
出生前診断‐最新の話題‐ -産科-
はじめに
妊娠中にお腹の赤ちゃんが、順調に発育し、生まれた後も健やかに成育することが両親の願いですが、その状態を知るために行われるのが、出生前診断です。染色体や遺伝子の情報を診断する目的で行われることが多く、その方法も多様です。胎児細胞を直接採取して診断する羊水検査や絨毛検査が確実な方法として従来行われてきました。
得られた胎児の細胞を解析する方法も、染色体を形態で見る方法(G-バンド法など)が長年行われてきましたが、現在では新たに遺伝子を詳細に解析する PCR法やマイクロアレイ法なども目的に応じて選択することができます。一方、少ないながらも胎児の細胞を採取することによって流産などのリスクが生じることから、非侵襲性の出生前診断法を求める声があります。この中にも以前から行われてきた胎児超音波検査、マーカー検査(トリプルマーカーやクアトロテストなど)に加えて、染色体の一部の異常に対してですが、正確な情報を得られる非侵襲性母体血胎児遺伝子検査(NIPT)といわれる方法も開発されています。(表1)。
慶應義塾大学病院は日本医学会の「母体血を用いた新しい出生前遺伝学的検査を実施する施設」(NIPT)の認定施設に登録をされています。一般診療ではなく、臨床研究として実施していますので、条件などによって対象外となる場合があり、ご希望の方すべてに対応できるとは限りません。
表1.出生前診断の種類

非侵襲性母体血胎児遺伝子検査(NIPT)
対象
NIPTの対象は、たまたま発生することが多い染色体数の異常のうち、妊娠後半まで流産せずに成育する主なタイプである13番、18番、21番染色体のトリソミー(染色体数が1本多い)を調べる目的で行われています。
精度上の理由から35歳以上での分娩予定の女性や、超音波検査で胎児の異常が疑われた方などのハイリスク群が対象となります。染色体構造異常の保因者、対象以外の染色体や遺伝子の異常を診断する目的では対象となりません。また、多胎妊娠も対象となりません。
方法と原理
母体の血液中には通常自分の細胞が壊れて分離した遺伝子断片が多く流れていますが、その中に妊娠中の血液には胎児由来の遺伝子断片も10%程度含まれています。採血した血液から新しい遺伝子解析機で、遺伝子配列を読み、診断の目的とする染色体上の遺伝子が他の染色体のものと比べて多く含まれていることがわかれば、胎児にその染色体数が多いと診断できるとの原理に基づいています。
実際の診断方法は米国のベンチャー企業を中心としてさらに発展を遂げ、夫婦間で共通の遺伝子配列を読み、量で比較する方法Massively Parallel sequencing (MPS)法に加え、より一層精度を追求するために夫婦間の遺伝子を識別できる遺伝子配列を読んでいくSingle nucleotide polymorphism (SNP)法も開発され応用されています。慶應義塾大学病院ではSNP法によるNIPTを行っています。ご夫婦に対して遺伝カウンセリングの上で研究同意をいただき、妊娠女性から採血し、約2週間で解析結果をお話しできます(図1)。

図1.NIPTの流れ
精度
対象となる染色体については精度が高いですが、非確定的検査の位置づけのため、この精度の検証をする研究のために生後の赤ちゃんの頬から細胞を擦って最終確認を行っています。
偽陽性(染色体に異常がないのに検査結果が陽性となる場合)の率は、10%程度ありますが、これは陽性域を幅広くとって見落としを減らすためです。そのために陽性の場合は、必ず羊水検査による確認が必要です。その一方で、偽陰性(検査が間違って陰性と出た場合)の率は、極めて少ない結果がこれまでに得られています。
羊水検査・絨毛検査
対象
確定検査の意味ばかりでなく、色々な遺伝情報を検査することができます。全染色体の数的異常と構造異常、遺伝子の変異に基づく病気の診断など、幅広く確実な情報を得ることにより正確に診断することができます。
方法
羊水検査は妊娠15週以降、絨毛検査は妊娠9週以降に実施できます。実際に腹壁から超音波で観察しながら穿刺し、胎児の周りの羊水を約15ml吸引し、含まれている胎児の細胞から分析するのが羊水検査です。発達して胎盤になる絨毛組織を吸引して採取するのが絨毛検査です。
リスク
羊水検査は0.3%、絨毛検査は3%程度が流産や破水につながるリスクがあることが言われています。勘違いしてはいけないのは、この検査の時期には、まだ染色体異常も少なくないため、その原因で流産につながるケースが含まれていることです。従って、安全のため、検査後は数日間の安静が望ましいですが、手技によるリスクはそれほど高い訳ではありません。
分析方法
染色体の分析も、G-バンド法といわれるような染色体の形態で分析する方法が多く行われてきましたが、それ以外に、DNAプローブを用いて特定の染色体情報を迅速(約1週間)に知る方法(FISH法)やさらにマイクロアレイ法を用いて全染色体上の多数の遺伝子を解析する方法などこれらの検査を受けるにあたって、目的に応じて選択することができます。
遺伝カウンセリングを行います。出生前診断全般については産科外来、NIPTについては臨床遺伝学センター外来で対応しています。

前列右:末岡浩(産婦人科学(産科)准教授)
文責:産科
執筆:末岡 浩
最終更新日:2017年5月1日
記事作成日:2017年5月1日

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