前立腺肥大症
概要
前立腺は男性のみが持っている臓器です。膀胱の出口の尿道を取り囲む形で存在しており、栗の実のような形と大きさをしています。精液の一部分を作っており、射精や排尿の調節に関わっています。この前立腺が大きくなり尿の通り道が狭くなることで様々な症状をきたす病態を前立腺肥大症といいます。誤解されがちですが、前立腺がんとは関係のない病気です。
症状
前立腺が肥大すると、前立腺の中央を通っている尿道を圧迫するようになり、おしっこが出にくくなります。また、肥大した前立腺が膀胱を圧迫することもあります。症状は以下のように、さまざまなものがあります。
- 夜中に何度もトイレに起きる
- トイレに向かってからおしっこが出るまでに時間がかかる
- おしっこの勢いが弱い。
- おなかに力をいれないと排尿できない。
- 排尿後まだ残っている感じがする。
- 尿を出したくても出せなくなる(この状態を尿閉(にょうへい)といいます)。
診断
- 問診。I-PSS(国際前立腺症状スコア)というアンケート用紙に点数をつけていただいて排尿状態、満足度を評価します。
- 直腸内指診。前立腺の大きさや硬さを調べるために、肛門から指を入れて直腸の壁ごしに前立腺をさわります。診察時には仰向けに寝て、両膝を抱えるような格好をして頂きます。
- 尿流測定。コンピュータ装置とつながった小便器に実際に排尿して、おしっこの勢いや排尿にかかる時間を測定します。そして測定結果をグラフにして排尿状態を調べます。
- 残尿測定。排尿した後、膀胱に残っている尿の量を測るのが残尿測定です。検査には超音波装置を利用した機械で測ります。
- 前立腺超音波検査。肛門からプローブ(細い超音波装置)を入れ、直腸内から前立腺の形や大きさを調べます。腹部エコーよりも臓器の間近から発信させるために、くわしい状態を知ることが出来ます。直腸内にプローブを入れるために、若干の痛みを感じる方もいらっしゃいます。
治療
前立腺肥大症の治療は、まず薬を使って治療をはじめ、自覚症状や検査で薬の効果を確認しながら、薬物療法が不十分な場合などに手術をするのが一般的です。
薬物療法
薬物療法にはおもにα受容体遮断薬という薬剤を使います。前立腺や尿道の筋肉には、蓄尿をコントロールしている自律神経(交感神経)の命令を受け止める「α受容体」という器官がたくさん存在しています。α受容体遮断薬は、α受容体に作用する薬剤です。α受容体と結びつき、自律神経(交感神経)の命令が前立腺や尿道の筋肉に伝わらないようにします。すると、自律神経の過剰な命令によって緊張している前立腺や尿道の筋肉が、ゆるんでリラックスするので、排尿障害の各種症状が改善されます。副作用としてはまれに血圧が下がってめまいや、ふらふらした感じが起きることがあります。ほかにも薬物療法として前立腺の局所の男性ホルモンの働きを抑える抗男性ホルモン剤、ホスホジエステラーゼ阻害剤、抗コリン剤などを使用することもあります。
手術
手術というとメスで体を切る、というイメージがあり敬遠する人も少なくありませんが、現在では内視鏡を用いた手術が広く行われるようになってきており、からだの外側にはメスを入れないでも手術ができるようになっています。標準的な手術は経尿道的前立腺切除術(TUR-P)といいます(図1)。尿道から内視鏡を挿入して、先端についているループ状の電気メスで、肥大した前立腺の内側(内腺)をけずりとる手術です。手術時間は前立腺肥大症の程度にもよりますが、60分前後です。通常は手術後1週間以内に退院できます。手術の合併症としては出血や発熱などがありえることと、術後に勃起障害、逆行性射精(射精時に精液が膀胱へ逆流してしまう)や尿道狭窄(尿のとおりみちが狭くなって尿が出にくくなる)などが起こる可能性があります。また狭心症や心筋梗塞、不整脈などの心臓病がある人は、手術を受けられないことがあります。他にも当院ではHoLEPやTUEBといった新しい手術療法の選択が可能です(詳細は下記「慶應義塾大学病院での取り組み」を参照してください)。
図1.TUR-P手術
陰茎からカメラを入れて前立腺を削りとります。
Astra Zeneca社 泌尿器科領域イラスト集より
Transurethral Resection of the Prostate 抜粋
(c) Elsevier Inc. - netter
生活上の注意
- アルコール飲料の飲みすぎは前立腺が充血して尿が出にくくなります。
- 排尿を我慢しないようにしましょう。膀胱や腎臓に悪影響を与えることがあります。
- コレステロールの多い食事を取りすぎると男性ホルモンの働きが活発になり前立腺の肥大が進む可能性が指摘されています。
- 風邪薬や抗ヒスタミン剤、精神安定剤には排尿障害の症状を悪化させる成分が含まれている場合がありますので、服用するときは医師・薬剤師に相談することをおすすめします。
慶應義塾大学病院での取り組み
前立腺肥大症に対しては経尿道的前立腺切除術(TUR-P)が標準手術として盛んに行われてきました。経尿道的前立腺切除術は、手術時間の短さなどのメリットもあり、今現在も多くの施設で行われている有用な術式であります。しかしながら肥大の大きな前立腺の場合、手術時間の延長に伴い、出血量の増加とTUR症候群(術中使用する灌流液に非電解質溶液を使用することで、その非電解質溶液が体内に吸収される事により起こる血中の電解質異常に伴い、悪心嘔吐・血圧異常が生じてしまう病態)の発生という欠点がありました。当院ではTUR症候群への対策としてオリンパス社製TURisシステムを導入しています。このシステムはバイポーラー電極を使用するため、灌流液として生理食塩水(電解質溶液)を使用することが可能で、TUR症候群が起こる可能性がほとんどありません。しかし従来のTUR-Pに準じた方法では、前立腺が大きい程やはり出血量は増加してしまいます。当院ではその欠点を補うべく、大きな前立腺肥大症に対しホルミウムヤグレーザー前立腺核出術(HoLEP)と 経尿道的バイポーラ前立腺核出術(TUEB)という新しい治療法を行っています。
HoLEP、TUEBについて
HoLEPはホルミウムレーザー、TUEBはバイポーラシステム(放電)により、前立腺の組織を掻きだします。前立腺をミカンに例えると(図2)、以前の方法が外側の皮の近くまで内側の実を少しずつ削り取ってくるため、その間果汁の漏出のように出血が続きます。それに対しHoLEPやTUEBは 外側の皮を残して内側の房をはがすように切除するため、出血がほとんどありません。核出した前立腺は膀胱内で細切し吸引除去します。上記治療の長所としては大きな前立腺肥大に対しても合併症の発生を最小限にしながらも経尿道的前立腺切除術と同等以上の治療効果が得られることにあります。また今までの治療法では一度の手術では困難な大きさの前立腺に対しても一度の手術で安全に施行できます。
図2.HoLEP手術
慶應義塾大学病院泌尿器科ホームページより
文責:
泌尿器科
最終更新日:2017年2月28日