胃がん
概要
胃がんを治療予定の患者さんを対象に、以下解説します。
症状
胃がんは、早い段階では症状が出ることは少なく、かなり進行しても無症状の場合があります。代表的な症状としては、体重減少、食欲不振、腹痛、嘔吐、吐血などがあります。ただし、これらの症状は胃がん特有の症状ではなく、良性の胃潰瘍でも起こります。そのため胃薬で様子をみるだけではなく、医療機関を受診したうえで検査を受けることが重要です。
診断
胃がんの診断には、上部消化管内視鏡検査(いわゆる胃カメラ)や上部消化管造影検査(バリウム)が有用です。特に早期胃がんは、内視鏡検査が重要です。なおCT、MRI、PETなどの検査は、それなりに大きくなった胃がんを偶発的に発見できることはありますが、一般的には早期胃がんを発見することは困難です。これらの検査は主に病気の広がりを検査し、治療方法を決定することに役立ちます。腫瘍マーカーとしてCEAやCA19-9も有用ですが、早期発見には向いていません。
治療
胃がんは胃の粘膜から発生する悪性腫瘍で、病気の進行度(病期、ステージ)によって治療方針が異なってきます。胃がんの進行度は、がんが胃の壁のどの深さまで進んでいるか(T、深達度)、リンパ節転移がどの程度あるか(N、リンパ節転移個数)、遠くの臓器への転移があるか(M、遠隔転移)で決まります。
がんの深さで「T1」が早期胃がんを表し、さらに粘膜層にとどまる「T1a(M)」と粘膜下層まで浸潤した「T1b(SM)」に分類されます。がんの浸潤が粘膜下層を超えると、進行胃がんと呼びます。進行胃がんで、固有筋層までの浸潤は「T2(MP」、漿膜下層までの浸潤は「T3(SS)」、漿膜外へ浸潤すると「T4a(SE)」、さらに隣接する臓器へ浸潤すると「T4b(SI)」と分類しています。リンパ節は、転移がなければ「N0」、転移が疑われる場合は「N(+)」となります。(病理分類では、手術後の病理検査で、転移がなければ「N0」、転移が2個までなら「N1」、転移が3~6個までなら「N2」、7個以上15個以下は「N3a」、16個以上は「N3b」となります。)
M分類は、肝、腹膜、肺、骨など他臓器や、胃から離れたリンパ節に転移 (遠隔転移)がなければM0、あればM1となります。
これらのT、N、M分類を組み合わせた胃がんの病期分類は以下の通りです。
臨床分類(表1の上段)は手術前の分類、病理分類(表1の下段)は手術を行った後に病理検査(顕微鏡による詳細な検査)によって決まる分類です。内視鏡治療を行うか、手術を行うか、抗がん剤治療を行うか、といった治療の選択は、主に臨床分類に基づいて決定します。病理分類は手術後の治療方針を決めるために用います。また、いわゆる生存率といった数字も原則として病理分類に基づいて算出されます。
(2018年1月発刊、胃癌治療ガイドライン第5版より引用)
当院における胃がん治療は、最新の「胃癌治療ガイドライン(以下、ガイドライン)」に沿って、この病期に合わせた標準治療を中心に行っています。
患者さん用のガイドラインの解説は医学書として市販されていますが、無料でWebサイトでも公開されています。最初にこちらをお読みいただくと、理解が深まりますのでおすすめします。(患者さん用のガイドライン)
<手術のために>
- 禁煙、呼吸練習: 入院が決まったら禁煙をお願いします。禁煙ができない場合には手術を延期することがあります。機器を用いて呼吸筋トレーニング、排痰力強化をしておくと良いです。
- 口腔・鼻腔の清潔: 手術前から歯・口腔を清潔にし、気道分泌物の清掃をしてください。
- ボディイメージの変調: 手術後に起こる体重減少や小胃症状、ダンピング症候群を理解してください。「良く噛む」新しい生活へ。
<内視鏡治療>
一部の早期胃がんに対して、当院では積極的に内視鏡治療を行っていますガイドラインでは、内視鏡治療の適応となるか否かは、がんの「深さ」、「大きさ」、「細胞の型」、「潰瘍の有無」で細かく決められており、当院でもこれに則って治療対象を決めています。主に、「深さが浅いもの(T1a)」、「大きさが2cm以下」、「細胞の型は分化型」、「潰瘍なし」といったがんが適応となりますが、それ以外でも適応となることがありますので、詳細は担当の医師にお尋ねください。また、ガイドライン上では適応でなくとも、年齢や併存疾患により、手術による胃切除が困難な場合、内視鏡治療を選択することもあります。
