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本来の位置にたどり着けない神経細胞が及ぼす脳への影響 久保健一郎(解剖学)

神経細胞の並びかた

脳のなかの神経細胞が、とある順序で規則正しく並んでいることをご存知でしょうか?どのような順序かというと、「誕生順」です。脳のなかでも大脳皮質の場合、ほぼ生まれた順番に、神経細胞が深いところから表面近くに向かって規則正しく並んでいます。

どのようにして神経細胞がこのように誕生順に整列するのでしょうか?大脳皮質は、ヒトをはじめとする哺乳類で高度に発達する部位ですが、ほかの部位と同様に、ほとんどの神経細胞が赤ちゃんとしてお母さんのお腹のなかにいる時期に作られます。この神経細胞が作られる時に、脳の深いところで作られた神経細胞は、作られた場所から脳の表面の方向に移動を開始し、脳の表面に到着するとそこで移動を終わります(図1)。あとから生まれた神経細胞は、その前に生まれた神経細胞を追い越して、さらに表面側まで移動します。その結果、最初に生まれた神経細胞がより脳の深い位置に、あとで生まれた神経細胞がより表面の位置に、ほぼ誕生順に並ぶことになるのです(注1)。

図1.神経細胞が誕生順に並ぶ仕組み

図1.神経細胞が誕生順に並ぶ仕組み

神経細胞が本来の位置に移動せずに生じる神経細胞のかたまり

それでは、このような規則正しい神経細胞の配置は、どのような役割を持っているのでしょうか?その答えは、まだ完全に解明されたわけではありませんが、神経細胞が生まれた場所から移動していくときに、脳の表面まで到着しないうちに移動をやめてしまうことがあります(図2)。このような神経細胞は、本来は脳の表面に向かって移動するべきなのに脳の深い位置にとどまるので、この場合、誕生順の規則正しい配置が乱れてしまいます。この移動をやめてしまう位置には、神経細胞から伸びる電線のような役割を持つ軸索(じくさく)が主に存在しています。この場所を白質(はくしつ)と呼びます。本来の位置ではなく白質に存在してしまう神経細胞を、異所性(いしょせい)の神経細胞と呼びます。

異所性の神経細胞の数が多いと、神経細胞どうしが集まって、白質のなかに ボール状の神経細胞のかたまり(英語でheterotopia:ヘテロトピアと呼びます)を作ることがあります。決して頻度は高くありませんが、てんかんや知的障害をはじめとする脳の病気をもっているかたのなかに、このようなヘテロトピアができているかたがいることが知られています。しかし、ヘテロトピアができることと、病気の症状との間にどのような関係があるのかは分かっていません。つまり、症状をもっている人にたまたまヘテロトピアができたのか、それともヘテロトピアが何らかの影響を及ぼして症状が生じているのかは、分かっていませんでした。

図2. 本来とは異なる脳の深い位置に神経細胞のかたまり(=ヘテロトピア)が形成される仕組み

図2. 本来とは異なる脳の深い位置に神経細胞のかたまり(=ヘテロトピア)が形成される仕組み

ヘテロトピアができたことによる脳への影響

私たちは、このような本来と異なる位置にできた神経細胞のかたまりであるヘテロトピアと、脳の症状との間にどのような関係があるのかを明らかにするために、マウスを用いた研究を行いました。大脳皮質の誕生順の並びかたは、大脳皮質の厚いヒトでも、そのほかのマウスを始めとする哺乳類でも同じです。所属する教室で以前開発されたマウス子宮内電気穿孔法(注2)という手法を用いて、神経細胞の移動に影響する遺伝子を、移動をしている途中の神経細胞に導入すると、マウスの脳にも異所性の神経細胞のかたまりであるヘテロトピアが作成できることが分かりました。

そして、そのようなマウスの行動の特徴を調べたところ、ヘテロトピアを持っているマウスは、脳の前頭葉と呼ばれる部分の活動が低下していることが分かりました。前頭葉は、大脳皮質のなかでも前の方にあり、ヘテロトピアが作られた脳の場所からは遠く離れた場所にあります(図3)。実際にヘテロトピアを持つマウスの前頭葉において、神経細胞の活動を測定したところ、前頭葉の神経細胞の活動に変化が生じていました。

最近開発された特殊な手法を用いると、目的の神経細胞の活動を調節することができます。この方法を用いて、マウスの脳でヘテロトピアを含む領域にある神経細胞の活動を調節しました。このマウスの行動を調べてみると、ヘテロトピアを含む脳の領域にある神経細胞の活動を活性化した場合に、低下した前頭葉の活動が回復することが分かりました(図3)。この結果から、本来の位置と異なる場所に形成された神経細胞のかたまり(ヘテロトピア)は、これまで想定されていなかったような脳の離れた場所の活動に影響を与え、症状を引き起こす可能性があることが明らかになりました。

