摂食嚥下障害のリハビリテーション
概要
「食べる」という行為は、生命維持に必要な栄養を取り入れる、味を楽しむ、食事の場面を通じてコミュニケーションを楽しむなど、私たちの生活においてとても大きな意味を持ちます。「食べる」ことは、脳にある摂食中枢と嚥下中枢からの指令で口や喉を動かして、外部から水分や食物を口に取り込み、胃へ送り込むことで、これを「摂食嚥下」の運動といいます。この運動に支障を来すのが摂食嚥下障害であり、食物を飲み込もうとすると気管へ入ってむせてしまう、食道へ入っていかず喉に残ってしまう、というような症状が特徴的にみられます。原因としては、脳卒中やパーキンソン病などの神経や筋肉の病気、あるいは舌・咽頭・喉頭がんなどがあります。
摂食嚥下障害で生じる問題は、肺炎・窒息・低栄養・脱水など生命の危険に直結する、とても深刻なものばかりです。また、食べることの障害は、医学的リスクだけでなく、食べる楽しみを失うという生活の質(QOL)の観点からも重要な問題になります。
摂食嚥下リハビリテーション(以下、リハビリ)では、患者さんが安全かつ楽しく生活できるよう、栄養摂取の方法を確立することを目指します。患者さんに合わせた食事や栄養摂取のスタイルを確立することが、嚥下リハビリの最大の目標です。
症状
摂食嚥下の5期モデル
摂食嚥下は、先行期、口腔準備期、口腔送り込み期、咽頭期および食道期の5つのステージに分けられます。これを摂食嚥下の5期モデルといいます(図1)。
図1. 摂食嚥下の5期モデル
(放送大学教材 リハビリテーション 放送大学教育振興会、2007年から引用、一部改変)
誤嚥
誤嚥とは、食道に送り込まれるべき食塊や水分が何らかの原因で声門を越えて気管や肺に入ってしまった状態を意味します。誤嚥をした場合、通常は激しくむせて誤嚥物を喀出しようとする防御機構が働きます。これを顕性誤嚥といいます。しかし、気管の感覚低下などにより、誤嚥してもむせや咳嗽などの反応がない場合もあります。これを、不顕性誤嚥といいます。不顕性誤嚥では外見上、誤嚥しているか否かが判断できないため、誤嚥性肺炎のリスクが高くなります。
摂食嚥下障害の原因
嚥下障害の原因は、器質的(解剖学的)障害と機能的(生理学的)障害の2つに大きく分けられます。また、加齢に伴う機能低下も影響します。
- 器質的(解剖学的)障害
器質的障害とは、口腔、咽頭食道などの解剖学的構造に異常がある場合で、食塊の通り道に障害物があるような状態をいいます。舌がんや咽頭がんなどの口腔・咽頭の腫瘍による場合や術後の障害が原因となる場合が多いです。例えば、舌がんでは舌切除による舌の運動障害を生じ、食塊を口腔内で処理できなくなり、咽頭へ送り込めないなど口腔期の障害が起こります。一方、咽頭がんでは舌根部や咽頭後壁切除により咽頭内圧(咽頭内に送り込まれた食塊を一気に食道へと押し込む圧)の低下を生じて、嚥下しても食塊が咽頭に残留してしまうなど咽頭期の障害が起こります。いずれも切除範囲が広いほど障害が重度になる傾向があります。 - 機能的(生理学的)障害
機能的障害とは、口腔や咽頭の構造は正常でも、それら諸器官の運動に問題があり、食塊の通り道の動きがゆっくりになってしまうような状態です。原因としては、脳血管障害や筋萎縮性側索硬化症、パーキンソン病などの神経変性疾患のほか、多発性硬化症、脳炎、脳腫瘍、脳性麻痺、外傷性脳損傷、筋ジストロフィー、重症筋無力症、多発性筋炎などが挙げられます。 - 加齢の影響
高齢者においては、加齢に伴い、摂食嚥下面の様々な機能低下を生じてきます。例えば、歯の数が減少すると食塊形成には不利となります。嚥下反射(飲み込みの反射)はゆっくり始まるようになります。咳の反射が低下して、あまりむせなくなります。小さな脳梗塞は加齢とともに増加し、嚥下機能に影響を及ぼします。また、薬剤の影響としては、抗コリン薬や抗ヒスタミン薬の服用により、唾液分泌は抑制されます。抗てんかん薬や抗精神薬は嚥下反射を抑制します。
症状
摂食嚥下障害の典型的な主訴は、「飲み込みにくい、むせる」ですが、明らかな訴えがない場合も多いです。夜間の咳、繰り返す発熱、体重の減少などにも注意を払う必要があります。表1のような質問紙を利用したり、食事場面の観察を行い、食欲、食事の形態、摂取量、所要時間、むせの有無、湿性嗄声(痰が絡んだようなごろごろした声)の有無、口腔ケアの状況(口腔内の汚れ・乾燥、舌苔や唾液の量、義歯の適合、虫歯や歯肉の出血など)をチェックします。
表1. 摂食嚥下障害の質問紙
(『脳卒中の摂食・嚥下障害』第2版 医歯薬出版、1998年から引用 )
上記15項目からなる質問のうち1つでもAがあった場合は嚥下障害の疑いありと判断し、専門医に相談されることをおすすめします。
診断
検査
- スクリーニング検査
反復唾液嚥下テストは、口腔内を湿らせた後に、唾液を嚥下してもらいます。30秒間で可能な空嚥下の回数を評価し、30秒間で2回以下を異常とします。
改訂水飲みテストは、冷水3mlを口腔に注ぎ嚥下してもらい、その後、反復して嚥下を2回行うように指示します。評価は、嚥下可能かどうか、むせるかどうか、呼吸状態に変化があるかどうかをチェックし、判定します。 - ビデオ嚥下造影(videofluoroscopic examination of swallowing:VF)
