遺伝性疾患の正しい理解のために -臨床遺伝学センター-
はじめに
病気には様々な原因がありますが、大きく分けると遺伝要因と呼ばれる体質・遺伝の影響と、環境要因と呼ばれる食習慣や微生物などの外部からの影響によるものに分けられます。多くの病気は遺伝要因と環境要因の両者の組み合わせによって生ずるのですが、一部の病気は遺伝要因が単独で大きく影響し、「遺伝性疾患」と呼ばれています。
遺伝性疾患についての一般向けの書籍はほとんどありませんので、これまでは患者や家族がご自分たちで遺伝性疾患について情報を得る方法は限られておりました。インターネットの普及により、遺伝現象に関する一般的な事柄や、各疾患について様々な情報を各種のホームページから得ることができるようになりました。しかし、インターネット上の情報のみを通じて遺伝性疾患について正しく理解することは困難であると考えます。一般の方・研究者など様々な立場の方が情報を発信しておられますが、診療の現場から見た場合には、患者さんに誤解を与えるのでは心配になる内容も少なくありません。さらに重要な問題として、同じ遺伝形式(優性遺伝・劣性遺伝など)の遺伝性疾患であっても、家系内における患者さんとの血縁関係に応じて、ご自身やお子さんが遺伝病にかかる可能性は大きく異なります。「遺伝病」といっても必ず親から遺伝したとは限りませんし、お子さんに遺伝するとも限りません。むしろ、遺伝しない場合も多いのです。しかし、この点について十分な説明をしているホームページは少ないように見受けられます。
慶應義塾大学病院に「遺伝相談外来」を開設
当院は遺伝性疾患の患者さんやご家族に情報を提供するため、2001年に「遺伝相談外来」を開設しました。以来、「遺伝病」「先天性の病気」「染色体異常症」「家族性腫瘍」などについて詳しい相談・説明を希望される患者さんや配偶者、親兄弟など、年間500名以上の方に来院していただいております。この度、遺伝性疾患の患者さんとご家族のニーズに幅広く、きめ細かく応えるため、2011年8月から臨床遺伝学センターを開設しました。国内外の臨床遺伝専門医資格を有する20名以上の各科医師が国際水準の医療を提供するよう力をあわせております。診療チームには3名の認定遺伝カウンセラーも加わり、様々な立場におられる患者さんやご家族の心持ちを伺うように努めております。
遺伝性疾患との診断を受け、さらなる情報を求めておられる場合には、インターネット上の必ずしも正確とは云えない情報に惑わされることなく、まずは臨床遺伝学の専門医と相談されることをお勧めしたいと思います。
プライバシーの保たれたスペースで、時間をかけて面談します。
遺伝子診断について
当外来への受診を希望される患者さんからは遺伝子診断に関する質問を多くいただきます。 代表的な質問とその答えをまとめてみました。
検査を受ける前に、その検査によって何が分かり、何が分からないかを、十分に理解し、納得した上で検査を受けるかどうかを決めることが大切です。また、検査の後も、その結果が患者さんや家族にとってどのような意味があるのかを、専門家から説明を受けることが大切です。
Q & A
Q1 遺伝子診断について教えて下さい。
A1 遺伝子診断(遺伝子検査とも呼ばれます)とは、遺伝子を構成するDNAのアルファベット 塩基(化学物質)の順序を調べる検査です。遺伝子の実体は、A・T・G・C・という4文字のアルファベットに相当するDNA塩基が数千~数万個にわたって連なった物質です。
もう少し詳しい説明については「遺伝子検査」をご覧ください。
Q2 遺伝子診断は採血検査ですか、それとも特殊な手術を受けなければなりませんか?
A2 体の全ての細胞は共通の遺伝子の構成を持っています。したがって、体のどの部分の細胞を使用することも可能ですが、血液を使用することが一般的です。
Q3 遺伝子には沢山の種類があると聞いたことがありますが、遺伝子検査では全部の遺伝子を調べるのですか?
