漏斗胸外来の開設 -呼吸器外科-
はじめに
2014年9月より、慶應義塾大学病院呼吸器外科では、漏斗胸(ろうときょう)に関する悩みにお答えするために「漏斗胸外来」を開設しています。漏斗胸外来では、「漏斗胸と指摘されたけど、どの診療科を受診したら良いかわからない」、「学生のときから健康診断のたびに指摘されてきたが治す方法はないだろうか?」といった疑問に真摯にお答えできるよう努めています。そこで、以下に漏斗胸と当科での診療内容について具体的にお示しし、少しでも多くの患者さんに治療の内容をご理解いただければと考えています。。
漏斗胸とは
漏斗胸とは、胸の正面にある胸骨の一部が陥凹(かんおう)することにより、胸の形(胸郭:きょうかく)が変形する病気です。これは、肋軟骨という胸骨と肋骨をつなぐ軟骨の形成異常が原因と考えられています。凹み(くぼみ)の程度には個人差があり、症状がない場合から、動悸や労作時の息苦しさを感じるなど様々です(図1、2)。また、外見上の違いから学童期や青年期に内向的な性格になることや、いじめに遭うことがあり、精神発達面においても問題となることがあります。
図1. 陥凹の程度と個人差
図2. CT検査を用いた陥凹の画像評価
当科の漏斗胸治療の特徴
漏斗胸は、ごく軽度の陥凹であれば、姿勢の矯正や胸部の筋肉の増強などで対応することもありますが、一般的な治療方法は手術治療であり、当科でも手術治療を中心に行っています。漏斗胸は胸郭が形成される若年での手術が適当とされていますが、当科の診療の特徴として成人の患者さんも積極的に治療を行っています。体表から胸腔に至る全ての胸部操作が当科の専門分野であり、胸腔鏡を用いた体に負担の少ない治療に加え、複雑な縦隔操作が必要な胸骨拳上法など、患者さんの状態に合わせた、安全で最適な治療を行うことができます。さらに大学病院という特徴を生かし、心臓血管外科、形成外科、小児外科、精神神経科などと連携した治療を行うこともあります。
治療の概要
当科では、成人患者さんを中心にNuss法(ナス法)という手術方法を積極的に行っています。Nuss法が発表される以前に行われていた胸骨反転法やRavitch法では、傷が大きく残り、凹みの改善も十分に得られない場合がありました。Nuss法は、1998年に米国の小児外科医Dr. Nussが発表した術式で、Pectus bar(ペクタスバー)というチタンでできた金属製の棒で胸郭を内側から矯正する方法です(図3)。日本でも2000年頃から広く行われるようになり、当科でも特殊な症例を除き、Nuss法を第一選択としています。成人の患者さんでは骨が硬く手術適応とならない施設もありますが、当科では成人の患者さんでも問題なく手術を行っています。
Nuss法は、全身麻酔で手術を行います。患者さんの胸郭の陥凹に合わせてチタンバーを曲げ、陥凹した胸郭を持ち上げるように胸骨の下に留置します。空気や血液の排水口となるドレーンを胸腔に留置して手術を終了します。手術時間は1~2時間程度です。手術翌日または翌々日にドレーンを抜去し、術後5~7日程度で退院となります。チタンバーは、最低2年間体内に留置して胸郭を矯正します。
図3. Nuss法の概要
Nuss法では胸骨の裏側にチタンバーを挿入することで胸郭を内側から矯正します。当科は胸腔鏡操作を専門手技の1つとしており、安全で質の高い手術手技を確立しています(図4)。
図4. Pectus barを挿入して胸骨を挙上した(胸腔鏡操作での画像)
Nuss法による治療の実例
- 10歳代男性。胸骨下端の陥凹が気になり、手術を希望されて当科を受診しました。Nuss法(チタンバーを1本挿入)を行い、陥凹がなくなりました。術後4日で元気に退院されています(図5)。
図5. 10歳代男性。Nuss法を施行。
- 20歳代男性。労作時に疲れやすいということで、当科を受診しました。Nuss法(チタンバーを2本挿入)を行い、術後6日で元気に退院しました(図6)。陥凹はなくなり、疲れやすさも改善されているとのことです。
図6. 20歳代男性。Nuss法を施行。
Nuss法以外の工夫した治療法の実例
- 胸骨挙上法
金属アレルギーをもつ患者さんに対しては、金属バーを用いたNuss法を行うことができないため、Nuss法以前に行われていた胸骨挙上法を行っています。この方法は、肋軟骨を分節状に数本切除して胸骨を挙上する手術手技です(図7、8)。金属アレルギーをもつ患者さんでも安心、安全に治療を行うことができます。図7. 胸骨挙上法の概要(横断面像)
図8. 胸骨挙上法の概要(正面像)
10歳代男性。金属アレルギーがあるため、胸骨挙上法を行いました。胸の陥凹は改善され、術後7日で元気に退院しました(図9)。図9. 10歳代男性。胸骨挙上法を施行。
- 胸骨挙上法+Nuss法
胸骨の陥凹が非常に強い患者さんに対しては、前述したNuss法と胸骨挙上法を組み合わせた手術を行っています(図10)。陥凹が非常に強い場合は、外見上の問題だけではなく、労作時の易疲労感や呼吸困難を認める場合も多くみられます。図10. 胸骨挙上法+Nuss法の概要
70歳代男性。労作時の息苦しさを認めていました。他院では高齢のため治療困難と言われ、当科を受診しました。Nuss法と胸骨拳上法を組み合わせた治療を行い、胸の陥凹とともに息苦しさも改善しました。現在元気に外来通院しています(図11)。図11. 70歳代男性。胸骨挙上法+Nuss法を施行。
今後の展望
以上、漏斗胸の概要および当科で行われている治療についてご紹介しました。このように漏斗胸治療は短期、中期的には確立された治療です。今後の展望としては、多くの患者さんを治療することで、長期的に見ても確固たる治療となるよう努めたいと考えております。また治療介入に伴い、心肺機能の面だけではなく、生活の質や精神的な側面でも改善がみられることを客観的に証明するため、調査なども行っています。
漏斗胸は、外見上の問題から他人に相談しづらく、患者さん1人で悩まれている場合が多く見受けられます。当科が開設した「漏斗胸外来」では素朴な疑問から様々な治療法までご相談いただけます。1人でも多くの患者さんに「胸をはって歩いていただきたい」と思いながら日々診療にあたっています。実際の手術日程につきましても、夏期休暇や冬期休暇に合わせるなど臨機応変に対応しています。当科は胸部操作の専門科として安全で質の高い手術手技を確立していますので、漏斗胸に関してお悩みの方は「漏斗胸外来」の受診をおすすめします。
詳しくは当科漏斗胸外来の紹介ページをご参照ください。
呼吸器外科診療チーム -1号館(新病院棟)にて淺村尚生教授を囲んで-
文責:呼吸器外科
執筆:松田康平、政井恭兵
最終更新日:2023年10月6日
記事作成日:2018年12月1日
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