検査の詳細については、ビデオ嚥下造影検査をご覧ください。 - 嚥下内視鏡検査(Video Endoscopy: VE)
鼻咽腔内視鏡を用いて嚥下機能を評価する方法です。VFと比較して被爆せずにベッドサイドで繰り返し行える利点があります。咽頭残留はよくみえますが、嚥下反射(飲み込みの反射)時の観察は不能で誤嚥の瞬間をとらえることはできません。詳細は、嚥下内視鏡検査をご覧ください。
治療
摂食嚥下リハビリテーションの実際
摂食嚥下リハビリの目標は、患者さんにとって安全かつ快適な摂食状態をつくり、QOLの向上を図ることです。食事摂取することによる肺炎や窒息などのリスクに注意しながら、患者さんの食べる楽しみや家族の要望を十分考慮して取り組む必要があります。
- 口腔ケア
口腔ケア(口の中の清掃・衛生管理)は訓練を行う上での前提条件となります。歯ブラシなどを用いて、口腔内をきれいにし、食物の残りかすや、細菌を除去し、口腔内の衛生状態を改善させます。専門的な口腔ケアは高齢者の誤嚥性肺炎の発生率を低下させることが報告されています。 - 間接(基礎)訓練
嚥下訓練には、間接(基礎)訓練と直接(摂食)訓練があります。
間接訓練とは、「食べ物を用いない訓練」です。誤嚥の危険が高く直接訓練を行うことのできない場合や経口摂取をしている場合でも、食前の嚥下体操などのように嚥下諸器官の準備運動の目的で行うことも多いです。間接訓練の種類と目的および方法を図2と表2に示しました。
図2. 間接(基礎)訓練の実際
(放送大学教材 リハビリテーション 放送大学教育振興会、2007年から引用、一部改変)
表2. 主な間接(基礎)訓練の目的と方法
- 直接(摂食)訓練
直接(摂食)訓練とは、「食べ物を用いる訓練」です。誤嚥の危険を伴うので、VF検査などで重症度を評価した上で適応を判断します。誤嚥を防ぐための体位や肢位、代償的嚥下法、食形態の工夫などの代償手段(後述)を用いることで、誤嚥の防止を図りながら、安全に直接訓練を行い、30分程度の食事時間と7割以上の摂取量を目安に、安全かつ適切な難易度の食事を段階的に進めます。VF検査で不顕性誤嚥を認めた場合には、外見上、誤嚥が分かりにくいので特に注意が必要です。食事中や食後に湿性の嗄声があるかどうか、痰が増えていないかどうかなど、誤嚥の徴候を見逃さないようにします。 - 代償手段
- 体位・肢位・代償的嚥下法(表3)
表3. 主な体位・肢位・代償的嚥下法の目的と方法
- 食物の種類・形態
嚥下開始食として適している食材は、口腔準備期や口腔送り込み期では、咀嚼、食塊形成、咽頭への送り込みが難しいため、舌の運動に頼らずに咽頭へ流し込めるさらさらの液体やみそ汁、コーンスープ、シャーベットなど低粘度のペースト状の食形態です。
一方、咽頭期では、誤嚥を予防するため、ヨーグルト、ゼリーなど高粘度のペースト状の食形態が、嚥下開始食として用いられます。液体は凝集性が低いため咽頭で散らばり最も誤嚥しやすいです。とろみのある液体は咽頭でまとまって、咽頭への流入速度が遅くなり、誤嚥を防ぐことができますので、誤嚥の危険の大きい場合には、お茶、味噌汁に増粘剤を付加します。 - 食事時の一口量・摂取ペース
一口量が多すぎて誤嚥する場合、小さいスプーンや箸を使用することで物理的に一口量を制限します。ビデオ嚥下造影検査で適量が分かっていれば"3ccくらい"などと具体的な数字で示します。
摂取ペースが速いと、咽頭残留があるのに次々に摂取してしまい、咽頭残留が増加して誤嚥を来してしまうことがありますので、摂取ペースが速くならないように心がけます。 - 栄養摂取の方法
経口摂取のみで1日の必要エネルギー量を確保できない場合には経管栄養が必要となります。経鼻胃管の留置が一般的ですが、長期間留置をしておくと、鼻腔、口腔、咽頭の衛生上の問題や嚥下動作時の違和感による苦痛、胃食道逆流による誤嚥などが生じるので、経皮内視鏡的胃瘻(いろう)造設術(PEG)の導入を検討します。
PEGは開腹手術をせずに胃カメラを利用して胃と皮膚との間にチューブを留置する方法です。高齢者や全身状態があまりよくない場合でも、比較的安全に造設することができます。
- 体位・肢位・代償的嚥下法(表3)
慶應義塾大学病院での取り組み
リハビリテーション科では、摂食嚥下障害を「食べること全体の問題」と捉えて、姿勢、食事の仕方、食物の種類、補助的な栄養法、歯科的管理などにも配慮し、患者さんが安全かつ楽しく生活できるよう、栄養摂取の方法を確立することを目指して、チーム医療を実践しています。
さらに詳しく知りたい方へ
- 摂食・嚥下障害の患者さんと家族のために / 西尾正輝著
東京 : インテルナ出版, 2008-
2冊
*第1巻 総合編(改訂第3版)
第2巻 嚥下食編 - 摂食・嚥下リハビリテーション / 鎌倉やよい[ほか]編. 第2版
東京 : 医歯薬出版, 2007.9
文責:
リハビリテーション科
最終更新日:2020年6月15日