<手術方法>
胃がんのできた場所、大きさ、病期により、術式は選択されます。代表的なものとして
胃の出口側を切る
1. 幽門側胃切除術
胃の入り口側を切る
2. 噴門側胃切除術
胃を全部切る
3. 胃全摘術
胃の出口側を切るが、幽門を残す
4. 幽門保存胃切除術
があります。
標準的に施行されている手術(定型手術)は、幽門側胃切除(胃の3分の2以上の切除と、がんが転移している、もしくは転移している可能性のあるリンパ節を取る手術)、または胃全摘(全ての胃とがんが転移している、もしくは転移している可能性のあるリンパ節を取る手術)です。定型手術では取るリンパ節の範囲に関してはかなり専門的なお話になりますので、詳細を知りたい場合はガイドラインを参照するか、もしくは主治医にお尋ねください。
当院では、内視鏡治療の適応とはならない早期胃がんに対して、身体に負担の少ない治療としてお腹の傷を小さくする腹腔鏡手術や、リンパ節郭清範囲や切除範囲を縮小するなど、以下のような様々な取り組みを行っております。
1.腹腔鏡手術
当院では腹腔鏡手術技術認定を得た医師により腹腔鏡手術を多数行っています。腹腔鏡手術の利点は、1)術後の疼痛が軽微、2)術後の腸蠕動回復が早く、早期に経口摂取が可能、3)早期退院、早期社会復帰が可能、4)創が小さく美容的、などが挙げられます。
2.縮小手術
幽門を温存する幽門保存胃切除、幽門側の胃を温存する噴門側胃切除、切除範囲を縮小する胃局所切除術などを行っています。
3.センチネルリンパ節ナビゲーション手術
当院では、根治性を損なわずに標準的な治療と比べて切除する範囲を縮小できるセンチネルリンパ節ナビゲーション手術も行っています。胃のリンパ流は、胃の壁から一番外側の漿膜に達し、次に近傍のリンパ節に達し、そこからさらに次のリンパ節へと流れていくと考えられています。センチネル(衛兵=見張りの意)リンパ節とは、がんの転移が最初に生じると想定されるリンパ節です。当院では、センチネルリンパ節に転移がなければ、その他のリンパ節にも転移がないというセンチネルリンパ節理論を実証してきました。この理論を応用して、当院では「根治性を損なわず最小限の範囲のリンパ節と最小限の範囲の胃だけを切除する手術(センチネルリンパ節ナビゲーション手術)」を臨床試験として行っています。
センチネルリンパ節ナビゲーション手術は、 1)早期がん(胃がん(T1a(M)、T1b(SM)まで)、 2)大きさ4cm以下、 3)がんに対して治療歴がない、の3つを適応条件としています。本臨床試験に興味のある方、試験の詳細については、担当の医師にお尋ねください。
<化学療法(抗がん剤治療)>
遠くの臓器に転移があるような場合や、術後にほかの臓器などに再発が認められた場合などで、手術によって全てのがん細胞を取り除くことができない場合には、化学療法(抗がん剤治療)が選択されます。胃がんに対する抗がん剤治療は外来にて実施することが可能であり、仕事を継続しながら実施されている方や、旅行などを楽しみながら治療を継続している方も大勢おられます。
胃がんに対する化学療法は、フッ化ピリミジン系薬剤(S−1、カペシタビン、5-FUなど)とプラチナ製剤(シスプラチン、オキサリプラチンなど)の併用による治療が第一選択となります。なお、5人に1人の割合でHER2と呼ばれるタンパク質を発現するタイプの胃がん患者さんがおられます。その方々には、フッ化ピリミジンとプラチナ製剤に加えて、トラスツズマブという薬剤の追加投与を行います。
そのほかにも、パクリタキセル、イリノテカン、ラムシルマブといった薬剤が胃がんに対して使用されます。手術後の患者さんに対して再発予防のための化学療法を実施することもあります。抗がん剤には嘔気や下痢などの消化管症状、白血球や赤血球といった血球の減少による血液毒性、手足のしびれといった神経症状などの副作用がありますが、なるべく副作用を抑えながら最大の効果を得ることができるよう、医師・看護師・薬剤師などで構成される医療チームで協力して治療にあたります。
また、当院では各種の臨床試験や、新薬の治験などを積極的に行い、胃がんのより効果的な治療法の確立を目指してまいります。