A3 人間の細胞には約2万5千種類の遺伝子が含まれています。どの遺伝子に異常があるかによってどのような病気が発症するかが決まります。症状に応じて、どの遺伝子に異常があるかを推測した上で、特定の1個ないし数個の遺伝子のみについて分析を行います。2万5千種類全部の遺伝子を一度に調べる技術も既に開発されています。
現在のところ、受診いただいた小児の患者さんないし小児の時に発症した患者さんについて症状やこれまでの経過を詳細に検討させていただき、網羅的な遺伝子診断が役に立つ可能性があると判断された方のみに、研究への参加を御相談させていただいております。
Q4 遺伝子診断を受ければ全てのことがはっきり分かるようなイメージがありますが、遺伝子診断の正確性について本当はどうなのでしょうか。
A4 病気の種類によりますが、一般的にいうと、症状がそろった「典型的」な患者さんに対して遺伝子診断を行った場合でも異常が見つかる率は70~80%くらいです。このような病気の場合には、「遺伝子に異常が見つからなかった」という結果であったとしても、「その病気ではない」とは言い切れません。もちろん、遺伝子診断によって遺伝子に異常がみつかれば、その病気であると確定診断することができます。少々複雑な答えになりましたが、大切な点です。
Q5 遺伝子診断を受けるのに健康保険は使えますか?
A5 現在のわが国の医療制度の中では、健康保険を用いて実施できる遺伝子検査の種類は30種類程度に限られています。健康保険が使用できない遺伝子検査については、自費診療・または研究として検査を行います。病院内ばかりでなく、国内外の検査機関や研究機関とも連携しています。詳細は「遺伝子検査」をご覧ください。
関連リンク
- 少子高齢社会に挑む科学・研究~実用化が進む遺伝子診断~
(慶應義塾新聞2014年6月6日) - KOMPAS 遺伝子検査
- KOMPASあたらしい医療:難病の原因究明に役立つ遺伝子診断-臨床遺伝学センター-
最終更新日:2015年3月4日
記事作成日:2011年9月1日
あたらしい医療
- 2024年
- 安全・安心の美容医療の開始 ―形成外科―
- アルツハイマー病の新しい治療 ~アルツハイマー病の原因物質、アミロイドβを取り除く薬剤~ ―メモリークリニック―
- 糖尿病・肥満症のあたらしい医療 ―糖尿病先制医療センター ―
- うつ病に対する反復経頭蓋刺激療法(rTMS療法)の発展 ―精神・神経科―
- 好酸球性消化管疾患(EGID)~アレルギーセンターの取り組み~ ―アレルギーセンター ―
- パーキンソン病に対するデバイス補助療法の進歩 ―パーキンソン病センター―
- 早産で小さく生まれた赤ちゃんの性別を正確に決める ―性分化疾患(DSD)センター―
- 外科的切除が困難な腫瘍にエキスパート達が集結し挑む:大血管浸潤腫瘍治療センターの設立―大血管浸潤腫瘍治療センター―
- 小児白血病に対するCAR-T細胞療法 ―小児科―
- 表在型消化管腫瘍に対する内視鏡的粘膜下層剥離術の進歩 ―内視鏡センター―
- 2023年
- 副腎の新しい治療~原発性アルドステロン症に対する新しい低侵襲治療:ラジオ波焼灼術~ ―腎臓・内分泌・代謝内科―
- 胸部悪性腫瘍に対する経皮的凍結融解壊死療法(患者申出療養) -呼吸器外科・放射線科・呼吸器内科-
- いよいよ始まる婦人科がんでのセンチネルリンパ節ナビゲーション手術 ―婦人科―
- リンパ浮腫の発症予防・早期発見から精度の高い診断方法・先端治療まで ―リンパ浮腫診療センター―
- 多科による有機的な連携で難病を治療 ―側弯症診療センター―
- 多職種連携チーム医療で支える ―パーキンソン病センター―
- 臓器移植センターでの取り組みについて ―臓器移植センター―
