
食べ過ぎが糖尿病や心血管疾患の発症を起こすメカニズムを解明 白川公亮(循環器内科)
さまざまな疾患を引き起こす内臓脂肪
肥満でも健康な方がいます。一方で、肥満が原因で、糖尿病、脂質代謝異常、高血圧など様々な代謝異常を伴う患者さんもいらっしゃいます。また、最近の研究により、肥満はある種のがんや自己免疫疾患の危険因子になることが明らかになってきました(図1)。この違いは、どこにあるのでしょうか。

図1.肥満を危険因子としたさまざまな疾患
過食や運動不足で太りはじめると、過剰なあぶらはまずは皮下脂肪に溜まります。そのうち、皮下脂肪におさまらなくなった余剰なあぶらは、内臓のまわりの脂肪、すなわち、内臓脂肪として蓄積されます。内臓脂肪が蓄積すると様々な代謝異常が出現します。この代謝異常を伴う肥満をメタボリック症候群と呼んでいます。では、なぜ、あぶらが内臓脂肪として蓄積されると代謝異常が出現するのでしょうか?
代謝異常や慢性炎症に関わるTリンパ球の老化
代謝異常肥満の患者さんの内臓脂肪では、「炎症」が持続していることが知られております。けがをしたときの炎症は、熱が出て、痛みを伴いますが、やがて治癒します。これは、急性炎症と呼ばれております。一方で、内臓脂肪の炎症は、熱が出たり、痛みを伴ったりはしませんが、治ることなく持続するので、慢性炎症と呼ばれています。この慢性炎症が、糖尿病等の代謝異常を引き起こす原因であることが最近の研究で明らかになってきております。
では、内臓脂肪にあぶらが蓄積すると、なぜ、慢性炎症が起こるのでしょうか。我々は、この慢性炎症の原因に免疫細胞、とりわけ、Tリンパ球の老化が関与していることを発見しました(図2)。

図2.Tリンパ球の老化と内臓脂肪の炎症の関係
Tリンパ球の一生
「Tリンパ球の老化」といっても聞きなれないかもしれませんので、少し、解説させていただきます。Tリンパ球は、骨髄で作られたあと胸腺へ運ばれます。胸腺の中で、病原菌やがん細胞には反応して攻撃するけれども、自分の体の中にある正常な細胞には反応しにくいTリンパ球だけが選択されます。ところが、この胸腺によるTリンパ球の選択は、成人を迎える頃には、極端に低下してしまいます。胸腺は体の臓器の中で最も早く老化する臓器で、成人では小さくなって脂肪組織に置き換わってしまいます。
したがって、Tリンパ球は、日々入れ替わっている白血球など他の免疫細胞とは違って、長い間、分裂を繰り返しながら体の内に存在するため、加齢に伴って細胞レベルでの老化が始まります。老化したTリンパ球は、本来の免疫の司令塔としての働きが低下しているため、高齢者では、感染が重症化しやすかったり、ワクチン効率が低下したり、がんのリスクが増加(免疫監視機構の低下)したり、自己免疫応答が増大したりします。それだけでなく、老化したTリンパ球からは、正常なTリンパ球からは分泌されない炎症を誘導する物質が大量に分泌されるため、体全体で弱い炎症状態が遷延するようになります。これが、高齢者において、代謝性疾患(糖尿病、動脈硬化、認知症など)の発症率が増加する原因となっております。
食べ過ぎがTリンパ球の老化を引きおこす
驚いたことに、研究グループでマウスに高カロリー食を食べさせて太らせると、若いうちから、内臓脂肪の中で、「Tリンパ球の老化」(CD153陽性PD-1陽性Tリンパ球)が急速に進行することが分かりました。この老化したTリンパ球は、炎症を誘導する物質を大量に分泌して、他の免疫細胞を過剰に活性化しつづけることによって、内臓脂肪の慢性炎症を引き起こし、糖尿病の発症の原因となっていることを証明しました。
おわりに
代謝性異常を伴う内臓脂肪蓄積型肥満の患者さんは、老化が加速することが報告されております。疫学調査の結果を見ると、40歳台で糖尿病を発症すると平均余命が男女とも7年短縮することが明らかになっております。
本研究の結果から、内臓脂肪蓄積型肥満は、免疫細胞の老化を引き起こし、代謝性疾患の罹患率を増加させるのみならず、感染に対する抵抗力の低下、がんのリスクの増大をも引き起こしている可能性が示唆されます。日本人、糖尿病患者さんの死因は、1位が悪性腫瘍、2位が感染症、3位が心血管疾患です。
血管障害の健康長寿を維持するためには、日頃からの腹八分目の食事と適度な運動で、太り過ぎないように注意することがやはり重要です。
※イラストは白川典子氏の執筆による。
参考文献
Obesity accelerates T cell senescence in murine visceral adipose tissue.
Shirakawa K, Yan X, Shinmura K, Endo J, Kataoka M, Katsumata Y, Yamamoto T, Anzai A, Isobe S, Yoshida N, Itoh H, Manabe I, Sekai M, Hamazaki Y, Fukuda K, Minato N, Sano M.
J Clin Invest. 2016 Dec 1;126(12):4626-4639. DOI: 10.1172/JCI88606.

左:佐野元昭(内科学教室(循環器)准教授)、中央:筆者、右:遠藤仁(内科学教室(循環器)特任講師)
最終更新日:2017年6月1日
記事作成日:2017年6月1日

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