
革新するトランスサイレチン型心アミロイドーシスの診断と治療 ―循環器内科―
心アミロイドーシスとは
心アミロイドーシスは、心臓に「アミロイド」と呼ばれる、水に溶けない繊維状のタンパク質が沈着し、心肥大や心不全、刺激伝導系障害(房室ブロックなど)、心房細動、致死的不整脈を来す循環器疾患です。アミロイドの材料となるタンパク質は、これまで30種類以上分かっていますが、心臓にたまるアミロイドは、主に免疫グロブリン遊離軽鎖(免疫グロブリン性アミロイドーシス:AL)とトランスサイレチン(全身性トランスサイレチン型アミロイドーシス:ATTR)の2種類です。ATTRは、さらにトランスサイレチン遺伝子に変異のない野生型ATTR(ATTRwt)と、変異がある遺伝性ATTR(ATTRv)に分かれます。
最新の診断

図1.99mTc ピロリン酸シンチグラフィーはATTR-CMの診断に有用である
これまでのATTRアミロイドーシスの診断では、体のいずれかの組織を採取して顕微鏡でアミロイドの沈着を確認しなければなりませんでした。しかし、最近では99mTc-ピロリン酸(PYP)シンチグラフィーという画像検査が容易にかつ安全に病気を検出できることが分かり、迅速で正確な診断が可能になっています。この検査は、健康な人では骨しか映らないのですが、トランスサイレチン由来のアミロイドがたまっている人の場合には心臓に強い集積像がみられます(図1)。99mTc-PYPシンチグラフィーによって、この疾患の患者さんがこれまで想像していた以上に数多くいることが分かり、また心不全の半数を占める左室拡張障害や大動脈弁狭窄症などの様々な病気に紛れて潜伏していることが明らかになっています。
また、心エコーや心臓MRIのような日常的に行なう検査でも、心アミロイドーシスを疑う特徴的な所見が近年明らかになっており、患者さんの鑑別に大変役立っています。 親指、人差し指、中指に痺れや痛みを来す手根管症候群という整形外科の病気が、ATTRアミロイドーシスによく合併し、心臓より先に症状を来すため、病期の早期発見に有用であることが分かってきました。心臓以外にもトランスサイレチンのアミロイドは腱・靱帯に沈着しやすく、高齢男性が両手にこの症状を認めたら、ATTRの可能性が強く疑われます。
最新の治療
診断技術の進歩に加え、これまで有効な治療手段が乏しい、あるいは全くなかったATTRアミロイドーシスに対して近年有効性を示す治療薬が複数登場しています。現在、トランスサイレチン安定化薬と核酸医薬(siRNA)が保険で使用可能になっており、アミロイドーシスはこれまで「不治の病」と考えられてきましたが、「治療可能な心筋症」として積極的に診断し治療を行なう重要性が高まっています。

図2. ATTRアミロイドーシスの病態と治療
トランスサイレチン安定化薬
トランスサイレチンは本来4つ組み合わさること(4量体)で安定しますが、遺伝子異常(ATTRv)や加齢性変化(ATTRwt)によってタンパク質自体が正しい構造を保てなくなると4量体を作れず、凝集しアミロイド線維を形成してしまいます。トランスサイレチン安定化薬タファミジスは、トランスサイレチンに結合することで4量体構造を安定化させて、アミロイド線維を形成しにくくする薬剤です(図2)。2018年にATTR心アミロイドーシスに対する有効性が、ATTR-ACT試験という国際多施設共同第III相試験で実証され、日本でも2019年3月から保険で使用できるようになりました。特にATTRwt心アミロイドーシスは、これまで一切治療手段がなかったので、まさにエポックメイキングな変化といえます。この試験によって、タファミジスは、あらゆる死因による死亡率と心血管疾患に関連した入院の頻度を抑える働きがあることが分かりました。また運動機能や心不全による生活の質の低下も抑える効果が確認されました。つまり、病気を完全に止めることはできないが、進行をゆっくりに抑えてくれる薬です。タファミジスは、心不全の重症期からではなく軽症期から使用することでよりよい効果が期待されるため、早期に診断し早期に治療を開始することが大切です。現在、処方については、使用可能な患者さんの条件や、薬を始める施設・医師が決められているため、専門の医師にご相談ください。
核酸医薬: siRNA
COVID-19ワクチンで一躍有名になったRNAなどの核酸を使った医薬品は、アミロイドーシスの医療現場でも利用されています。標的のmRNA(タンパク質の設計図)と配列が符合する一本鎖DNA(antisense oligo)あるいは短い二本鎖RNA(siRNA)を投与することで、mRNAを破壊しタンパク質の産生を抑える技術を遺伝子サイレンシングといいます。この技術は、いくつかの神経難病を中心にすでに臨床応用されており、トランスサイレチンmRNAを標的としたATTRvアミロイドーシスの核酸医薬パチシランは、世界初のsiRNA製剤として2019年に登場しました。本薬剤は、トランスサイレチンを産生する肝臓に作用し、継続的にmRNAを切断するため(図2)、3週間に1度の点滴投与で血中TTR濃度の低下を維持することができます。第III相試験APOLLOでは、ATTRvアミロイドーシスの神経症状に対する有効性(ベースラインからの軽度改善)が示され、追加解析では心病変に関しても、左室壁厚の減少、左室機能や心不全の悪化を抑制することが確認されました。