- 口腔顔面痛ってどんな病気?筋肉のコリが原因になることがあるって本当? ―歯科・口腔外科―
- DX(デジタルトランスフォーメーション)で実現する効率的で質の高い微生物検査 ―臨床検査科―
- 中枢性運動麻痺に対する新たな治療法 ―リハビリテーション科―
- 2022年
- 新薬が続々登場!アレルギー疾患の治療革命 ―アレルギーセンター ―
- 小児リウマチ・膠原病外来の開設 -小児科-
- 最新ロボット「hinotori(ヒノトリ)」を用いた腹腔鏡下手術開始 -泌尿器科-
- UNIVAS成長戦略に対する本校の貢献 ~UNIVASスポーツ外傷・障害予防研究~ ―スポーツ医学総合センター―
- 血管腫・血管奇形センター ~病態・治療について~
- 炎症性腸疾患 ~専門医連携による最新の取り組み~ -消化器内科-
- 多職種連携で行うAYA世代がん患者さんの支援 -腫瘍センター AYA支援チーム-
- 糖尿病のオンライン診療 -腎臓内分泌代謝内科-
- 義耳と軟骨伝導補聴器を併用する小耳症診療 -耳鼻咽喉科-
- 腸管機能リハビリテーションセンター:Keio Intestinal Care and Rehabilitation Center
- 歯周組織再生療法 ―歯科・口腔外科―
- 外傷性視神経管骨折へのチームアプローチ(視神経管開放術) ―頭蓋底センター―
- 最新の角膜手術(改訂) ―眼科―
- 子宮体がんの手術とセンチネルリンパ節生検(改訂) -婦人科-
- 2021年
- 2020年
- 2019年
- 早期消化管がんに対する低侵襲内視鏡治療(改訂)
-腫瘍センター 低侵襲療法研究開発部門- - 血液をきれいにするということ(改訂)
-血液浄化・透析センター- - 1型糖尿病治療の新しい展開
―糖尿病先制医療センター― - アルツハイマー病の新しい画像検査
~病因物質、ベーターアミロイドとタウ蛋白を映し出す検査~ - 性分化疾患(DSD)センターの活動を紹介します
- 乳がん個別化医療とゲノム医療 ―ブレストセンター
- 気管支喘息のオーダーメイド診療 -呼吸器内科―
- 人工中耳手術 ~きこえを改善させる新しい手術~ ―耳鼻咽喉科―
- がん患者さんへの妊孕性温存療法の取り組み ―リプロダクションセンター―
- 腰椎椎間板ヘルニアの新たな治療 ~コンドリアーゼによる椎間板髄核融解術~ ―整形外科―
- 痛みに対する総合的治療を提供する「痛み診療センター」の開設
- 軟骨伝導補聴器 ~軟骨で音を伝える世界初の補聴器~
―耳鼻咽喉科― - 診療科の垣根を超えたアレルギー診療を目指して
― アレルギーセンター ―
- 早期消化管がんに対する低侵襲内視鏡治療(改訂)
- 2018年
- 2017年
- 自然な膝の形状を再現した違和感のない人工膝関節置換術
-整形外科- - 母斑症診療の新たな枠組み
―母斑症センター― - 子宮頸部異形成に対する子宮頸部レーザー蒸散術
―婦人科― - 新しい鎮痛薬ヒドロモルフォンによるがん疼痛治療
―緩和ケアセンター― - 内視鏡下耳科手術(TEES)
―耳鼻咽喉科― - 頭蓋縫合早期癒合症の治療‐チーム医療の実践‐
―形成外科― - 気胸ホットラインの開設
―呼吸器外科― - 出生前診断‐最新の話題‐
-産科- - クロザピン専門外来の取り組みと治療抵抗性統合失調症に対する研究について
―精神・神経科― - 治療の難しい天疱瘡患者さんに対する抗CD20抗体療法
-皮膚科- - AED(改訂)
-救急科- - IBD(炎症性腸疾患)センター
-消化器内科- - 肝不全/肝硬変に対する究極の治療 -肝移植-(改訂)
-一般・消化器外科-
- 自然な膝の形状を再現した違和感のない人工膝関節置換術
- 2016年
- 2015年
- 2014年
- 2013年
- 2012年
- 2011年