脳梗塞予防に対する新しい心臓カテーテル治療 ~経カテーテル的卵円孔開存閉鎖術~ ―循環器内科-
はじめに
我が国における脳梗塞の患者数は年間20万人ともいわれ、医学的、社会的にも重要な疾患です。この脳梗塞の原因のひとつとして、心臓に存在する「卵円孔(らんえんこう)」という孔が開存していること(=卵円孔開存)が原因で発症する脳梗塞を「奇異性脳塞栓症」と呼んでいます。奇異性脳塞栓症は、若年性脳梗塞の原因としても知られ、これまで薬物療法による予防治療が一般的でした。
海外では、複数の臨床試験の結果から、閉鎖栓デバイスを用いて卵円孔を閉鎖するカテーテル治療が行われていましたが、我が国では2019年12月より本治療の保険診療が開始となりました。今後は専用のデバイスによる治療が可能となるため、その恩恵を享受できる患者さんが多くなると期待されています。
卵円孔開存と脳梗塞
卵円孔は、胎生期に母体臍帯血を右心房から左心房に効率よく流入させるために必須の心内構造物です。通常、出生後に閉鎖すると考えられていましたが、スリット状の構造が残存することがあり、このような状態を卵円孔開存(patent foramen ovale: PFO)と呼びます(図1)。一般健常人の約20~25%の方にこのPFOが存在すると報告されています。通常は症状がなく医学的に問題となることはありませんが、まれにこのPFOが脳梗塞や一過性脳虚血発作の原因となることが知られています。
図1. 卵円孔開存
(出典: https://my.clevelandclinic.org/health/diseases)
脳梗塞は、アテローム血栓性脳梗塞、ラクナ梗塞、心原性脳塞栓の3大病型に分類されますが、その他、原因不明の脳梗塞(=潜因性脳梗塞:Cryptogenic stroke)が全体の約25%を占めているとされています(図2)。そして、この潜因性脳梗塞の40~50%の患者さんにPFOの存在が認められるとする報告があります(文献1)。
図2.
したがって、足などの静脈にできた静脈血栓がPFOを介して右心房から左心房に通過し、血栓が脳に到達すれば脳梗塞を発症します。このような脳梗塞を「奇異性脳塞栓症」と呼んでいます。ただし、このPFOが脳梗塞の原因なのか、偶発的に合併しているものなのかの判断は慎重に行う必要があります。
卵円孔開存の診断
PFOの形態評価、および右左短絡の検出には、生理食塩水を攪拌したマイクロバブルを用いたコントラスト経食道心エコー検査(図3A)、および経胸壁心エコー検査が行われます。静脈に投与したマイクロバブルが右心房から左心房に通過することが確認できれば、PFOの確定診断になります(図3B)。いずれも外来で施行可能な検査です。また、施設によっては経頭蓋ドプラーエコー(transcranial doppler ultrasonography: TCD)という検査によって右左短絡のスクリーニングを行うこともあります。
図3A 図3B
経カテーテル的卵円孔開存閉鎖術の適応
この治療の目的は、PFOを閉鎖することによって、右心房と左心房の交通を閉鎖し、脳梗塞や全身の血栓塞栓症の再発予防を期待するものです。PFOが原因で脳梗塞を発症した可能性のある患者さんでは、脳梗塞の再発予防するために,血液をさらさらにする薬(アスピリン、ワルファリン、新規抗凝固薬など)を使って血栓が作られることを予防する治療が広く行われていました。一般にこの薬物治療は有効ですが,薬を長期間(一生涯)服用する必要があります。また、予期せぬ出血合併症のリスクもあります。2017年にPFOをカテーテル治療で閉鎖することで、内服薬単独による治療よりも脳梗塞の再発の予防効果が高いことがRESPECT(文献2)、REDUCE(文献3)、CLOSE(文献4)という3つ臨床試験で証明されました。
日本では、日本脳卒中学会、日本循環器学会、日本心血管インターベンション治療学会の3学会合同で作成した「潜因性脳梗塞に対する経皮的卵円孔開存閉鎖術の手引き」に準じて、本治療の適応を検討しています。
主な適応は下記の通りです。
- 卵円孔開存の関与があり得る潜因性脳梗塞の診断基準に合致した方
- 適切に施行された抗血栓療法中に上記潜因性脳梗塞を発症した方
- 原則として、60 歳未満の方
- (女性の場合)妊娠していない、かつ 1 年以内の妊娠を希望しない方
カテーテル治療の実際
基本的には局所麻酔(ごくまれに全身麻酔)で施行可能な治療です。右の大腿静脈(太ももの付け根の静脈)からカテーテルを挿入します(図4A)。治療に用いる閉鎖栓は金属製の細いワイヤーをメッシュ状に編み込んだ傘のような構造になっています(図4B)。素材は、ニッケル・チタン合金(ニチノール)で、形状記憶合金・超弾性合金と呼ばれる金属で、冠動脈ステント・血管フィルターをはじめ様々な医療機器の材料として採用されています。現在日本では、下記の閉鎖栓(Amplatzer® PFO Occluder)が使用できます。治療は血管造影室にて、X線装置、および心腔内エコー、ときに心エコー装置(経食道心エコー装置など)を用いて行います。適切な大きさの閉鎖栓を選択し、心房中隔を挟み込む様に留置して卵円孔を閉鎖します(図4C)。閉鎖栓の位置をX線装置、エコー装置などで慎重に確認し、位置が適切であると判断されたら閉鎖栓をケーブルから取り外し終了となります。使用した閉鎖栓は、そのまま心臓の内部に留置されます。治療にかかる時間は患者さんの状態によって異なりますが、通常は1時間前後です。治療後は一定時間ベッドの上で安静にしていただいた後、翌日から歩くことが可能です。入院中に血液検査、胸部レントゲン検査、心電図検査、心エコー検査を行います。経過が順調であれば2日後には退院できます(基本的には3泊4日の予定です)。退院後は定期的に外来でその後の様子を拝見いたします。
図4A.