文責:循環器内科
執筆:遠藤仁
最終更新日:2021年6月1日
記事作成日:2021年6月1日

あたらしい医療
- 2023年
- 2022年
- 新薬が続々登場!アレルギー疾患の治療革命 ―アレルギーセンター―
- 小児リウマチ・膠原病外来の開設 -小児科-
- 最新ロボット「hinotori(ヒノトリ)」を用いた腹腔鏡下手術開始 -泌尿器科-
- UNIVAS成長戦略に対する本校の貢献 ~UNIVASスポーツ外傷・障害予防研究~ ―スポーツ医学総合センター―
- 血管腫・血管奇形センター ~病態・治療について~
- 炎症性腸疾患 ~専門医連携による最新の取り組み~ -消化器内科-
- 多職種連携で行うAYA世代がん患者さんの支援 -腫瘍センター AYA支援チーム-
- 糖尿病のオンライン診療 -腎臓内分泌代謝内科-
- 義耳と軟骨伝導補聴器を併用する小耳症診療 -耳鼻咽喉科-
- 腸管機能リハビリテーションセンター:Keio Intestinal Care and Rehabilitation Center
- 歯周組織再生療法 ―歯科・口腔外科―
- 外傷性視神経管骨折へのチームアプローチ(視神経管開放術) ―頭蓋底センター―
- 最新の角膜手術(改訂) ―眼科―
- 子宮体がんの手術とセンチネルリンパ節生検(改訂) -婦人科-
- 2021年
- 2020年
- 2019年
- 早期消化管がんに対する低侵襲内視鏡治療(改訂)
-腫瘍センター 低侵襲療法研究開発部門- - 血液をきれいにするということ(改訂)
-血液浄化・透析センター- - 1型糖尿病治療の新しい展開
―糖尿病先制医療センター― - アルツハイマー病の新しい画像検査
~病因物質、ベーターアミロイドとタウ蛋白を映し出す検査~ - 全国初の性分化疾患(DSD)センターを開設しました
- 乳がん個別化医療とゲノム医療 ―ブレストセンター
- 気管支喘息のオーダーメイド診療 -呼吸器内科―
- 筋萎縮性側索硬化症(ALS)の根本治療を目指して~運動ニューロン疾患外来開設~
- 人工中耳手術 ~きこえを改善させる新しい手術~ ―耳鼻咽喉科―
- がん患者さんへの妊孕性温存療法の取り組み ―リプロダクションセンター―
- 腰椎椎間板ヘルニアの新たな治療 ~コンドリアーゼによる椎間板髄核融解術~ ―整形外科―
- 痛みに対する総合的治療を提供する「痛み診療センター」の開設
- 軟骨伝導補聴器 ~軟骨で音を伝える世界初の補聴器~
―耳鼻咽喉科― - 診療科の垣根を超えたアレルギー診療を目指して
― 慶應アレルギーセンター ―
- 早期消化管がんに対する低侵襲内視鏡治療(改訂)
- 2018年
- 漏斗胸外来の開設
-呼吸器外科- - 肝臓がんの最新治療~次世代マイクロ波アブレーション、新規分子標的薬~
―消化器内科― - がん免疫療法~免疫チェックポイント阻害薬~
-先端医科学研究所― - がん患者とその家族・子どもへの支援
―がんの親をもつ子どもサポートチーム(SKiP KEIO)― - がん骨転移に対する集学的治療
―骨転移診療センター― - 1号館(新病院棟)開院とこれからの周術期管理
―麻酔科― - 慶應義塾大学病院におけるがんゲノム医療~現状と将来像~
―腫瘍センター― - アスリート・スポーツ愛好家のトータルサポートを目指して
―スポーツ医学総合センター― - 爪外来
-皮膚科- - 1号館(新病院棟)グランドオープン
- 肝臓病教室(改訂)
-消化器内科- - 禁煙外来におけるアプリ治療の開発
-呼吸器内科- - 認知症専門外来(改訂)
-メモリークリニック-
- 漏斗胸外来の開設
- 2017年
- 自然な膝の形状を再現した違和感のない人工膝関節置換術
-整形外科- - 母斑症診療の新たな枠組み
―母斑症センター― - 子宮頸部異形成に対する子宮頸部レーザー蒸散術
―婦人科― - 新しい鎮痛薬ヒドロモルフォンによるがん疼痛治療
―緩和ケアセンター― - 内視鏡下耳科手術(TEES)
―耳鼻咽喉科― - 頭蓋縫合早期癒合症の治療‐チーム医療の実践‐
―形成外科― - 気胸ホットラインの開設
―呼吸器外科― - 出生前診断‐最新の話題‐
-産科- - クロザピン専門外来の取り組みと治療抵抗性統合失調症に対する研究について
―精神・神経科― - 治療の難しい天疱瘡患者さんに対する抗CD20抗体療法
-皮膚科- - AED(改訂)
-救急科- - IBD(炎症性腸疾患)センター
-消化器内科- - 肝不全に対する究極の治療-肝移植-
-一般・消化器外科-
- 自然な膝の形状を再現した違和感のない人工膝関節置換術
- 2016年
- 2015年
- 2014年
- 2013年
- 2012年
- 2011年
