
人工中耳手術 ~きこえを改善させる新しい手術~ ―耳鼻咽喉科―
はじめに
難聴の原因として、1) 耳の穴(外耳孔)がない「外耳道閉鎖」による難聴、2) 音の振動を伝えることができない伝音難聴(例えば、中耳による難聴)が手術しても改善しない例、3) 耳漏が止まらない中耳炎があります。最近では、補聴器が装用できない難聴などに対して「人工中耳植込み術」と呼ばれる新しい手術が可能になりました。なお、人工中耳は2003年にオーストリアに本社があるMED-EL社が開発し、人工中耳手術は我が国でも保険収載された手術です。
人工中耳手術の適応
人工中耳は、下記の条件を満たす伝音・混合性難聴の患者さんへの適応が可能です。
1) 植込側耳が、伝音難聴または混合性難聴である。
2) 植込側耳における純音による骨導聴力閾値(こつどうちょうりょくいきち:骨伝導で音を聞いた値のこと)の上限が下記を満たす(図1)。

500Hzが45dB 、1000Hzが50dB 、2000Hz、4000Hzが65dB
* 気導聴力閾値は問わない。骨導聴力閾値が青色の部分に入る必要がある。
図1.人工中耳の手術適応(人工中耳のガイドラインより引用)
具体的には以下のような手術を受けたにも関わらず、経過が良くなかった患者さんにも人工中耳を適応できます。
・外耳奇形(外耳道閉鎖症等)に対する外耳道形成術や気導補聴器が適応になっていました。外耳道を形成しても再度狭くなってしまう例もあり、そのような場合に対して人工中耳植え込み手術の適応があります。
・補聴器の効果が不十分な場合や、骨導補聴器では振動子が皮膚を強く圧迫する必要があり、疼痛や圧迫部位の変形を生じる場合に人工中耳の植込み術が適応となります。
・一部の中耳疾患による難聴の患者さんは手術を行っても聴力が改善しない例や耳垂れ(耳漏)が出続けることがあります。ことばの聞き取りに難渋することがあります。このような状況でも人工中耳は適応が可能です。
人工中耳手術以外には、植込型骨導補聴器(bone anchored hearing aid:略称Baha)も保険収載されています。Bahaは簡便な手術であり、利点も多いですが、人工中耳は音を伝えるパワーが大きく、さらに良い音質を提供します。
術後MRI
人工中耳を体内に埋め込んでもMRI撮影(1.5テスラまで)が可能です。
手術内容
人工中耳を植え込むには手術が必要です。耳の後方を切開して骨を削る必要があります。現在では、耳小骨が残存していない症例や鼓室硬化症でアブミ骨底板が固着している症例に対して、正円窓を直接振動させる機器が開発されています。この方法は正円窓を介して蝸牛を振動刺激するため減衰がほとんど生じないことから、効率的で高品質な音伝達が可能です(図2)。

図2. 人工中耳の植え込み術
また、正円窓窩が小さかったり、振動子を正円窓膜に対して垂直に設置できない症例が以前はありましたが、技術の進歩により、設置できるようになりました。
慶應義塾大学病院の取り組み
当院耳鼻咽喉科では、全身麻酔下で本手術を実施しています。人工内耳・中耳外来の担当者(神﨑)は海外にて本手術講習を受け、公認をいただいており、これまで良好な成績をおさめています。入院期間は7泊8日になります。ぜひ当院の人工内耳・中耳外来にてご相談いただきますようお願いいたします。

執筆者(耳鼻咽喉科専任講師)
関連リンク
文責:耳鼻咽喉科
執筆:神﨑晶
最終更新日:2019年6月1日
記事作成日:2019年6月1日

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