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神経細胞の興奮の起こりやすさを制御する新しいメカニズムを解明 松田恵子(生理学)

シナプスは神経細胞と神経細胞の情報の受け渡し場所である

私たちの脳には約一千数百億個の神経細胞が存在しています。神経細胞同士は、互いに複雑につながり合って神経回路を形成します。神経細胞同士が情報を受け渡す接触点をシナプスと言います。神経細胞には軸索と樹状突起という2種類の突起があります。神経細胞が興奮すると、シナプスでは軸索の端から神経伝達物質が放出され、この神経伝達物質をその次の神経細胞の樹状突起に存在する受容体が受け取って興奮させることによって情報を伝達します(図1参照)。このようなシナプスにおける興奮の伝達は私たちの脳においてはグルタミン酸とグルタミン酸受容体が主に担っています。コンピューターで電子回路が正しくつながっていないと機能しないように、私たちの脳において神経回路が正しくつながり、グルタミン酸を介した神経伝達が行われることが、高度な脳の機能に不可欠なのです。

図1.神経細胞の繋ぎ目にあたるシナプスではグルタミン酸とその受容体を介して信号が伝達される。

図1.
神経細胞の繋ぎ目にあたるシナプスではグルタミン酸とその受容体を介して信号が伝達される。

神経細胞の情報の伝わりかたはどのように決められるのか?

グルタミン酸受容体は、薬剤に対する感受性に基づいて4種類に分類されています。AMPA型グルタミン酸受容体は素早い情報伝達を担い、NMDA型グルタミン酸受容体はシナプスのつながり具合を変化させて記憶・学習過程に深く関与します。一方、カイニン酸型グルタミン酸受容体(カイニン酸受容体)は、やや遅い情報伝達に関与することによって、神経細胞の長期的な電気活動を統合することが知られています。カイニン酸受容体は記憶や学習の形成に重要な脳部位である海馬の中で特定のシナプス(苔状線維―CA3神経細胞シナプス)に集積しています(図2参照)。

図2.カイニン酸型グルタミン酸受容体(カイニン酸受容体)は、歯状回顆粒細胞の軸索(苔状線維)とCA3錐体細胞が形成するシナプス部位に集積する。(Neuron.90:752-67,2016の図3,6を許諾を得て引用改変)

図2.
カイニン酸型グルタミン酸受容体(カイニン酸受容体)は、歯状回顆粒細胞の軸索(苔状線維)とCA3錐体細胞が形成するシナプス部位に集積する。
(Neuron.90:752-67,2016の図3を許諾を得て引用改変)

苔状線維は歯状回顆粒細胞の軸索であり、苔のような形をした大きな末端があるためこのように呼ばれています。また、てんかんの患者さんや、てんかんモデル動物では、苔状線維がCA3神経細胞のみでなく、顆粒細胞自身の上に異常シナプスを形成します。このシナプスでは通常は存在しないカイニン酸受容体が集積することによって神経細胞がより興奮しやすくなり、てんかんの悪化や慢性化の引き金になる原因と考えられています。しかし、どのようなメカニズムによって特定のシナプスにカイニン酸受容体が選択的に集積するのかはよく分かっていませんでした。

カイニン酸型グルタミン酸受容体に結合する分泌性タンパク質C1ql2とC1ql3

免疫反応には自然免疫系と獲得免疫系があります。私たちの研究グループは、自然免疫において働いているタンパク質であるC1qと似た構造を持つ一連の分子群(C1qファミリー)が、神経細胞に存在しシナプス形成を制御することを報告してきました(文献1,2,3)。今回、私たちは、C1qファミリーのうち、C1ql2とC1ql3が海馬の歯状回顆粒細胞で作られて苔状線維の末端から細胞外へ放出され、この苔状線維―CA3神経細胞シナプスに集積することを発見しました。面白いことに、C1ql2およびC1ql3の遺伝子を欠損させたマウスを作製して観察したところ、苔状線維―CA3シナプスに多く存在するはずのカイニン酸受容体やその電気応答が消失しました(図3参照)。

これらのことから、苔状線維から分泌されたC1ql2、C1ql3は、シナプスを越えてCA3神経細胞におけるカイニン酸受容体の細胞外に飛び出た部分に結合することによって、その存在場所を規定するのではないかと考えました。

図3.C1ql2とC1ql3を両方欠損するマウスでは、苔状線維-CA3シナプスにてカイニン酸受容体が消失する。(Neuron.90:752-67,2016の図2を許諾を得て引用改変)

図3.
C1ql2とC1ql3を両方欠損するマウスでは、苔状線維-CA3シナプスにてカイニン酸受容体が消失する。
(Neuron.90:752-67,2016の図S1を許諾を得て引用改変)

カイニン酸受容体にはGluK1からGluK5までの違ったサブタイプがあります。私たちはC1ql2やC1ql3は、この中の海馬CA3神経細胞に発現するGluK2とGluK4サブユニットの細胞外に飛び出た部分に、直接に結合することを世界で初めて発見しました。
さらに、C1ql2とC1ql3を欠いたマウスにおいててんかんを誘発させると、海馬歯状回苔状線維が異常に伸びて、歯状回顆粒細胞自身の上にシナプスを形成するものの、この部位にカイニン酸受容体が集積せず、てんかんの起こりやすさが低減されることもわかりました(図4参照)。このように正常シナプスにおいても、てんかん時の異常シナプスにおいてもC1ql2とC1ql3はシナプス部位へのカイニン酸受容体の集積を規定する分子であることがわかりました(図5参照)。

