口腔粘膜疾患
概要
口は消化管の入り口です。歯の他は口腔粘膜(こうくうねんまく)と呼ばれる粘膜で覆われています。口腔粘膜疾患とは、広くこの粘膜に症状を呈する疾患を指しています。
口腔粘膜疾患には口腔粘膜のみに生じる病変を生じる場合と、思わぬ全身疾患の部分症状として口腔粘膜に症状を現す場合、そして口腔粘膜と多くの共通点を持つ皮膚疾患の部分症状としての病変を現す場合、また悪性腫瘍の場合もあり注意が必要です。
口腔粘膜では食事、歯、入れ歯などによる刺激や、食物などで汚れやすいことから容易に感染をおこしやすく、本来の典型的なかたちで病変が現れずにむしろ様々な変化を起こした状態で受診される事が数多くあります。このような特殊性から歯科・口腔外科のみならず他の科と連携、協力しながら検査、診断、治療に当たることが多いのが口腔粘膜疾患の一つの特徴でもあります。
症状
色調の変化を主とする疾患
赤色の病変は粘膜が剥離して内部組織がむき出しとなり、痛みを伴うことがあります。口腔扁平苔癬(こうくうへんぺいたいせん)、自己免疫性水疱形成疾患、アフタ性潰瘍、悪性腫瘍などが代表的疾患です。これらは見た目には判別がつかないことも多いために、生検(せいけん、バイオプシー)といって組織を採取し、顕微鏡で診断する検査が必要な場合があります。
粘膜が白色を呈する疾患の代表として白板症が挙げられます。悪性腫瘍へ進行するタイプかどうかを生検によって確かめる必要があります。先ほど挙げた口腔扁平苔癬も白色部分の病変を伴うこともあります。白色の病変が拭い取れる場合は、カンジダ感染症が疑われます。
黒色の病変も比較的多いものです。悪性黒色腫、母斑、メラニン色素沈着、外来色素(削った歯科金属の非常に細かい破片が歯肉粘膜などに入り込んでしまったもの)などを念頭に、時には生検による診断が必要です。
急性の口腔粘膜疾患
食事のあと "口蓋(こうがい:上あご)の奥のほうや頬の粘膜に血まめができた"という症状は時折みうけられ、時には血液疾患が原因で血が止まりにくい状態になっていることもあり、注意が必要です。
数日単位で口腔粘膜が急速にただれてきた場合にはウイルス性もしくは細菌性感染症が最も疑われます。口腔内だけでなく皮膚や眼にも症状がある場合にはStevens-Johnson症候群(重症の薬疹)なども疑われます。この場合には早急な検査と治療が必要となります。
見た目の変化が無いのに痛みや異常感がある疾患
- 口が乾く
唾液の出が悪くて、食事の時、ひと口毎に水を含みながらでないとつらい、せんべい・クラッカー・トーストなどは飲み込みづらくて食べられない、という場合には口腔乾燥症(シェーグレン症候群など)を疑って唾液量検査などの諸検査を行います。眼や全身に気付かぬ症状があることもあり、眼科、リウマチ内科などと連携して検査・治療を進めて行きます。 - 味覚の異常
味覚の低下は感冒後などによく見られますが、鼻疾患、カンジダ感染症、薬物の副作用、放射線照射後の障害、貧血、神経の障害、脳腫瘍、代謝障害、うつ病など、さまざまな原因で起こります。味覚検査を行い診断します。 - 舌がぴりぴりする
激しい痛みではないが舌の表面がひりひり、ぴりぴりする、しかし食事の時にはむしろ楽になる、などという症状が特徴的な舌痛症は原因不明の良性疾患です。
診断
多くの疾患では治療を開始する前に、確実な診断を得る必要があり、症状に応じた検査を行います。
歯科用金属(金属の詰め物、被せ物、入れ歯の金属の部分など)のアレルギーが疑われる場合は、金属パッチテスト(皮膚科に依頼しますが、受診日数を要し夏期は実施できません)、さらに必要に応じて歯科金属補綴物分析検査などを行い診断します。
口腔乾燥が疑われる場合は唾液量検査、唾液分泌機能検査を行います。さらにシェーグレン症候群などが疑われる場合は、唾液腺造影(シアロ)、口唇腺生検(唇の粘膜にある小さな唾液腺を一部採取する検査)などを行います。
口腔カンジダ症やヘルペス感染症など何らかの感染が疑われる場合は、口腔内細菌検査、血液検査等を行います。
味覚に異常がある場合は味覚検査を行います。代表的なものに濾紙ディスク法と電気味覚試験が挙げられます。
舌の痛みがある場合は唾液分泌量検査や血液検査、細菌検査などに加えて心理テストなどを行う場合もあります。
治療
アフタ性潰瘍、口腔扁平苔癬、水疱が破れた後のびらん・潰瘍などに対しては主に局所の副腎皮質ステロイド剤(軟膏や噴霧剤)を使用します。痛みが強い場合は麻酔薬の入ったうがい薬を併用することもあります。多くの口腔粘膜疾患の場合、2次的な感染などを予防する意味で口の中を清潔に保つ事が重要になります。そのため歯科衛生士などによる口腔衛生指導(歯石除去や歯磨き指導)を行うこともあります。
口腔の代表的な感染症である口腔カンジダ症やヘルペス性口内炎では抗真菌剤や抗ウィルス剤による薬物治療が中心になります。抗真菌剤は内服やうがいなどさまざまな薬の使用方法があり、患者さんの口の中の状況に応じて使い方や量を調節します。口腔カンジダ症では口腔乾燥症が同時に存在する場合が多く、同時に両方の治療を行います。 口腔乾燥症の原因が明らかな場合は原因疾患に対する治療を行ったり、原因薬剤を変更する事により症状が改善することがあります。シェーグレン症候群の診断がつけば、薬物療法として塩酸ピロカルピン塩酸塩、塩酸セビメリンなどを使用する事が可能です。一方、口腔乾燥症の全般的な治療法としては唾液腺刺激療法、マッサージによる唾液腺の刺激や保湿ジェル、スプレー、人口唾液、保湿装置による粘膜の保湿など症状に対する対症療法(症状を緩和する治療)が中心になります。最近では、対症療法も進歩しており、対症療法といえども積極的に治療を受けることをお勧めします。
生活上の注意
口腔粘膜疾患の場合は慢性の経過をたどる疾患が多く、病気の事を良く理解し、根気よく上手に付き合って行くことが大切です。疾患によって注意は異なりますので個別に医師と生活上の注意などをよく相談してください。
慶應義塾大学病院での取り組み
特殊外来として口腔粘膜疾患専門外来を設置し、口腔粘膜疾患に対する知識と治療経験豊富な医師が診療を担当しています。
文責:
歯科・口腔外科
最終更新日:2017年2月27日