音声ブラウザ専用。こちらよりメニューへ移動可能です。クリックしてください。

音声ブラウザ専用。こちらよりメインコンテンツへ移動可能です。クリックしてください。

KOMPAS 慶應義塾大学病院 医療・健康情報サイト
お探しの病名、検査法、手技などを入れて右のボタンを押してください。
慶應義塾
HOME
病気を知る
慶應発サイエンス
あたらしい医療
KOMPASについて

ホーム > 慶應発サイエンス > 10億個のヒトiPS細胞由来の心室筋細胞を一度に作製する方法の開発 遠山周吾、藤田淳 (循環器内科)

10億個のヒトiPS細胞由来の心室筋細胞を一度に作製する方法の開発 遠山周吾、藤田淳 (循環器内科)

研究背景

神経や網膜の再生医療とは異なり、心臓の再生医療には大量の心筋細胞が必要です。ヒトの心臓は、約100億個の心筋細胞で構成されていると考えられており、心筋梗塞や拡張型心筋症によって低下した心機能を回復するには数億個の心筋細胞が必要と見積もられています。臨床研究に用いるだけの大量の心筋細胞を獲得するためには、未分化iPS細胞の大量培養、効率的な心筋細胞分化誘導、大量培養した心筋細胞を純化精製するシステムが必要となります。

純化精製するシステムに関しては、筆者らはこれまでに培養液を用いて安価かつ簡便に腫瘍化の原因となる未分化幹細胞を除去し、同時に心筋細胞のみを選別する方法を開発してきました(図1)。しかしながら、一度にヒトiPS細胞および心筋細胞を大量に作製する技術の確立が課題となっていました。ヒトiPS細胞と心筋細胞の大量培養法には、これまでバイオリアクターやスピナーフラスコを用いた回転浮遊(3次元)培養法が世界的に研究されてきました。しかし、回転浮遊培養ではiPS細胞の細胞塊の大きさが不均等になり、凝集したiPS細胞が分化する可能性があること、および回転浮遊培養により細胞に障害が及ぶため大量のiPS細胞が未分化能を維持しつつ増殖させるには安定性に欠けることが示唆されています。また、回転浮遊培養を用いた心筋分化誘導法は、細胞塊が大きくなった際には腫瘍化の原因となる未分化幹細胞を完全に除去することが困難であり、その他にも、細胞の増殖効率が低下する、心筋細胞への分化効率が不安定、個々の細胞を品質評価が困難である等の問題がありました。それゆえ、品質の高い分化心筋細胞を獲得するための大量培養システムが必要と考え、2次元分化プロトコールを用いた分化心筋細胞の大量培養システムの構築を行いました。

図1. 特殊な培養液を用いたヒトiPS細胞由来心筋細胞の選別システム

図1. 特殊な培養液を用いたヒトiPS細胞由来心筋細胞の選別システム

ヒトiPS細胞を大量に作製する

既存の平面培養では培養皿と培養液が大量に必要となるため、大幅な培養コストの増加となり、細胞培養士の労力も相当必要になります。そこで、多層培養プレートと強制通気システム(active gas ventilation)を用いた2次元大量培養システムを構築することにより臨床用心筋細胞の培養システムを確立しました。まずこのシステムを用いて未分化iPS細胞の大量培養を行いました。はじめに6cm培養皿の約30倍の培養面積(632cm2)を持つ一層の培養プレートを用いて1週間で約100万個のiPS細胞から約2億個のiPS細胞を獲得することに成功しました。

次にこの培養プレートを4層、10層と多層に重ねた培養プレートを用いて培養を行いました。多層培養プレートを通常のインキュベーターで培養すると全層に二酸化炭素がいきわたるまでに24時間以上を必要とし、さらに各層の二酸化炭素濃度が安定しないことが確認されました。このため、通常通気(normal gas ventilation)ではiPS細胞の増殖が安定しないことが明らかになり、多層培養プレートによる大量培養では二酸化炭素を強制通気するシステムが必要であることが確認されました。10層の培養プレートを用いてiPS細胞を、強制通気システムを備えたインキュベーター内で培養することにより、1,000万個のiPS細胞から1週間で約17億個のiPS細胞が獲得可能でした(図2)。

