下咽頭がん
概要
下咽頭とは、喉頭蓋谷より下方で輪状軟骨下縁の高さまでの範囲に相当し、前方に喉頭が位置し、下方に食道が続きます。下咽頭がんは梨状陥凹型、後壁型、輪状後部型に分類されます。中咽頭がんと同様に、過度の喫煙や飲酒が発がん因子と考えられており、中咽頭や食道に重複がんの頻度が高いことが特徴です。頸部リンパ節転移を来しやすい一方、原発巣は大きくならないと症状が出てこないために早期診断率が低く、診断時は80%近くがすでに進行がんです。さらに遠隔転移の頻度が比較的高いことや、生活習慣病の合併率が高くほかの原因により亡くなられる方も多いことから、治療成績は頭頸部がんの中で最も不良です。
診断
診断には経鼻内視鏡検査による咽頭の観察が重要です。下咽頭は喉頭の後ろにあり普段は閉鎖しているため、経鼻内視鏡観察の際に患者さんにValsalva負荷(最大吸気の後、咽頭圧を上げてのどの中を膨らませるように息ごらえをする)(図1:下咽頭の観察範囲が拡張されます)やModified Killian法(顎を突き出して上半身を前屈し、顔を左右に向ける)をお願いしています。近年は診断機器の性能向上により粘膜の微細な血管異常から表在がんを診断できるようになったことや、重複がんスクリーニングの認識の普及により、徐々に早期診断率が向上しつつあります(図2)。
図1.経鼻内視鏡による下咽頭粘膜観察(Valsalva負荷法)
図2.下咽頭表在がんの内視鏡所見
治療
治療は根治性が第一ですが、可能な範囲で嚥下・発声機能にも配慮が望まれます。がんのステージ、部位、年齢、合併症などを考慮し、放射線治療や様々な術式による手術の中から患者さんに合った治療を選択します。
早期がんの場合は、従来、一般的に放射線治療が選択されてきましたが、近年は放射線治療の合併症を考慮し、より体への負担の少ない経口的切除術も普及しており、当院でも積極的に行っています(図3,4)。
器械を使ってのどや口を広げ、内視鏡で観察しながら口の中から病変を切除します。病変の部位によってELPS(内視鏡的咽喉頭手術)かTOVS(経口腔的ビデオ喉頭鏡下手術)かを選択します。後述の同時化学放射線療法と異なり、1~2週間程度の入院で治療が可能です。放射線治療は頸部に一度照射すると再度行うことはできませんが、この手術は異時性・異所性に発症した病変に対して複数回行うことが可能です。
ほかに頸部外切開による手術でも発声機能を温存することのできる喉頭温存下咽頭部分切除術があります。切除した部位にはオトガイ下皮弁(SIF)や舌骨下筋皮弁(IHF)などの有茎局所皮弁や、前腕や腹直筋などの遊離皮弁による再建を行います。SIFやIHFの場合、当科で切除・再建ともに対応が可能です。遊離皮弁の場合は形成外科との合同手術となります。
図3.彎曲型喉頭鏡+軟性内視鏡によるELPS(内視鏡的咽喉頭手術)
図4.経口的手術用拡張器+硬性内視鏡によるTOVS(経口腔的ビデオ喉頭鏡下手術)
局所進行がんの場合は、拡大切除+再建手術または同時化学放射線療法が選択されます。手術では喉頭・下咽頭・頸部食道の全摘が一般的で、咽頭から食道まで遊離空腸でつなぐ再建手術を同時に行います。最も根治性の高い術式であり、音声機能を喪失しますが、術後に代用音声を獲得することは可能です。
病変の部位や大きさによっては喉頭温存が可能な喉頭下咽頭部分切除術を行い、術後は嚥下機能のリハビリテーションを行います。頸部リンパ節転移に対しては頸部郭清術を行い、必要に応じて術後に放射線治療・化学療法を加えることもあります。入院期間はおよそ1か月程度となります。
切除不能例や喉頭温存を目指す場合は同時化学放射線療法(CCRT)の適応となります。2~3か月の入院で抗がん剤の点滴を行いながら放射線治療を行います。CCRTは口腔咽頭粘膜の炎症が避けられず、炎症に伴う痛みや感染症を合併します。含嗽薬や歯科による専門的な口腔ケア、十分な疼痛コントロールを行い、治療をサポートします。放射線治療では、口腔咽頭粘膜の乾燥、咽喉頭知覚の低下などにより嚥下機能が低下し、時に重症となることがあります。なお、手術、化学放射線療法いずれの治療においてもその前後に化学療法を施行することがあります。
慶應義塾大学病院での試み
当院では、低侵襲な経口切除術、音声機能温存可能な部分切除術、他科と連携した拡大切除・再建術、同時化学放射線療法、化学療法など、様々な治療を提供することができる体制と環境が整っています。患者さんの病態、併存症、音声温存の希望等に合わせ適切な治療を行うことができるよう、カンファレンスで十分に検討を行い、治療方針を決定しています。
さらに詳しく知りたい方へ
文責:耳鼻咽喉科
最終更新日:2022年12月1日