音声ブラウザ専用。こちらよりメニューへ移動可能です。クリックしてください。

音声ブラウザ専用。こちらよりメインコンテンツへ移動可能です。クリックしてください。

KOMPAS 慶應義塾大学病院 医療・健康情報サイト
お探しの病名、検査法、手技などを入れて右のボタンを押してください。
慶應義塾
HOME
病気を知る
慶應発サイエンス
あたらしい医療
KOMPASについて

ホーム > 慶應発サイエンス > 新たな糖尿病治療薬の効果を現場で検証する~SGLT2阻害薬に関する多国籍共同解析~ 香坂俊(循環器内科)

新たな糖尿病治療薬の効果を現場で検証する~SGLT2阻害薬に関する多国籍共同解析~ 香坂俊(循環器内科)

ファーマコ・エピとは?

ビッグデータの使い方に関して世界的に注目が集まっていますが、最近薬剤疫学(Pharmaco-Epdemiology:よく「ファーマコ・エピ」と略されます)という分野でのビッグデータの使用が注目されています。このファーマコ・エピという手法は、薬剤処方に関するデータを非常に大きな規模で集積し(それこそ10万~100万という単位で)、そしてその薬剤処方を受けた方がその後どうなるのか追跡させていただくという疫学研究の手法です。

従来からの古典的な疫学研究というのは、全く健康な方を健康診断のときなどに登録させていただき、そこから10年そして20年と追跡させていただく手法をとっていましたが、このファーマコ・エピでは薬剤処方を受けたときを起点とします。さらに、その処方を受けたところからどういうイベント(合併症や新たな病気)が起きていくのか追跡していく訳です。このやり方ですと、まったく健康な方を対象とするという訳にはいかないのですが、糖尿病など投薬を要する疾患のコホート(集団)を規定して研究することには非常に有用な手法です。各国で最近処方データが電子化され、病名と一緒に診療データとして登録されるようになっていますので(我が国でもDPC(Diagnosis Procedure Combination:診療群分類包括評価)データとして各病院に集積されています)、ここ5年位でこのファーマコ・エピの手法は広く用いられるようになりました。

今回我々の研究グループでもこの手法を用いて、糖尿病領域の新薬に関して大規模な解析(国際共同研究)を行いましたので、その成果を以下に紹介いたします。

糖尿病の治療は今どうなっているのか?

糖尿病の治療は永らく血糖値やHbA1cを下げることがゴールとされ、その遺産効果(Legacy Effect)が長期的な心筋梗塞・脳梗塞等の心血管合併症を予防し、ひいては健康寿命の延伸をもたらすと考えられてきました。しかし、5年前(2016年)に公表されたSGLT2阻害薬の大規模ランダム化比較試験(EMPA-REG試験という名前でエンパグリフロジンという薬剤を偽薬[プラセボ]と比較)の結果は、その信仰を良い方向に覆す結果を呈しました。なんと、導入から非常に早い時期(2-3年)に循環器系合併症、特に心不全系のイベントを抑えるということが示されたのです:

図1. 赤い線が偽薬投与群、青い線がエンパグリフロジン投与群。青い線の群のほうがイベント発生率が早い時期(18-24ヶ月あたり)から低くなっている。

図1.
赤い線が偽薬投与群、青い線がエンパグリフロジン投与群。
青い線の群のほうがイベント発生率が早い時期(18-24ヶ月あたり)から低くなっている。

このことは歓迎すべき内容だったのですが、従来からの医学の「常識」に反することであり、「果たして本当に本当なのか?」というところが議論を呼びました。このように良すぎるランダム化比較試験の結果が地域や患者層によっては再現できなかった、ということは医学の分野ではよくみられます。

CVD-REALコホート研究

そこで我々はこの議論を受け、SGLT2阻害薬を開始された群と、同時期に認可されたDPP4阻害薬という薬剤を開始された患者群との比較を、アジア諸国を中心とした13か国の38万例規模の患者データで比較検証しました(Lancet Diabetes Endocrinol. 2020 Jul;8(7):606-615.)。

アジア人の糖尿病患者の特徴が欧米諸国と異なっているということは以前から知られており(やせの方が多い、糖尿病になったとしても心筋梗塞など心臓疾患の発症率が低い等)、果たしてEMPA-REG試験など欧米で行われたランダム化比較試験がうまくアジアの患者さんにあてはまるか検証する必要があったためです。

この作業にあたっては、合計12か国のデータを統合し、13か国から100万例以上の患者データを集計させていただきました。その後、同じ時期にSGLT2阻害薬を開始された方々とDPP4阻害薬を開始された方々のデータを抽出し、統計的に重症度が近い方をマッチさせ、19万例と19万例という規模で比較検討を行いました。このときの各国データの整合性を取り、アウトカムの定義を揃え、さらにそこに各国共通のパラメーターのみを用いて計処理を施すことが必要でしたが、結果として広範囲な患者層でRCT(Randomized Controlled Trial:無作為化臨床試験)の結果が再現可能ということが示すことができました。

図2. SGLT2 開始群と DPP4開始群でのリスク調整後の相対的危険度(ハザード比)
(各国での全死亡 または 心不全による入院をエンドポイントとした場合)

図2. SGLT2 開始群と DPP4開始群でのリスク調整後の相対的危険度(ハザード比)
(各国での全死亡 または 心不全による入院をエンドポイントとした場合)

今後こうしたファーマコ・エピの分野での検証型データ解析は増えていくのではないかと考えられますが、本研究については、世界的なRQ(リサーチ クエスチョン)に対する「国際共同」での取り組みが評価されたものと思っています。また、自然に集積させる処方データや診療データを用いた検証作業というのも、より効果的で、より安全な医療を今後速いスピードで展開させるために、広く用いられるようになっていくのではないかと思っています。

参考文献

Risk of cardiovascular events and death associated with initiation of SGLT2 inhibitors compared with DPP-4 inhibitors: an analysis from the CVD-REAL 2 multinational cohort study.
Kohsaka S, Lam CSP, Kim DJ, Cavender MA, Norhammar A, Jørgensen ME, Birkeland KI, Holl RW, Franch-Nadal J, Tangri N, Shaw JE, Ilomäki J, Karasik A, Goh SY, Chiang CE, Thuresson M, Chen H, Wittbrodt E, Bodegård J, Surmont F, Fenici P, Kosiborod M; CVD-REAL 2 Investigators and Study Group.
Lancet Diabetes Endocrinol. 2020 Jul;8(7):606-615. doi: 10.1016/S2213-8587(20)30130-3.

左より:筆頭著者の香坂俊(慶應義塾大学医学部循環器内科学教室専任講師)、 責任著者のDr. Mikhail Kosiborod (Saint Luke's Mid America Heart Institute and the University of Missouri, Kansas City)

最終更新日:2021年1月5日
記事作成日:2021年1月5日

▲ページトップへ

慶應発サイエンス

慶應義塾HOME | 慶應義塾大学病院