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血液を作る幹細胞がストレスを受けて増殖する仕組みを発見 雁金大樹(血液内科)

研究の目的と背景

体の中には様々な血液細胞がいます。バクテリアやウイルスと戦う白血球、酸素を運ぶ赤血球、そして出血を止める血小板です。これらの全ての血液細胞は、造血幹細胞という最も未熟で希少な細胞から作られます。

造血幹細胞は自身のコピーを作る事ができ(自己複製能)、全ての血液細胞に変化できる能力(多分化能)を持ち合わせています。これらの能力を活用して造血幹細胞は一生涯に渡って血液細胞を作り続けます。白血病などの治療で骨髄移植を行うのは、骨髄のなかに含まれる造血幹細胞を移植するのが目的です。時間はとてもかかってしまいますが、一つの造血幹細胞があれば、血液細胞を全て作りだす事ができます(再構築)。

現代医療で行われる治療によって、血液細胞は多くのストレスにさらされています。その代表は、がんの治療で使用される抗がん剤です。抗がん剤は正常な血液細胞を壊してしまうため、白血球・赤血球・血小板が減り、貧血や出血などの症状が出現します(図1)。しかし、こうした状況に対して造血幹細胞の自己複製能・多分化能が活性化されることにより、速やかに血液細胞はもとの状態まで再構築されます。この現象は「ストレス造血」と呼ばれます。

図1.ストレス後の造血幹細胞による血液細胞の再構築

図1.ストレス後の造血幹細胞による血液細胞の再構築

どのようにストレス造血が行われているかは未解明な点が多く残されており、ストレス造血を解明することで抗がん剤や放射線の副作用を軽減できるかもしれません。また造血幹細胞にとって試験管内での培養は一種のストレス造血であるため、貴重な造血幹細胞を培養することで人工的に増幅させる技術の開発につながる可能性が考えられます。

ストレス応答たんぱくのp38αがストレス造血に重要

ストレスに反応して働く酵素を「ストレス反応たんぱく」と呼びます。体内には様々なストレス反応たんぱくがありますが、その中で血液細胞の中に多く存在しているp38αという酵素に注目しました。

まずマウスに骨髄移植や抗がん剤投与などのストレスを与えたところ、これらに反応してp38αは活性化しました。次にp38αを欠損させたマウスから造血幹細胞を採取し、他のマウスに移植をしたところ、血液細胞の再構築能が低下していました。加えてp38αを欠損したマウスに抗がん剤を投与すると、死亡率が高い事が分かりました。つまり、p38αはストレスに反応して造血幹細胞で活性化し、p38αの欠損によって造血幹細胞はストレスに対し脆弱になることがわかりました。すなわち、p38αはストレス造血に重要であると考えられました。また、p38αを欠損した造血幹細胞は細胞分裂周期が遅かった(=細胞の増殖速度が遅い)ことから、ストレスによって活性化したp38αは造血幹細胞を増殖させる効果を通じてストレス造血に貢献していることを見出しました。

p38αはプリン体合成を制御しストレス制御を行う

我々のグループは代謝による制御、特にブドウ糖をエネルギー源とする解糖系が造血幹細胞の維持に重要である事を報告してきました(KOMPAS慶應発サイエンス「造血幹細胞を老化から守る代謝制御メカニズム」をご参照ください。)

そこで、p38αが代謝を制御する事でストレス造血に寄与している可能性を考え、代謝物を測定しました。移植直後の正常造血幹細胞とp38α欠損造血幹細胞内の代謝物を解析したところ、プリン体合成経路の代謝産物であるアラントイン(ヒトで尿酸に相当する代謝物)が著明に低下していました。プリン体は細胞増殖時のDNA複製に必須であるため、プリン体合成低下の結果、細胞増殖が抑制されている事が十分に考えられました。実際、造血幹細胞が増殖する際にプリン体合成を抑制すると、ストレス後の細胞増殖や骨髄再構成が抑制されました。

これらの原因になるメカニズムを調べるためにプリン体合成酵素の発現を評価したところ、プリン体の中のグアニンを合成するのに重要な酵素であるイノシン1リン酸デヒドロゲナーゼ2(Impdh2)の発現が、ストレスにさらされたp38α欠損造血幹細胞で低下していました。すなわち、p38αはImpdh2の発現を上昇させることにより、ストレスにさらされた造血幹細胞の増殖を促進していると考えられました(図2)。これを支持するように、Impdh2をp38α欠損造血幹細胞に強制的に発現させると、移植後の血液細胞の増殖が回復しました。また、この現象を仲介する因子として、色素幹細胞の生存に必須であるMitfという転写因子を見出しました。

図2.ストレス造血におけるp38αのはたらき

図2.ストレス造血におけるp38αのはたらき

今後の展望

ストレス造血に関してはまだ研究がされ始めたばかりです。現代社会はがんとの闘いであり、様々ながんで抗がん剤治療や放射線療法が行われています。また膠原病などの分野でも免疫抑制薬が多用されており、感染症を引き起こすリスクも高くなっています。抗がん剤・放射線・感染症はいずれも造血幹細胞にストレスを与えるものであり、ストレス造血を理解して制御する方法についての研究は、悪性腫瘍などの治療を円滑に進めるために非常に重要です。

今回得られた知見は、血液減少の副作用を軽減することに貢献できると考えます。また多くの白血病は、正常造血幹細胞のような未熟な細胞を含んでいて(白血病幹細胞)、抗がん剤に耐性で再発の原因となるといわれています。しかし、白血病幹細胞の性質は正常造血幹細胞によく似ているために、正常造血幹細胞を守りながら白血病幹細胞だけを除去することができていないのが現状です。そこで、今回得られた知見を白血病幹細胞に応用すれば、白血病治療の新たな標的を見出せると考えられます。

本研究は国立国際医療研究センター研究所生体恒常性プロジェクト田久保圭誉プロジェクト長、およびシンガポール国立大学がん科学研究所須田年生教授にご指導頂きました。この場をお借りし深謝致します。

参考文献

p38α Activates Purine Metabolism to Initiate Hematopoietic Stem/Progenitor Cell Cycling in Response to Stress.
Karigane D, Kobayashi H, Morikawa T, Ootomo Y, Sakai M, Nagamatsu G, Kubota Y, Goda N, Matsumoto M, Nishimura EK, Soga T, Otsu K, Suematsu M, Okamoto S, Suda T, Takubo K.
Cell Stem Cell. 2016 Aug 4;19(2):192-204. DOI: 10.1016/j.stem.2016.05.013.

後列左から2番目:筆者、一番右:田久保圭誉(国立国際医療研究センター研究所生体恒常性プロジェクト長)

後列左から2番目:筆者、一番右:田久保圭誉(国立国際医療研究センター研究所生体恒常性プロジェクト長)

最終更新日:2017年4月1日
記事作成日:2017年4月1日

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