染症診療を支える微生物検査
新型コロナウイルス感染症やサル痘、薬剤耐性菌など、昨今では感染症にまつわる話題がニュースを賑わせない日はありません。感染症とは、細菌や真菌(カビの仲間)、寄生虫、ウイルスなどの病気を起こす微生物(病原微生物)が、人や動物の体に侵入して引き起こす疾患ですが、感染症の患者さんの治療(感染症診療)や、感染症の拡大防止(感染制御)には、病気の原因である病原微生物を患者さんの体から迅速に検出し、その正確な種類を見極め(同定)、薬の効き目(薬剤感受性)を調べることが欠かせません。この微生物の検出、同定、薬剤感受性を検査することを微生物検査と言います。微生物検査は感染症診療、感染制御に携わる医療者にとって「目」のような存在であり、適切な医療の提供には質の高い微生物検査体制が不可欠です。
手作業が多く残る培養検査の課題
微生物検査には、PCR検査など微生物の遺伝子を増やして検出する病原体核酸増幅検査と、培地などの上で微生物を増殖させて検出する培養検査などが存在します。血液検査や尿検査などの領域では、ロボットやコンピューターを用いたオートメーション化がすでに当たり前ですが、微生物検査の領域では未だにほとんどの検査過程が、検査技師の手作業で実施されています。特に培養検査では、検体を培地上に塗り広げる塗布過程、培地を培養装置(孵卵器)内で管理する培養過程、培地上に培養された菌の集団(コロニー)の判別過程、コロニーから菌を同定、薬剤感受性測定できるようにする釣菌過程など多くの過程が含まれますが、我が国の多くの検査室では検査技師が1枚1枚培地を目で見て、経験と勘に基づき手作業で検査を実施しています(図1)。そのため、どうしても検査技師による技量や処理速度の差が検査の質や検査にかかる時間に影響してしまうという問題があります。

図1.手作業による培養検査(2017年、当院)
BD Kiestra WCAシステムを用いた培養検査のDX
慶應義塾大学病院では、2019年11月より効率的で質の高い微生物検査の実現を目指して、Beckton Dickenson社のBD Kiestra WCAシステムを導入しました(図2)。これは、培養検査のうち、塗布過程、培養過程を完全に機械化するもので、培地は全てコンピューター管理され、今まで検査技師が直に培地を目視して行っていたコロニーの判別過程は、一定時間で撮像された培地のデジタル画像をもとに実施します。さらに、2022年より釣菌過程の自動化も実現しました。これによって、培養検査の全工程がオートメーション化され、検査技師の仕事は、菌や培地を扱う仕事から、デジタル画像を判読していく仕事へとDX(デジタルトランスフォーメーション)が実現しました。
こうした培養検査のDXの取り組みは、欧米の大規模検査室では徐々に浸透しつつありますが、我が国の医療機関では初めての取り組みとなります。

図2.左:BD Kiestra WCAシステム(2022年、当院)、右:デジタル画像をもとに実施する培養検査(2021年、当院)
培養検査のDXによる効果
培養検査のオートメーション化とDXにより、検査の効率が向上し、培養検査の結果報告までに要する時間を平均約半日程度短縮することができました(図3)。感染症の患者さんの病態は刻一刻と変化していきますので、診断や抗菌薬処方の決定に不可欠な培養検査の結果が主治医の元に早く届くことは極めて重要です。また、オートメーション化により生じた余裕人員を、休診日の検査体制の充実に割り振ることにより、365日変わらない充実した検査体制で、いつ起きるかわからない感染症の診療に必要な検査結果を速やかに提供することができるようになりました。さらに、培地や情報をコンピューターで一元管理することにより、ヒューマンエラーを減らし、しっかりと信頼できる質の高い検査が実現できるようになりました。

図3.微生物検査のDXにより大きく変わった培養検査
次の時代の微生物検査体制の構築へ向けて
臨床検査科は、これまでも様々な全自動の迅速遺伝子検査を導入するなど、最先端技術を用いたオートメーション化とDXを積極的に推進することにより、新型コロナウイルスを含む様々な感染症を正確かつ迅速に検出できる体制を整えてきました。また今後、人工知能の活用など、次の時代の微生物検査体制の構築へ向けて、先駆的な取り組みを続けていきたいと考えています。こうした取り組みを通じて、質の高い検査情報を迅速に提供することにより、感染症診療、感染制御を充実させ、患者さんに安心して医療を受けていただける環境を整えていく所存です。

微生物検査に関わるスタッフ
文責:臨床検査科
執筆:上蓑義典
最終更新日:2023年2月1日
記事作成日:2023年2月1日

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