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iPS細胞を高品質かつ高効率に作製する方法の開発 國富晃(循環器内科)

研究の背景と目的

京都大学の山中伸弥教授らは、身体を構成する全ての種類の細胞に分化する能力(多分化能)を持つ胚性幹細胞(ES細胞)に発現する4つの遺伝子、いわゆる山中因子(Oct4、Sox2、Klf4、c-Myc)をさまざまな種類の細胞に人工的に発現させると、ES細胞と同様の能力を持つiPS細胞(人工多能性幹細胞)が作製できることを発見しました。しかし、実際にはiPS細胞の性質は細胞間でバラツキがあり、ES細胞と同レベルのiPS細胞もあれば、品質が落ちるiPS細胞があることも知られています。iPS細胞は再生医療や様々な難病の治療法の開発に利用できるなど大きな可能性を持っていますが、iPS細胞間の性質のバラツキの存在はそれらの実現の壁となっており、克服すべき大きな課題の一つとなっていました。

2012年に山中教授と共同でノーベル生理学・医学賞を受賞した英国のジョン・ガードン博士は、卵細胞の中へ体細胞の核を移植すると、ES細胞と同様の性質を持つ多能性幹細胞が、山中教授が発見したiPS細胞を作製する方法よりも格段に早く作り出されることを報告しています。このことから卵細胞には多能性幹細胞をより効率良く生み出す力を持つ因子が存在していると考えられます。近年これを裏付けるように、卵細胞内に存在する新しい因子がiPS細胞の作製効率を改善させるとの報告が幾つか報告されています。

今回我々が着目したH1foo(エイチワンエフオーオー)は、卵細胞にのみに発現しているリンカーヒストンH1(エイチワン)と呼ばれるタンパク質です。私たちの身体や細胞の設計図はDNAと呼ばれる非常に長いひも状の構造をしていて、コアヒストンとよばれるタンパク質に巻き付いており、核の中に効率よく収容されています。身体のほとんどの細胞に発現している大部分のリンカーヒストンH1はこの構造をコンパクトに凝集させる作用を持っています。しかし、この状態ではOct4、Sox2、Klf4などのiPS細胞を作るための因子が働きづらく、その結果として品質の高いiPS細胞を作る上で障害となっていました。これに対しH1fooは他のリンカーヒストンH1と異なりこの構造を緩め、山中因子がDNAに作用しやすい状況を作っていると考えられます(図1)。また卵細胞の中へ体細胞の核を移植した際に、H1fooは体細胞が多能性幹細胞へ変化するのに有利な環境を作る可能性が着目されており、我々はこの機能に注目しiPS細胞の作製に応用しました。

図1.iPS細胞作製過程における山中因子とH1fooのDNAに対する関係

図1.iPS細胞作製過程における山中因子とH1fooのDNAに対する関係
(参考文献のGraphical Abstractより一部改変)

H1fooは品質の高いiPS細胞を高い効率で作り出す

我々は4つの山中因子のうちOct4、Sox2、Klf4(以下OSKと略記します)の3つの遺伝子と共に、新しくH1foo遺伝子(OSKにH1fooを追加するので以下OSKHと略記します)を成体マウスの尾の線維芽細胞に大量に発現させiPS細胞を作製しました。その結果iPS細胞を作製する効率は、従来の方法(OSKだけの場合)に比べ約8倍にまで上昇しました。またNanogと呼ばれる遺伝子を高発現しているiPS細胞は、質の良いiPS細胞であることが知られており、この方法を用いて我々が作製したiPS細胞の品質の評価を行いました。OSKだけでiPS細胞を作製した場合には、できた全てのiPS細胞の中でNanogを高発現する良質なiPS細胞の作製効率は50%程度ですが、OSKHではこの効率が90%以上にまで上昇し、品質の高いiPS細胞が高い効率で作製できることを明らかにしました(図2)。

図2.iPS細胞の多分化能を調べるための胚様体作製

図2.iPS細胞の多分化能を調べるための胚様体作製

H1fooを加えて作製したiPS細胞はES細胞と同等の分化能を持つ

次に我々はOSKHを用いて作製したiPS細胞の品質の評価のため多分化能の比較を行いました。iPS細胞やES細胞を特定の条件で培養すると、培養皿上で胚様体と呼ばれる様々な臓器の成分を持つ球状の組織へと分化します。この胚様体を作る能力が高い場合、多分化能が高いと考えられます。OSKHを用いて作製したiPS細胞は、ES細胞と同等に均一に大きい胚様体を多く作り出し、従来のOSKのみで作製したiPS細胞よりも高い分化能を示しました(図2)。

キメラマウス作製によるiPS細胞の品質評価で高いキメラ寄与率を達成

さらに我々は胚様体作製よりも高度な多分化能の比較検討を行いました。マウスのES細胞やiPS細胞の質が良ければ、身体を構成する全ての種類の臓器に分化することができ、下記に述べる特殊な方法を用いれば身体の全ての組織がES細胞やiPS細胞由来である1匹のマウスを作製することができます。一方で、質の悪いES細胞やiPS細胞からマウスの個体を作製することはできません。そこで、iPS細胞の質を評価するために、iPS細胞のキメラマウス作製を行い、iPS細胞が1匹のマウスを生み出す高度な多分化能を持つかを検証しました。

毛の色が白いマウスの受精卵の中に、毛の色が黒いマウスから作ったiPS細胞を注入して作製した受精卵をマウスの仮親の子宮に移植すると、異なる種類の細胞が混ざったマウスが生まれます。これをキメラマウスといい、生まれてくるマウスの毛の色は白と黒のまだらになります。品質が高いiPS 細胞を用いますと、マウスの毛の色はより黒に近くなり、これをキメラ寄与率が高いと表現します。 OSKHを用いて作製したiPS細胞は、OSKだけを用いて作製したiPS細胞に比べ格段に高いキメラ寄与率が高い、つまり毛の色がほぼ黒いキメラマウスの作製効率が高く、その効率はES細胞とほぼ同等でした(図3)。

図3.iPS細胞から分化多能性評価のためのキメラマウス作製

図3.iPS細胞から分化多能性評価のためのキメラマウス作製

研究結果のまとめと今後の展望

以上の研究結果から、H1fooはより高品質なiPS細胞をより均一な品質で高効率に作製できる能力を持つことがマウスにおける実験で示されました。 今後iPS細胞は再生医療の材料として使用されていくことになります。その際にH1fooを用いたヒトiPS細胞を作製することで、品質の高いヒトiPS細胞を作ることができ、臨床応用に大きく貢献することが期待されます。

参考文献

H1foo Has a Pivotal Role in Qualifying Induced Pluripotent Stem Cells.
Kunitomi A, Yuasa S, Sugiyama F, Saito Y, Seki T, Kusumoto D, Kashimura S, Takei M, Tohyama S, Hashimoto H, Egashira T, Tanimoto Y, Mizuno S, Tanaka S, Okuno H, Yamazawa K, Watanabe H, Oda M, Kaneda R, Matsuzaki Y, Nagai T, Okano H, Yagami K, Tanaka M, Fukuda K.
Stem Cell Reports. 2016 Jun 14;6(6):825-33.
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC4912480/

左から福田恵一(内科学教室(循環器)教授)、著者、湯浅慎介(内科学教室(循環器)学部内講師)

左から福田恵一(内科学教室(循環器)教授)、著者、湯浅慎介(内科学教室(循環器)学部内講師)

最終更新日:2016年12月1日
記事作成日:2016年12月1日

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