図2. 強制通気2次元多層培養プレートを用いた大量心筋作製法(参考文献1のGraphical Abstractより一部改変)

図2. 強制通気2次元多層培養プレートを用いた大量心筋作製法
  (参考文献1のGraphical Abstractより一部改変)

ヒトiPS細胞由来の心室筋細胞を大量に作製する

次に多層培養プレート上で大量培養したiPS細胞から心筋細胞ヘの分化誘導を行ないました。通常通気と比較して強制通気では細胞数が30%以上増加し、6cm培養皿の約300枚分に相当する10層の培養プレートで約13億個の心筋細胞を獲得することが可能となりました(図2)。さらにグルコースとグルタミンを除去し、乳酸を添加した心筋細胞純化精製培地を用いることで高純度(99%)の心筋細胞を大量に生産することを可能にしました。研究用に樹立されたヒトiPS細胞株のみならず、臨床応用を見据えたHLAホモストックiPS細胞でも同様の結果を確認しました。さらに、獲得した純化心筋細胞は心室筋型の形質を持ち、カテコラミンやカリウムチャネルブロッカーへの反応も良好でした。

この大量培養システムを用いることにより、10層培養プレートで1,000万個のiPS細胞から約10億個以上の心筋細胞を獲得することが可能となるため、本システムにより臨床応用に向けて大きく前進しました。

今後の展望

2次元大量培養システムの開発により、ヒトiPS細胞と分化心筋細胞の大量培養が可能になりました。これまでに開発した、分化心筋細胞における代謝的純化精製法と組み合わせることで、純度98%以上、残存未分化iPS細胞0.001%以下の心筋細胞を獲得することができます。全世界の心不全患者数は年々増加している一方、根治療法である心臓移植の数は、ドナー不足のためにここ数年は全世界でも年間4,000例を満たしていません。本研究によって、ヒトiPS細胞を用いて大量の心筋細胞を獲得することが可能になり、今後重症心不全患者に対する分化心筋細胞移植療法の臨床応用への発展が期待されます(図3)。

図3. ヒトiPS細胞を用いた心臓再生医療の戦略

図3. ヒトiPS細胞を用いた心臓再生医療の戦略

参考文献

  1. Efficient Large-Scale 2D Culture System for Human Induced Pluripotent Stem Cells and Differentiated Cardiomyocytes.
    Tohyama S, Fujita J, Fujita C, Yamaguchi M, Kanaami S, Ohno R, Sakamoto K, Kodama M, Kurokawa J, Kanazawa H, Seki T, Kishino Y, Okada M, Nakajima K, Tanosaki S, Someya S, Hirano A, Kawaguchi S, Kobayashi E, Fukuda K.
    Stem Cell Reports. 2017 Nov 14;9(5):1406-1414. doi: 10.1016/j.stemcr.2017.08.025. Epub 2017 Oct 5.
  2. A massive suspension culture system with metabolic purification for human pluripotent stem cell-derived cardiomyocytes.
    Hemmi N, Tohyama S, Nakajima K, Kanazawa H, Suzuki T, Hattori F, Seki T, Kishino Y, Hirano A, Okada M, Tabei R, Ohno R, Fujita C, Haruna T, Yuasa S, Sano M, Fujita J, Fukuda K.
    Stem Cells Transl Med. 2014 Dec;3(12):1473-83. doi: 10.5966/sctm.2014-0072. Epub 2014 Oct 29.
  3. Glutamine Oxidation Is Indispensable for Survival of Human Pluripotent Stem Cells.
    Tohyama S, Fujita J, Hishiki T, Matsuura T, Hattori F, Ohno R, Kanazawa H, Seki T, Nakajima K, Kishino Y, Okada M, Hirano A, Kuroda T, Yasuda S, Sato Y, Yuasa S, Sano M, Suematsu M, Fukuda K.
    Cell Metab. 2016 Apr 12;23(4):663-74. doi: 10.1016/j.cmet.2016.03.001. Epub 2016 Mar 31
左:藤田淳(循環器内科特任准教授)、右:遠山周吾(同特任講師)

左:藤田淳(循環器内科特任准教授)、右:遠山周吾(同特任講師)

最終更新日:2018年10月1日
記事作成日:2018年10月1日

▲ページトップへ

慶應発サイエンス

慶應義塾HOME | 慶應義塾大学病院