子どものこころの問題
はじめに
日本では1973年以降、出生数の減少に歯止めがかからなくなっています。2015年まで100万人を超えていた出生数は2022年には80万人を切りました。今や日本の子どもは絶滅危惧種です。にも関わらず、不登校、子どもの自殺、児童虐待、家庭内暴力(Domestic Violence:DV)は増加の一途をたどり続けています。ゆとりのない孤独な育児環境が、子どもと家族に暗い影を落としています。
さらに、2020年から広まった新型コロナウイルス感染症の流行により、子どもと家族を取り巻く状況は大きく変わりました。感染対策のために子どもの生活は制限され、妊婦さんたち、お母さんたちは子どもが感染症にならないか、不安の中で生活することになりました。感染症の影響を受けないインターネット・SNS・ソーシャルネットワークゲームがここ数年で広く普及したことは偶然ではないかもしれません。 今こそ、日本の大人が一丸となり、子どもと家族を守る“本気の”親心を示し、子どもと家族の安心を取り戻さなければいけません。
慶應義塾大学病院小児科、精神保健班は日本社会の先頭に立って、子どもと家族を守っていきます。
子どものこころの問題のとらえ方
小学校4年生のみきちゃんは、「ものが見えにくくなった」と訴えて病院を受診しました。眼科の検査では、見える範囲は通常の半分しかありませんでした。
お父さんとお母さんは共働きで、みきちゃんは学童から戻り二人の帰りを待つ毎日でした。帰ってくると、お父さんとお母さんは夫婦喧嘩を始め、時には手があがります。みきちゃんは学校の出来事を聞いてもらえず、二人の喧嘩がおさまるのをおびえて待つのでした。
お母さんに、みきちゃんの話を聞いてほしい、みきちゃんの前で子どもがおびえるような夫婦喧嘩をしないでほしいことを伝えました。お母さんとお父さんは、このことについてよく話し合いました。二人の喧嘩はぐっと減り、ご両親はみきちゃんの話を聞いてあげるようになりました。3回目の受診時には、すっかり目が見えるようになりました。
問題や症状には、いろいろな意味や機能があります。こころの問題の診断と治療には、お子さんの資質、発達段階、生活史、家族、学校の状況などの関係性を理解することが大事です。問題はお子さんやご家族のSOSであったり、学校生活のストレスのはけ口であったり、さらに専門家に相談するための入場券の役割を果たしていることがあります。
子どものこころの問題は、思春期になるとさらに複雑になり、不安・恐怖・抑うつなどの感情障害、強迫症状、拒食や過食などの摂食障害、抜け毛・チックなどの習癖、腹痛、頭痛、不眠などの心身の症状などを認めるようになります。行動の障害には、暴力・反抗などの行為障害、家出・徘徊・万引き・窃盗・器物破壊などの社会的逸脱行動、リストカット・薬物依存・性的逸脱行動などの自己破壊的な行動があります。これらの症状・行動の背景には、児童虐待や家庭内暴力が潜んでいることがあります。育ってきた家族環境の影響により起きた「発達の歪み」(発達性トラウマ障害)と「発達障害」との鑑別が難しい子どもたちが増えています。小中学校では、不登校生徒数が全国で24万人以上となり、いじめや自殺の問題も深刻化しています。これらの子どものこころの問題が未解決となれば、健全な大人としての人生を送ることが困難となり、次世代家族へと問題は引き継がれていきます。
診断評価
子どものこころの問題は、1)診断分類 2)発達段階 3)家族機能などから評価します。
<診断分類>
- 健康な反応:こころの発達は不連続で、一見問題行動と誤解されやすい健康な反応があります。例えば、幼い子どもの癇癪、思春期の反抗期などです。両親があわてずに見守れば、お子さんは次の安定した発達段階に進むことができます。
- 反応性障害:いじめ、失恋、祖父母の死など、つらく悲しい体験に対するこころの反応です。原因を適切に解決し、時間が経過すれば状態は改善します。
- 神経症障害:長期のストレスにより神経過敏な反応が定着し、治りにくくなった状態です。
- 発達障害:生まれもつ資質や、乳児期の病気や虐待などのトラウマが積み重なり、対人関係や集団適応の発達に偏りが生じた状態で、人格発達障害と広汎性発達障害に大別されます。後者は自閉症スペクトラム、注意欠陥多動障害、学習障害などです。お子さんのもって生まれた敏感さや不器用さなどのため、赤ちゃんのときから育てにくく、お母さんは「なぜこんなに無関心なのだろう、頑固なのだろう、敏感なのだろう」とわが子にしっくりしない思いを抱きます。育児のしにくさから親子はぶつかりやすくなります。お子さんは集団になじめずに孤立し、自信を失い、悲観的、被害的になりがちです。