図4B. Amplatzer® PFO Occluder(閉鎖栓)
図4C. Amplatzer® PFO Occluderの留置手順
(図4A~Cの出典:Abbott社のWebサイトより許可を得て転載)
慶應義塾大学病院の治療の特色
- この治療の施行にあたっては、カテーテル治療専門医、脳卒中専門医、不整脈専門医、心臓血管外科専門医、心エコー専門医やコメディカルスタッフからなる「Brain-Heart Team(ブレインハートチーム)」を形成し、各専門家たちで個々の患者さんに応じた治療選択や効果、安全性などを十分議論しています。当院は日本の中心となる大学病院であり、先進的な治療や各診療科の十分な体制を備えており、様々な患者さんに対して集学的アプローチを行った医療を提供できることが強みです。
- 当院では、本治療と非常に近い治療法である経カテーテル的心房中隔欠損閉鎖術をすでに350例以上経験しており、本治療でも同様に安全かつ効果的な診療を提供することができます。
参考文献
- Prevalence of patent foramen ovale in patients with stroke.
Lechat P, Mas JL, Lascault G, Loron P, Theard M, Klimczac M, Drobinski G, Thomas D, Grosgogeat Y.
N Engl J Med. 1988 May 5;318(18):1148-52. - Long-term outcomes of patent foramen ovale closure or medical therapy after stroke.
Saver JL, Carroll JD, Thaler DE, Smalling RW, MacDonald LA, Marks DS, Tirschwell DL; RESPECT Investigators.
N Engl J Med. 2017 Sep 14;377(11):1022-1032. doi: 10.1056/NEJMoa1610057. - Patent foramen ovale closure or antiplatelet therapy for cryptogenic stroke.
Søndergaard L, Kasner SE, Rhodes JF, Andersen G, Iversen HK, Nielsen-Kudsk JE, Settergren M, Sjöstrand C, Roine RO, Hildick-Smith D, Spence JD, Thomassen L; Gore REDUCE Clinical Study Investigators.
N Engl J Med. 2017 Sep 14;377(11):1033-1042. doi: 10.1056/NEJMoa1707404. - Patent foramen ovale closure or anticoagulation vs. antiplatelets after stroke.
Mas J-L, Derumeaux G, Guillon B, et al.
N Engl J Med. 2017 Sep 14;377(11):1011-1021. doi: 10.1056/NEJMoa1705915.
ブレインハートチームのスタッフ
関連リンク
- 慶應義塾大学医学部循環器内科 心臓カテーテル室
- KOMPAS病気を知る「卵円孔開存」
- PFO閉鎖術のビデオ
(出典:Abbott社のWebサイトより許可を得て転載)
文責:循環器内科
執筆:金澤英明
最終更新日:2020年2月3日
記事作成日:2020年2月3日
あたらしい医療
- 2024年
- 非侵襲的に心拍出量を測定する新技術:患者さんに優しいesCCOの可能性 ―麻酔科―
- 臨床研究を通じたあたらしい医療への貢献 ―リウマチ・膠原病内科―
- リンパ管腫(嚢胞状リンパ管奇形) ―小児外科―
- 安全・安心の美容医療の開始 ―形成外科―
- アルツハイマー病の新しい治療 ~アルツハイマー病の原因物質、アミロイドβを取り除く薬剤~ ―メモリークリニック―
- 糖尿病・肥満症のあたらしい医療 ―糖尿病先制医療センター ―
- うつ病に対する反復経頭蓋刺激療法(rTMS療法)の発展 ―精神・神経科―
- 好酸球性消化管疾患(EGID)~アレルギーセンターの取り組み~ ―アレルギーセンター ―
- パーキンソン病に対するデバイス補助療法の進歩 ―パーキンソン病センター―
- 早産で小さく生まれた赤ちゃんの性別を正確に決める ―性分化疾患(DSD)センター―