図3.ヘテロトピアにより活動が低下した前頭葉のうごきを回復させることに成功

図3.ヘテロトピアにより活動が低下した前頭葉のうごきを回復させることに成功

研究の今後の展開

今後の研究では、本来とは異なる位置に配置されてしまった神経細胞が、脳の離れた場所とどのような神経のネットワークを形成しているのかを解明することが重要と考えられます。ほかの精神神経疾患では、ヘテロトピアのような神経細胞のかたまりが形成されることは稀ですが、白質のなかの神経細胞の数が増加している所見が報告されることがあります。そのため、本研究は他の精神神経疾患のメカニズムの解明にもつながる可能性が期待されます。さらには、今回の研究で用いた脳機能を正常化する手法をヒントとして用いることで、現在は限られた治療法しかない精神神経疾患の新たな治療法開発につなげていきたいと考えています。

本研究は、石井一裕(現在Johns Hopkins大学に留学中)が解剖学教室仲嶋研究室に大学院生として在学中に、久保健一郎(専任講師)と共に行いました。また、研究遂行にあたっては、仲嶋一範先生(解剖学教室教授)をはじめ、学内・学外の多くの共著者の皆様のご指導・ご協力を頂きました。

【用語解説】

注1)神経細胞の移動
大脳皮質の神経細胞には、神経細胞が伸ばす軸索(じくさく、電線のような役割を持ちます)を介して相手を興奮させる興奮性細胞と、相手の興奮を抑える抑制性細胞があります。大脳皮質の神経細胞のなかで、興奮性細胞の割合が8割、抑制性細胞の割合が2割と、興奮性細胞がより多くの割合を占めます。このうち、図1のように、大脳皮質の深いところで生まれて移動し、表面に向かって規則正しく並ぶのは、興奮性細胞です。一方、抑制性神経細胞は、大脳皮質の外側で誕生して、大脳皮質の表面に平行に移動します。抑制性神経細胞は、より長い距離を移動して大脳皮質に到着し、最後は大脳皮質全体に散らばるように分布します。

注2)マウス子宮内電気穿孔法
解剖学教室仲嶋研究室で開発された、マウスの脳で神経細胞が作られるときに、神経細胞に目的の遺伝子を導入することができる技術です。たとえば、蛍光タンパク質を作る遺伝子を導入することで、神経細胞とその軸索を光らせることができます。また、本研究では、神経細胞の移動に影響する遺伝子を導入することで、マウスの脳に本来と異なる位置に神経細胞のかたまりを作ることができました。

参考文献

  1. Neuronal Heterotopias Affect the Activities of Distant Brain Areas and Lead to Behavioral Deficits.
    Ishii K, Kubo K, Endo T, Yoshida K, Benner S, Ito Y, Aizawa H, Aramaki M, Yamanaka A, Tanaka K, Takata N, Tanaka KF, Mimura M, Tohyama C, Kakeyama M, Nakajima K.(Ishii K and Kubo K are co-first authors)
    J Neurosci. 2015 Sep 9;35(36):12432-45.
    doi:10.1523/JNEUROSCI.3648-14.2015.
    http://www.jneurosci.org/content/35/36/12432.long
  2. Ectopic Reelin induces neuronal aggregation with a normal birthdate-dependent "inside-out" alignment in the developing neocortex.
    Kubo K, Honda T, Tomita K, Sekine K, Ishii K, Uto A, Kobayashi K, Tabata H, Nakajima K.
    J Neurosci. 2010 Aug 18;30(33):10953-66.
    doi: 10.1523/JNEUROSCI.0486-10.2010.
    http://www.jneurosci.org/content/30/33/10953.long
左上:仲嶋一範(解剖学教室教授)、左:吉田慶多朗(精神・神経科学教室博士課程大学院生)、左奥:石井一裕(Johns Hopkins大学精神科留学中)、右奥:田中謙二(精神・神経科学教室准教授)、右:筆者

左上:仲嶋一範(解剖学教室教授)、左:吉田慶多朗(精神・神経科学教室博士課程大学院生)、
左奥:石井一裕(Johns Hopkins大学精神科留学中)、右奥:田中謙二(精神・神経科学教室准教授)、
右:筆者
※いずれも参考文献1の共著者、石井一裕は共同筆頭著者。

最終更新日:2016年5月1日
記事作成日:2016年5月1日

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