肺非結核性抗酸菌症
非結核性抗酸菌とは
抗酸菌は細菌を色素で染めたときに、酸で色素が脱色されない、つまり酸に抵抗性を示す性質から名付けられています。抗酸菌(マイコバクテリウム)は、結核菌、らい菌、非結核性抗酸菌に大別されます。非結核性抗酸菌は英語の表記のNon-tuberculous mycobacteriaの頭文字をとって、NTM(エヌティーエム)とも呼ばれます。非結核性抗酸菌(NTM)は200種類以上の菌が含まれ、土や水、家畜を含む動物など環境中に生息しています。
非結核性抗酸菌(NTM)は、1)吸入による呼吸器系、2)水や食物を介する消化器系、3)傷ついた皮膚や創部から、人に感染し、肺、リンパ節、皮膚、骨・関節などに病変をつくります。最も多い感染臓器は肺で、非結核性抗酸菌症(NTM)による肺の感染症を肺非結核性抗酸菌症(肺NTM症)と呼んでいます。かつては結核の人やもともと肺に病気をもつ人の免疫力が低下した場合に起こりやすいといわれていましたが、近年は、肺に病気がなく免疫力が正常な人にも増加していると報告されています。
非結核性抗酸菌(NTM)は、結核菌と似ている名前ですが、結核と異なり、人から人に感染することはありません。結核と非結核性抗酸菌症は、経過や胸の画像検査で区別できる場合もありますが、厳密には菌の検査が必要です。非結核性抗酸菌症の診断がつくまでは、人から人に感染する可能性のある結核として対応する場合があります。
肺非結核性抗酸菌(肺NTM)症の原因となる非結核性抗酸菌の頻度は、日本ではMycobacterium avium (マイコバクテリウム・アビウム)とMycobacterium intracellulare (マイコバクテリウム・イントラセルラー)が約90%です。Mycobacterium aviumとMycobacterium intracellulareはMycobacterium avium complex (略してMAC(マック)と呼びます)に含まれます。また、Mycobacterium kansasii(マイコバクテリウム・カンサシ)が約4%、Mycobacterium abscessus(マイコバクテリウム・アブセッサス)が約3%です。Mycobacterium abscessusは、さらにMycobacterium abscessus subsp. massiliense(マッシリエンゼ)と、Mycobacterium abscessus subsp. abscessus(アブセッサス)に分類されます。MACによる肺感染症を肺MAC症、Mycobacterium abscessusによる肺感染症を肺アブセッサス症と呼びます。日本では、肺MAC症と肺アブセッサス症が増加してきています。
肺非結核性抗酸菌症MAC症(肺NTM症)の患者さんに気をつけていただきたいこと
- 自覚症状がなくても医師の指示どおりに受診しましょう。
- 病気が進行すると体重が減ることがあるので、定期的に体重を測定しましょう。
- 血痰のある場合には、落ち着いて医療機関を受診し、対応について相談しましょう。
- 病気の状態を判断するために、定期的に喀痰検査を行います。そのほかに胸部の画像検査(エックス線やCT検査)も定期的に行います。
- 薬は指示どおり、忘れずに服用しましょう。飲み忘れが多いと、薬が菌に対して効きにくくなり、治療が難しくなる場合があります。副作用かもしれないと思ったら、早めに相談・受診してください。特にエタンブトールによる見えにくさ、ストレプトマイシン、アミカシンによるふらつきや聴こえにくさには注意しましょう。
- 菌がつきやすい水回り、シャワーヘッドなどを定期的に掃除しましょう。
肺非結核性抗酸菌(肺NTM)症の症状
肺非結核性抗酸菌(肺NTM)症特有の症状はありません。咳や痰をきっかけに見つかることもありますが、症状はなく偶然に検診の胸部レントゲンやCT検査で見つかることもあります。気管支に病変を作るので、血痰が出たり、病気が進行すると疲れやすさや体重減少がみられたりすることがあります。
肺非結核性抗酸菌(肺NTM)症の診断
日本の診断基準では、症状がなくても、CT検査などの画像検査で非結核性抗酸菌によると考えられる変化があり、非結核性抗酸菌が痰や気管支鏡検査で採取した洗浄液などから培養検査で発育すれば、肺非結核性抗酸菌(肺NTM)症と診断できます。
ただし、非結核性抗酸菌(NTM)は環境にいる菌なので、病気でなくても痰に菌がまぎれこむことがあるため、痰の検査では最低2回、菌を検出することが必要です。どうしても痰が出ない場合には、ネブライザーにより食塩水を吸入してから痰を出したり、気管支鏡検査を行ったりする場合もあります。菌の種類によって治療薬が異なるため、痰の検査で菌の名前を調べることは重要です。
肺非結核性抗酸菌(肺NTM)症の治療
薬による治療は、複数の抗菌薬(抗生物質)を同時に使います。非結核性抗酸菌(NTM)に効く薬は限られており、1年以上の長期にわたって薬を飲むことが必要です。
薬の治療を始めるかどうかは一律には決まっていません。肺非結核性抗酸菌(肺NTM)は、一般に長い経過をたどりますが、日常生活には支障がないまま、ゆるやかに進行していくことも多いです。治療をしなくても痰から菌が検出されなくなったり、何年もレントゲンの影が変化しなかったりする患者さんもいますが、年単位で少しずつ進行していく例が多いです。自覚症状が乏しいこともめずらしくありません。多くの場合は緊急に治療を開始する必要はないので、患者さんの基礎疾患などの背景と治療内容、自覚症状、副作用や定期的な画像や喀痰検査などの重要性を理解したうえで治療を開始します。治療に年齢制限はありませんが、高齢の患者さんも多いため、薬の副作用も考慮し、病状によっては治療をせずに経過観察する場合もあります。以下のような場合には治療開始を考慮します。