- 外科的切除が困難な腫瘍にエキスパート達が集結し挑む:大血管浸潤腫瘍治療センターの設立―大血管浸潤腫瘍治療センター―
- 小児白血病に対するCAR-T細胞療法 ―小児科―
- 表在型消化管腫瘍に対する内視鏡的粘膜下層剥離術の進歩 ―内視鏡センター―
- 2023年
- 副腎の新しい治療~原発性アルドステロン症に対する新しい低侵襲治療:ラジオ波焼灼術~ ―腎臓・内分泌・代謝内科―
- 胸部悪性腫瘍に対する経皮的凍結融解壊死療法(患者申出療養) -呼吸器外科・放射線科・呼吸器内科-
- いよいよ始まる婦人科がんでのセンチネルリンパ節ナビゲーション手術 ―婦人科―
- リンパ浮腫の発症予防・早期発見から精度の高い診断方法・先端治療まで ―リンパ浮腫診療センター―
- 多科による有機的な連携で難病を治療 ―側弯症診療センター―
- 多職種連携チーム医療で支える ―パーキンソン病センター―
- 臓器移植センターでの取り組みについて ―臓器移植センター―
- 口腔顔面痛ってどんな病気?筋肉のコリが原因になることがあるって本当? ―歯科・口腔外科―
- DX(デジタルトランスフォーメーション)で実現する効率的で質の高い微生物検査 ―臨床検査科―
- 中枢性運動麻痺に対する新たな治療法 ―リハビリテーション科―
- 2022年
- 新薬が続々登場!アレルギー疾患の治療革命 ―アレルギーセンター ―
- 小児リウマチ・膠原病外来の開設 -小児科-
- 最新ロボット「hinotori(ヒノトリ)」を用いた腹腔鏡下手術開始 -泌尿器科-
- UNIVAS成長戦略に対する本校の貢献 ~UNIVASスポーツ外傷・障害予防研究~ ―スポーツ医学総合センター―
- 血管腫・血管奇形センター ~病態・治療について~
- 炎症性腸疾患 ~専門医連携による最新の取り組み~ -消化器内科-
- 多職種連携で行うAYA世代がん患者さんの支援 -腫瘍センター AYA支援チーム-
- 糖尿病のオンライン診療 -腎臓内分泌代謝内科-
- 義耳と軟骨伝導補聴器を併用する小耳症診療 -耳鼻咽喉科-
- 腸管機能リハビリテーションセンター:Keio Intestinal Care and Rehabilitation Center
- 歯周組織再生療法 ―歯科・口腔外科―
- 外傷性視神経管骨折へのチームアプローチ(視神経管開放術) ―頭蓋底センター―
- 最新の角膜手術(改訂) ―眼科―
- 子宮体がんの手術とセンチネルリンパ節生検(改訂) -婦人科-
- 2021年
- 2020年
- 2019年
- 早期消化管がんに対する低侵襲内視鏡治療(改訂)
-腫瘍センター 低侵襲療法研究開発部門- - 血液をきれいにするということ(改訂)
-血液浄化・透析センター- - 1型糖尿病治療の新しい展開
―糖尿病先制医療センター― - アルツハイマー病の新しい画像検査
~病因物質、ベーターアミロイドとタウ蛋白を映し出す検査~ - 性分化疾患(DSD)センターの活動を紹介します
- 乳がん個別化医療とゲノム医療 ―ブレストセンター
- 気管支喘息のオーダーメイド診療 -呼吸器内科―
- 人工中耳手術 ~きこえを改善させる新しい手術~ ―耳鼻咽喉科―
- がん患者さんへの妊孕性温存療法の取り組み ―リプロダクションセンター―
- 腰椎椎間板ヘルニアの新たな治療 ~コンドリアーゼによる椎間板髄核融解術~ ―整形外科―
- 痛みに対する総合的治療を提供する「痛み診療センター」の開設
- 軟骨伝導補聴器 ~軟骨で音を伝える世界初の補聴器~
―耳鼻咽喉科― - 診療科の垣根を超えたアレルギー診療を目指して
― アレルギーセンター ―
- 早期消化管がんに対する低侵襲内視鏡治療(改訂)
- 2018年
- 2017年
- 自然な膝の形状を再現した違和感のない人工膝関節置換術
-整形外科- - 母斑症診療の新たな枠組み
―母斑症センター― - 子宮頸部異形成に対する子宮頸部レーザー蒸散術
―婦人科― - 新しい鎮痛薬ヒドロモルフォンによるがん疼痛治療
―緩和ケアセンター― - 内視鏡下耳科手術(TEES)
―耳鼻咽喉科― - 頭蓋縫合早期癒合症の治療‐チーム医療の実践‐
―形成外科― - 気胸ホットラインの開設
―呼吸器外科― - 出生前診断‐最新の話題‐
-産科- - クロザピン専門外来の取り組みと治療抵抗性統合失調症に対する研究について
―精神・神経科― - 治療の難しい天疱瘡患者さんに対する抗CD20抗体療法
-皮膚科- - AED(改訂)
-救急科- - IBD(炎症性腸疾患)センター
-消化器内科- - 肝不全/肝硬変に対する究極の治療 -肝移植-(改訂)
-一般・消化器外科-
- 自然な膝の形状を再現した違和感のない人工膝関節置換術
- 2016年
- 2015年
- 2014年
- 2013年
- 2012年
- 2011年