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HDLコレステロールが低い日本人の冠動脈疾患死亡リスク 平田 匠(百寿総合研究センター)

はじめに

HDLコレステロール(HDL-C)は、その値が低いと心臓の血管が詰まる病気である冠動脈疾患の死亡リスクを増加させることが知られています。しかし一方で、HDL-Cを上昇させる薬剤を使用した臨床試験の結果では、冠動脈疾患を予防する事ができないものが多いことも知られています。一般的にHDL-C値が低い場合、中性脂肪(TG)が高いなど他のコレステロール代謝異常を合併していますので、HDL-C値が低いことが冠動脈疾患のリスク因子となりうるかを正確に判断するには、他のコレステロール代謝異常の影響を除外した上で、冠動脈疾患の死亡リスクを検討する必要があります。これまで、アジア人を多数含む37コホート研究を統計学的に統合した研究(メタ解析)において、HDL-Cが低値でかつ総コレステロール(TC)やTGが基準範囲内にある場合(Isolated low HDL-C)、冠動脈疾患の死亡リスクを有意に高めることが報告されていましたが、追跡期間が短いことに加え、日本人とは体格など循環器疾患に関するリスク因子の特性が異なると予想される集団が多く含まれているため、この結果を日本人にそのままあてはめることは難しいとされていました。特に日本人では、TC値が低い集団で、isolated low HDL-Cとなっている方が多く、そのような方々に対する脂質管理をどうすればよいのかについて明確な方針が定まっていないのが現状です。

Isolated low HDL-Cと心血管疾患の関連

今回、私たちは、循環器疾患死亡と脂質異常症や高血圧など様々なリスクファクターとの関連を明らかにすることを目的としている我が国の代表的なコホート研究の統合データを用いてpooled analysisを行いました。Pooled analysisとはコホート研究のデータを個人レベルで統合してメタ解析を行う手法で、非常に大規模な研究データセットを構築できる利点があるため、近年国内外の疫学研究・臨床研究でよく行われています。今回は、EPOCH-JAPAN(Evidence for Cardiovascular Prevention from Observational Cohorts in Japan/研究代表者:岡村智教 慶應義塾大学医学部 衛生学公衆衛生学教室教授)という平成17年から継続している共同研究プロジェクトのデータを用いて、日本人におけるisolated low HDL-Cの冠動脈疾患・虚血性脳卒中(脳の血管が詰まる病気)・脳内出血(脳の血管が破れる病気)による死亡リスクを検討しました。

今回の解析では、40-89歳でかつ各研究の調査を開始した時点で心血管疾患に罹ったことがないEPOCH-JAPANの対象者(全9コホート、41,206名/男性18,165名、女性23,041名、平均年齢58.1歳)のデータ(平均追跡期間12.9年)を用いました。解析にあたり、全対象者をHDL-C・TG・TCの値に応じて、以下の3群に分類しました。

(1)Isolated low HDL-C群(6,389名/男性1,682名、女性4,707名):
   HDL-C<40mg/dL(男性)、<50mg/dL(女性)、
   TG<150mg/dLTC<240mg/dL
(2)Non-isolated low HDL-C群(6,621名/男性2,374名、女性4,247名):
   HDL-C<40mg/dL(男性)、<50mg/dL(女性)
   かつTG≧150mg/dLまたはTC≧240mg/dL
(3)Normal HDL-C群(28,196名/男性14,109名、女性14,087名):
   HDL-C≧40mg/dL(男性)、≧50mg/dL(女性)

Normal HDL-C群を基準とした場合、それ以外の群では冠動脈疾患・虚血性脳卒中・脳内出血の死亡リスクが何倍になるのかについて、コホート層別化多変量調整Cox比例ハザードモデルという手法を用いて推定しました。

図:HDL-C群と冠動脈疾患・虚血性脳卒中・脳内出血による死亡の関連

図:HDL-C群と冠動脈疾患・虚血性脳卒中・脳内出血による死亡の関連
  ISO:Isolated low HDL-C群、NISO:Non-isolated low HDL-C群
  NOR:Normal HDL-C群(対照群)
  性別・年齢・BMI・収縮期血圧・喫煙歴・飲酒歴で調整、コホートにより層別化
  (Hirata T, et al. Eur J Epidemiol 2017より作図)

