がん骨転移に対する集学的治療 ―骨転移診療センター―
はじめに
がん治療は近年めざましい発展を遂げ、新たな薬により、がんの進行を抑えることができるケースも増えてきました。がん細胞がからだの他の部位に転移した状態である「進行がん」の患者さんについても、同じことがいえます。がんの治療を続けながら送る時間は決して短いものではなく、病気による支障を最小限とし、患者さん一人ひとりに合った日常生活・社会生活を送ってゆくためのサポートもまた、がん診療の担うべき使命のひとつです。
がん細胞の一部のものは、血行を介して、他の臓器に「転移」を作ります。全身の骨も転移しやすい臓器として知られ、乳がん・甲状腺がん・前立腺がんなど、がんの種類によっては、早い段階から骨転移を形成するものもあります。がんの骨転移とうまく付き合いながら治療を継続し、同時に生活の質(quality of life:以下、QOL)を維持するため、慶應義塾大学病院(以下、当院)でも、筋骨格系の異常に対する治療を専門とする医師らががん診療に加わっています。
日本整形外科学会では、運動器の障害のために移動機能が損なわれた状態である「ロコモティブシンドローム(ロコモ)」という概念を提唱し、健康寿命の増進に関する啓発活動を行ってきました。その対象は主に外傷や加齢による疾患ですが、がんに関連した運動器の障害による移動機能の低下を新たに「がんロコモ」と名付け、がん患者さんの運動器に関わる問題を、チーム医療により解決しようとする動きが全国的な拡大を見せ始めています。当院では、その先駆けとして、多科連携による骨転移診療に積極的に取り組んできました。
骨転移診療とは
がんの骨転移は無症状のこともありますが、できた場所や大きさなどによっては、局所の痛み、近傍の神経を圧迫することによって起こる神経症状(麻痺・しびれ・神経痛など)を生じます。また、骨に入り込んだ腫瘍の組織により正常な骨の構造が破壊されることから、通常よりも弱い外力で骨折を生じることもあり、これら骨転移による症状をまとめて「骨関連事象(SRE)」と呼びます。骨転移による痛み・麻痺・骨折に代表されるSREを未然に防ぐこと、そして起きてしまったSREに対し適切な対処をすることが、骨転移診療の目的です。
具体的には、次のような治療を行っています。
<SREの予防>
- 骨転移の大きさや部位をもとに、骨折や麻痺へと進行するリスクを判定する。
- 日常生活動作の負荷(安静度)を制限し、骨転移による骨折・麻痺を予防する。
- 骨転移に負担をかけない動作を身に付けるためのリハビリテーションを行う。
- 骨転移により低下した骨の強度を補うための、装具を処方する。
- 骨転移巣を硬化させる薬剤(骨修飾薬)を投与する。
- 放射線照射を行い、脊椎転移の進行による麻痺を予防する。
- 骨折のリスクが高い病変に対し、予防的な手術を行う。
<SREに対する治療>
- 放射線照射や鎮痛薬を用い、痛みなく生活できるようにする。
- 骨転移による骨折や麻痺に対し、手術も含め、患者さんの病状に適した治療を行う。
これらに加え、画像検査で骨に異常がみられた時や、がん患者さんの体に痛みが生じた時、それががんの骨転移によるものなのかを、骨・関節・筋肉に関する専門知識をもとに判断することや、積極的ながん治療よりもベストサポーティブケアを希望される患者さんに対し、少しでも長い間ご自分の体で動けるようアドバイスさせていただくことも、骨転移診療の重要な側面です。
当院の骨転移診療体制
当院では、原発腫瘍の治療にあたる主治医が必要と判断した際に、骨転移診療チームが介入させていただくシステムを整えています。
<骨転移カンファレンス>
骨転移症例について、主治医・整形外科医・放射線科医・リハビリテーション科の医師および療法士が参加し、各専門分野に基づく意見を交わしたうえで、治療方針を決定します。緩和医療と同様に、骨転移診療においても、多科・多職種の連携による治療が重要と考えています。
<骨転移外来(腫瘍センター「骨転移」火曜・金曜の午後)>
整形外科医の診察を中心とした、骨転移患者さんに対する外来診療です。症状や生活状況を具体的に伺ったうえで、安静度に関する指導・装具の処方・骨修飾薬の投与などを行います。定期的に外来を受診していただく場合は、骨折・麻痺の予防や疼痛改善のために必要なことを、がんの経過に合わせて、その都度相談していきます。病状により、放射線科・リハビリテーション科・緩和ケアセンターでの治療への橋渡しをします。
図1. 骨転移の診療体制
おわりに
2012年の発足以後、我々骨転移診療チームの治療を必要とするより多くの患者さんにアクセスできるようなシステム構築に向け、様々な試みに取り組んで参りました。そして、2018年度より新たに、整形外科・リハビリテーション科・放射線科・緩和ケアセンターの医師からなる「骨転移診療センター」が発足致しました。
がんの骨転移に起因する症状は、患者さんのQOLや身体活動レベルの低下に直結してしまうこともしばしばです。からだの痛み、からだを思うように動かせないことがきっかけとなって、仕事や家族との生活を諦めなくてはならないかもしれない。身体活動度が低下したことで、新たながんの治療にチャレンジできないかもしれない。そのような患者さんを少しでも減らしたいというのが、私たちの願いです。これまでの治療実績を踏まえた、より効果的な骨転移診療を提供するべく、これからも診療体制の充実を図ってまいります。
骨転移診療チーム
文責:骨転移診療センター
執筆:山口さやか、中山タラント ロバート
最終更新日:2018年9月1日
記事作成日:2018年9月1日
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