
肝不全に対する究極の治療-肝移植- -一般・消化器外科-
はじめに
肝硬変・肝不全に対する究極の治療として生体肝移植が開始されたのは1989年です。90年代に国内のいくつかの施設が肝移植を開始、慶應義塾大学病院(以下、当院)では1995年から肝移植を開始しました。近年、多くの移植医の努力や技術・創薬の進化に伴って、肝移植の成績は飛躍的に向上しました。現在の当院の肝移植チームが肝硬変・肝不全患者さんの救命のために何を行っているかご紹介します。
生存率の向上
生体肝移植の5年生存率(手術後に5年間生存される患者さんの割合)は成人では一般に約7割とされていました。移植をしなければ1年も生存できないような患者さんを対象にする医療ですので、多くの施設で許容される成績とされていました。当院の最近4年間に生体・脳死肝移植を施行した成人の患者さん50余名の生存率は9割を超えています(図1)。

図1.最近4年の成人生体脳死肝移植患者の生存率
近年の取り組みと成果
徹底的なリスクファクター解析と対策
肝移植は時には10時間以上かかる大きな手術で、術後には免疫抑制療法、感染症治療など数々の治療を必要とします。一方、移植を必要とする患者さんの術前状態は決して良好とはいえません。われわれは、過去に生体肝移植を施行した全患者さんの結果をもとに手術の成否を決めたのは術前のどんな要素であったかを統計的に解析しました。この結果、提供した肝臓が小さいこと(過小グラフト)、レシピエント(肝臓受容者)の術前の黄疸が高度であること、ドナー(提供者)の年齢が50歳以上であること、胆道再建に胆管空腸吻合を採用すること等が危険因子であることが判明しました。こうした解析結果から、移植を成功させる戦略を練りました。たとえば、提供肝が過小グラフトであれば、最大限グラフト容積を活用するため複数ある肝静脈(肝臓の出口の血管)を最大4本再建します(図2)。免疫抑制下で不利となりうる胆管(胆汁の流れ道)再建を極力選択せず胆管同士を吻合する工夫も重要と考えています。このほか、術後の免疫抑制剤の量を少なくできるよう門脈(肝臓の入り口の血管)にカテーテルを挿入し術後肝保護の薬剤を注入する門脈注入療法(図3)など経験と解析に基づいた数多くの工夫を行っています。

図2.過小グラフトをできるだけ活用する肝静脈再建

図3.移植を有利に進める門脈注入療法
疾患ごとの工夫
- 急性肝不全は、内科的治療の救命率が極めて低い難病です(昏睡型亜急性型では4人に3人が死亡)。当院は、関東一円の病院から急性肝不全患者を受け入れ、消化器内科、麻酔科、消化器外科の連携チームで移植を念頭においた総合的治療を行っています。移植を念頭に感染など移植の禁忌となる事項が発生しないような内科的管理を行うのが救命への鍵です。
- 肝細胞がんは、ミラノ基準内(単発なら5㎝以下、複数なら3㎝3個以下)であれば再発のリスクが低く保険適用で移植が受けられます。少しでも基準を逸脱すれば、自費の移植をすることになります。この保険上のルールは変えられませんが、当院はミラノ基準を逸脱した患者さんに対して部分的な治療を行うことによってミラノ基準に適合させる「ダウンステージ」を行う臨床研究をしております(図4)。

図4.ミラノ基準逸脱肝細胞がんダウンステージの戦略
- C型肝硬変は、移植をしてもC型肝炎ウイルスを駆除できないことが知られています。現在効果の高い経口直接作用薬(レジパスビル/ソホスブビル(商品名:ハーボニー)など)が移植後のC型肝炎治療に使用されており、当院の長年のノウハウで高い駆除率(SVR率)を達成しています(図5)。

図5.肝移植後C型肝炎に対するウイルス駆除率(SVR率)の変遷
免疫学的ハードル
- 血液型不適合移植はかつて禁忌とされた移植ですが、当院は1998年から同移植を積極的に実施してきました。現在、抗血液型抗体を効果的に抑制するリツキシマブ(商品名:リツキサン)が保険適用になりましたが、門脈に肝保護の薬剤を注入する門注療法、20年に及ぶ術後管理のノウハウを駆使し、最近実施した血液型不適合肝移植の患者さんは全例成功しています(図6)。
- 最近専門家で話題となっている抗HLA抗体強陽性移植は、かつて肝移植ではあまり注目されませんでした。当施設の門注療法は、抗HLA抗体強陽性でもリツキサンを使用することなく安定した成績を収めています。

図6.成人血液型不適合生体肝移植生存率の変遷
生体・脳死の両選択肢
当院は、脳死肝移植の認定施設です。意志や医学的理由で必ずしも適格ドナーが存在するとは限らず、生体移植は成立しないこともしばしばです。脳死肝移植登録の条件を満たせば、初診時から登録の選択肢をご提示し、グラフト(提供される肝臓)獲得のため最大限可能性を探ります。国内の脳死下臓器提供は極めて限られていますが、幸運にも当院には最近4年間で12例(全国の提供数の約5%)の肝臓の提供を受けております。
ドナーの負担を考慮した小開腹ドナー手術
自分が健常でありながらグラフトを提供するドナーの負担は大きな問題です。現在の日本の保険制度では、腹腔鏡下手術はドナー手術に適用されません。当施設は、ドナーではない肝切除患者さんへの腹腔鏡肝切除を長年多くの患者さんに実施してきた経験を活かし、腹腔鏡下ではないものの創を極力小さくする小開腹ドナー手術を左葉グラフトのドナーを中心に実施しています。現在、ドナーの術後平均在院日数は平均10~14日程度となっています(表1)。
表1.標準開腹手術および小開腹手術の創長比較
(標準開腹手術は2008年まで、小開腹手術は2009年以降のデータをもとに算出)

チーム医療という総合力
経験の蓄積や医学の進歩にも増して、当院の肝移植医療は外科を含むあらゆる診療科、看護部、薬剤師、技師が患者さん救命のためにチームを組んで診療にあたります(図7)。

図7.肝移植を成功させる移植スクラム
関連リンク
- 肝移植
(慶應義塾大学医学部外科学教室一般・消化器外科肝胆膵・移植班)

上:肝臓チーム 左下:小児チーム 右下:血管チーム
文責:一般・消化器外科
執筆:篠田昌宏
最終更新日:2017年1月1日
記事作成日:2017年1月1日

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