研究結果をまとめた図の●はnormal HDL-C群を1とした場合にその他の群でリスクが何倍になるのかをハザード比(HR)という指標で表しており、●の上下に伸びた線は推定したハード比がどの程度確からしいのかを示した95%信頼区間と呼ばれるものです。95%信頼区間が上下どちらもHR=1.0の線と交わっていない場合には、得られた結果が統計学的に意味のあるものである、すなわち「有意である」と解釈します。95%信頼区間がHR=1.0の線より上にある場合には、normal HDL-C群と比べて有意に死亡リスクが高くなることを意味し、反対に下にある場合にはnormal HDL-C群と比べて有意に死亡リスクが低くなることを意味します。

冠動脈疾患死亡に関してはこれまでの報告と異なり、男女あわせた解析において、isolated low HDL-C群では有意な死亡リスクの増加を認めませんでした。一方、non-isolated low HDL-C群ではnormal HDL-C群と比較し冠動脈疾患の有意な死亡リスク増加を認めました。また、女性のみの解析では、isolated low HDL-C群は冠動脈疾患の有意な死亡リスク減少を認めました。すなわち、日本人において、isolated low HDL-Cは冠動脈疾患死のリスクとならず、これまで指摘されていたHDL-C値が低いことによる冠動脈疾患死亡に対するリスクは、TCを中心とした他の脂質代謝異常の影響により本来のリスクより高く見積もられていたことがわかりました。

また、虚血性脳卒中死亡に関しては、男女あわせた解析において、isolated low HDL-C群はnormal HDL-C群と比較し、虚血性脳卒中の有意な死亡リスク増加を認めませんでした。同様に、non-isolated low HDL-C群もnormal HDL-C群と比較し、虚血性脳卒中の有意な死亡リスク増加を認めませんでした。この結果は男女別の解析においても同様でした。さらに、脳内出血死亡に関しては、男女あわせた解析において、isolated low HDL-C群はnormal HDL-C群と比較し、脳内出血の死亡リスクを有意に増加させており、その結果は男性のみでの解析においても同様でした。一方、non-isolated low HDL-C群ではnormal HDL-C群と比較し、脳内出血の有意な死亡リスク増加を認めませんでした。

今後の展望

今回の研究結果をふまえますと、冠動脈疾患死亡を予防する観点からは、HDL-C値が単独で低い場合であっても、まずはLDLコレステロールやTGなど他のコレステロール代謝異常の管理を優先するという管理方針で問題ないと考えられます。しかし一方で、HDL-Cが低いとなぜ脳内出血による死亡が増えるのかについてははっきりとした原因は分かっていません。TC値が低いことで血管の壁がもろくなるためではないかという仮説が提唱されておりますが、本当にこの仮説が正しいかどうかについては専門家の間でも意見が分かれており、今後さらに研究を進めていく必要があると考えられます。また、高齢者(特に後期高齢者)においてHDL-Cが心血管疾患死亡リスクにどのように影響するかを明らかにすることも今後の重要な課題と考えられます。私たちは、今後も大規模な疫学研究を通して、脂質が心血管疾患におよぼす影響に関するわが国独自のエビデンスを蓄積していきたいと考えております。

参考文献

A pooled analysis of the association of isolated low levels of high-density lipoprotein cholesterol with cardiovascular mortality in Japan.
Hirata T, Sugiyama D, Nagasawa SY, Murakami Y, Saitoh S, Okayama A, Iso H, Irie F, Sairenchi T, Miyamoto Y, Yamada M, Ishikawa S, Miura K, Ueshima H, Okamura T; Evidence for Cardiovascular Prevention from Observational Cohorts in Japan (EPOCH-JAPAN) Research Group.
Eur J Epidemiol. (2017)32:547-557.doi: 10.1007/s10654-016-0203-1

左:岡村智教(衛生学公衆衛生学教授)、右:筆者

左:岡村智教(衛生学公衆衛生学教授)、右:筆者

最終更新日:2017年12月1日
記事作成日:2017年12月1日

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