- 画像で空洞(肺組織の一部が病気で崩れて穴があいた状態)がみられる場合
- 過去の画像と比較して明らかに悪化している場合
- 痰から多数の菌が検出される場合
肺MAC症の治療薬
代表的な治療薬はクラリスロマイシン(またはアジスロマイシン)とエタンブトールで、この2種類の薬にリファンピシンを加えて3種類の薬で治療します。このうちクラリスロマイシン(またはアジスロマイシン)は治療に重要な薬です。飲み薬だけでは治療の効果が不十分な場合などにはストレプトマイシンの注射剤(筋肉注射)、アミカシンの点滴注射や後述する吸入薬(アリケイス®)を使用する場合があります。リファンピシンのかわりにリファブチンを用いることもあります。
薬の名前 |
副作用 |
---|---|
クラリスロマイシン |
発疹、発熱、軟便 |
エタンブトール |
視神経障害(みえにくさ)、発疹 |
リファンピシン |
肝障害、発疹 |
リファブチン |
ぶどう膜炎 |
ストレプトマイシン |
ふらつき、めまい、耳鳴り、聴こえにくさ、腎障害 |
リポソーム化アミカシン (吸入) |
発声障害 |
副作用かどうかを判断するためには、定期的な受診と血液検査が必要です。日頃から読んでいる新聞や本・雑誌の見え方に変化がないかどうか、階段などでふらつくことが増えていないかどうか、耳の聞こえ方に変化がないかどうか、などに注意して少しでも変わったことがあったら遠慮なく相談してください。
重要なことは治療を開始したら継続的に忘れずに薬を飲むことと、定期的な通院、検査(画像、血液、喀痰検査など)を行うことです。明確な治療期間は決まっていませんが、1年以上必要なことが多く、主治医からの説明を受け、相談することが大切です。
リポソーム化アミカシン(アリケイス®)
アリケイス®は、通常点滴で使用するアミカシンをリポソームと呼ばれる油性の小さな粒子の中に入れたお薬です。2021年に発売された新薬で他の治療を半年以上行っても痰から菌が検出される場合に、従来の治療に加えて使用するものです。臨床試験では、ガイドラインに基づく多剤併用療法に加えてアリケイス®を毎日追加した場合、アリケイス®を使用しない場合に比べて、投与6か月目までに約30%の方で喀痰の抗酸菌培養検査で菌が陰性になりました。専用の吸入器を用いて吸入することにより、肺の末梢にある肺胞まで効率的に薬剤が分布するため薬の全身への影響が少なくなり、副作用を軽減しながら治療の効果を期待できます。吸入治療ならではの副作用として発声障害が比較的多く報告されていますが、声帯の一時的な炎症によるもので基本的には心配ありません。吸入手技やメンテナンス方法の習得が必要になるため、慶應義塾大学病院では新規導入の際に2泊3日程度の入院をしていただいています。入院前の準備から退院後のフォローに至るまで、関係する医師(呼吸器内科、感染症科、耳鼻咽喉科)・看護師・薬剤師がチームとなって連携をとり、遠方に在住の方でもスムーズに治療を継続できるような取り組みを行っています。
肺アブセッサス症の治療
肺アブセッサス症は、肺MAC症と比較して治療が効きにくいといわれています。このため、初めに点滴のお薬を含む複数の薬で治療を行います。まずは入院して点滴の薬を2種類(アミカシン、イミぺネム/シラスタチン)、内服薬を2種類(アジスロマイシン、クラリスロマイシン、クロファジミン、シタフロキサシン、リネゾリドの中から患者さんに合わせて選択します)を使った治療を1か月程度行います。退院後も外来で週3回の点滴と内服薬2~3種類を続けます。
薬の名前 |
副作用 |
---|---|
クラリスロマイシン |
発疹、発熱、軟便、苦み |
クロファジミン |
皮膚着色、心電図異常 |
シタフロキサシン |
下痢 |
リネゾリド |
末梢神経炎、視神経炎 |
ストレプトマイシン |
ふらつき、めまい |
イミペネム/シラスタチン (点滴) |
発疹、発熱 |
治療期間が1年以上必要なことが多いですが、薬に対する副作用や効き目が患者さんによって違うので、治療期間も異なります。当院には日本結核・非結核性抗酸菌症学会の結核・抗酸菌症指導医が在籍しており、クロファジミン(内服薬)を含めた先進的な治療を提供しています。
外科療法(手術)
病気の形状、広がり、痰からの菌の程度などによっては、手術が選択肢になることがあります。日本結核・非結核性抗酸菌症学会から手術に関する考え方が示されていますが、経験豊富な外科医師と相談し、患者さんの年齢、基礎疾患、全身状態、肺機能(肺の余力)、患者さんの希望などを総合的に判断したうえで、手術を行うか検討します。
生活上の注意
- 人への感染性がないので、日常生活で特別な注意点はありません。
- 糖尿病、高血圧、高脂血症などの生活習慣病がなければ食事制限もありません。
- 非結核性抗酸菌の生息場所は土壌、水系ですので、自宅内では菌の住みつきやすい場所(風呂場、シャワーヘッドなど)を清潔に保つようにしましょう。
- この疾患を完全に治すことは難しく、自覚症状がないまま悪化する場合もあるので、症状がなくても通院を中断しないことが重要です。主治医の指示にしたがって、通院を継続しましょう。
文責: 呼吸器内科
最終更新日:2023年7月20日