- 精神病性障害:ささいな刺激によりコントロールの悪い激しい情動に襲われ、現実が見えなくなる状態をいいます。人との刺激が状態を悪化させるので、対人ストレスを減らし、お子さんのペースにあった生活にします。適切な投薬も有効です。
- 脳器質性障害:神経病やほかの脳の炎症、外傷に伴う精神症状などがあります。長期的な療育指導やリハビリテーションを含む支援が有効です。
<発達段階>
問題行動は、お子さんの発達段階により理解します。長期化する思春期の問題行動は、しばしば幼児期の積み残しです。思春期にはどの子も大人の心身に成長発達しながら、幼児期の自分に別れを告げ、自己の同一性(アイデンティティ)の確立に向けて試行錯誤する時期です。
- 前思春期(小学校高学年):身長と頭囲のぐんと増す成長スパート期です。性ホルモンにより二次性徴が発現し、お子さんは生意気に母親に反発したかと思うと、幼児のように甘えます。この依存と自律の矛盾した態度は、母親を戸惑わせます。お子さんは、本気で自分を守ってくれる母親を確認しようとしています。
- 思春期初期(中学生頃):女子は初潮の発来、男子は声変わりに伴い、同性友達と親密な関係を築くようになっていきます。
- 思春期中期(高校生):二次性徴が完成し、自己嫌悪と自己愛の間でこころが揺れます。
- 思春期後期(高校卒業後):自己の価値観、職業、伴侶を探りながら自己同一性を確立します。
<家族機能評価>(図1)
お子さんの問題は家族が関係性をふりかえり、成長するよい機会になります。健やかな家族においては、父母連合・世代境界・性差境界の家族機能が働いています。お父さんがお母さんをしっかり支え、父母が仲良く一枚岩で協力し合うと、どんな問題も解決しやすく、家庭はお子さんが安心して育ちやすい場になります。
- 父母連合:父母が一枚岩となり、子どもの問題に取り組む。
- 世代間境界:父母は親としての責任と自覚をもち、子どもを父母の問題に巻き込まない。
- 性差境界:息子は父、娘は母を性の役割モデルとし、異性の親子は近親相姦的にならないよう、適度の距離を保つ。
<健全な家族機能>
図1.家族機能評価
子どものこころの問題への対応
お子さんの治療には次の基本姿勢が役立ちます。
- ありのままのその子を受けとめる:お子さんを理解するには、まず人として尊重し、ありのままを受けとめることから始めます。そこから信頼が芽生え、子どもは少しずつ、言葉にならない苦しみを打ち明けます。
- 子どもとの治療同盟:治療ではお子さんと話し合いのルールを決め、発言の秘密を守ります。お子さんがつらい気持を誰かに理解されたと実感できることが問題解決の鍵です。
- 悪循環をほぐす:多くの問題行動は悪循環に陥っています。その悪循環には父母・家族関係だけでなく、学校も関連していることが多くあります。
- 日常生活を見直す:過密スケジュールを改善し、睡眠・覚醒・食事のリズムを整え、インターネットやゲームの時間を減らすなど、安心感とゆとりのある生活にします。
- 集団の苦手な子こそ暖かく包む:気持の調節が不器用なお子さんにとって、家庭は大事なよりどころです。ご両親が園や学校の先生たちと率直に相談し皆で一丸となり、お子さんを可愛いがりましょう。分かりやすい生活の枠組みを作り、対人関係や集団行動のスキルを気長に育みましょう。
- 学校と連携し、家族を支える:お子さんは自信を失う瞬間、ふと見捨てられる不安を抱き、親にぶつけて試します。ご両親がおどおどしてふりまわされると、お子さんの不安と怒りはかえってエスカレートします。父母、教師、治療チームの緊密な連携により、お子さんを安心させ前向きにしていきます。
ご両親はお子さんのこころの問題により、傷つき落ち込みがちです。周囲の人々は、くれぐれもお母さんを責めないようにしましょう。お母さんが罪悪感をもつと、お子さんのこころの状態はこじれます。そんなときは、ご両親が一枚岩となって、お子さんのつらい本音を受け止めていきます。ゼロから育て直すつもりで、ご両親がお子さんを丸ごと受け止めると、どの子もつらい本音を出して、ほっとします。幼い頃から甘え足りない、遊び足りない、仲間と腹の底から笑いあったり、けんかしたりする体験が少ない、よその子やきょうだいと比較されて落ち込んだりするなどの問題が、思春期の症状の背景となることもあります。お子さんの問題をきっかけに、親子で新たにこころを開いて話し合い、温かい家族や親子関係をつくり直していけばよいのです。
おわりに
子どものこころの問題は多様です。症状や問題行動には、お子さん独自の意味や機能があります。どの子も自分なりにひたむきに生きのびようとしています。ストレスの多い現代に生きるお子さんたちに、私たち大人がご両親とともに、親身な応援をしていきたいと思います。
文責:
小児科
最終更新日:2024年1月12日