図4.(Neuron.90:752-67,2016の図7を許諾を得て引用改変) C1ql2/3欠損マウスにおいててんかんを人工的に誘導する刺激を与えると、苔状線維は異常シナプスを形成するものの、このシナプスにカイニン酸受容体が動員されずてんかん発作を起こしにくい。

図4.
(Neuron.90:752-67,2016の図7を許諾を得て引用改変)
C1ql2/3欠損マウスにおいててんかんを人工的に誘導する刺激を与えると、苔状線維は異常シナプスを形成するものの、このシナプスにカイニン酸受容体が動員されずてんかん発作を起こしにくい。

図5.シナプス前部から放出されたC1ql2とC1ql3は、ニューレキシン3-C1ql2/3-カイニン酸受容体、という三者複合体を形成して、神経ネットワーク活動の統合を制御する。

図5.
シナプス前部から放出されたC1ql2とC1ql3は、ニューレキシン3-C1ql2/3-カイニン酸受容体、という三者複合体を形成して、神経ネットワーク活動の統合を制御する。

また、私たちはC1ql2やC1ql3がシナプス後部のカイニン酸受容体と同時にシナプス前部に存在するニューレキシン3というタンパク質とも結合することを発見しました。C1ql2、C1ql3が両方の受容体にサンドウィッチのようにはさまれて効果を発揮することが考えられます(図5参照)。

免疫応答に関わる分子の仲間が脳神経系でも働く

今回発見したC1ql2やC1ql3の他にも、さまざまな脳部位においてC1qファミリー分子群が発現しています。例えばCbln1は小脳顆粒細胞の軸索から放出され、グルタミン酸受容体の仲間であるデルタ2受容体の細胞外に飛び出た部分に結合して、その位置を決定します(文献3)。このように、神経系におけるC1qファミリーの重要な機能は、シナプス前部の神経細胞の軸索から放出されて、シナプスを越えてシナプス後部の受容体やさまざまな分子の位置や機能を調節することにあるのかも知れません。

研究の今後の展開

カイニン酸受容体は、グルタミン酸受容体の中でも特に脳部位に応じて多岐にわたる機能を持っています。しかしどのようにその機能や局在が調節されているのかはまだまだよく分かっていません。C1ql2とC1ql3に着目したさらなる研究は、カイニン酸受容体がどのような神経機能に結びつくかを解明する鍵の一つになると期待されています。また、C1ql2、C1ql3とカイニン酸受容体との結合は細胞外において起きていることから、薬剤投与によって、この結合の促進あるいは阻害を外的にコントロールできるようになることが期待されます。さらに、再生医学において新たに導入した神経細胞が既存の神経回路と機能的に再接続することを制御する技術の創生にもつながる可能性があります。

本研究は、Tim Budisantoso研究員(現在武田薬品工業)が生理学Ⅰ柚崎研究室に在籍していた時に、松田恵子(講師)と共に行いました。また、研究遂行にあたっては、柚崎教授をはじめ生理学Ⅰのメンバーや、学内・学外の多くの共著者の皆様の多大なるご指導・ご協力を頂きました。

参考文献

Trans-synaptic modulation of kainate receptor functions by C1q-like proteins. Matsuda K, Budisantoso T, Mitakidis N, Sugaya Y, Miura E, Kakegawa W, Yamasaki M, Konno K, Uchigashima M, Abe M, Watanabe I, Kano M, Watanabe M, Sakimura K, Aricescu AR, Yuzaki M.
Neuron 90:752-67, 2016.
http://www.sciencedirect.com/science/journal/08966273/90/4

【本研究に先行する参考文献】

  1. Anterograde C1ql1 signaling is required in order to determine and maintain a single-winner climbing fiber in the mouse cerebellum. Kakegawa W, Mitakidis N, Miura E, Abe M, Matsuda K, Takeo YH, Kohda K, Motohashi J, Takahashi A, Nagao S, Muramatsu SI, Watanabe M, Sakimura K, Aricescu AR, Yuzaki M. Neuron 85:316-329, 2015.
  2. Distinct expression of C1q-like family mRNAs in mouse brain and biochemical characterization of their encoded proteins. Iijima T, Miura E, Watanabe M, Yuzaki M. European Journal of Neuroscience 31:1606-1615, 2010.
  3. Cbln1 is a ligand for an orphan glutamate receptor δ2, a bidirectional synapse organizer. Matsuda K, Miura E, Miyazaki T, Kakegawa W, Emi K, Narumi S, Fukazawa Y, Ito-Ishida A, Kondo T, Shigemoto R, Watanabe M, Yuzaki M. Science 328(5976):363-8, 2010
左:柚崎通介(生理学教室教授)、右:筆者

左:柚崎通介(生理学教室教授)、右:筆者

最終更新日:2016年9月1日
記事作成日:2016年9月1日

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