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iPS細胞から神経細胞を作り分ける新技術 今泉研人(医学部5年)

iPS細胞を用いた神経疾患研究の問題点

京都大学の山中伸弥教授らによって世界で初めて作製されたiPS細胞は、体を構成するすべての組織や臓器に分化できる能力(多能性)を持つため、神経細胞を試験管内で人工的に作製する事が可能となりました。現在世界中の多くの研究者がこの技術を利用して神経疾患の治療法の開発を行っています。

多くの神経疾患は、脳・脊髄の特定の領域が障害されます。例えば、アルツハイマー病(注1)では大脳皮質ニューロンが、筋萎縮性側索硬化症(ALS; 注2)では脊髄運動ニューロンが障害されることが知られています。iPS細胞を用いてこれらの疾患を研究するためには、病変となる部位の神経細胞を選択的に誘導する技術が必要です。いくつかの限定された部位の神経細胞を誘導する手法は報告されていますが、iPS細胞から任意の部位を自在に作り分ける手法は開発されていませんでした。さらに、今まで報告されている選択的神経誘導法は、それぞれが全く異なる手法を用いているために、異なる部位での症状を比較する研究は困難でした。我々は神経発生学の知見をiPS細胞技術に応用することで、この問題の克服を目指しました。

脳の発生学と神経細胞を作り分ける技術

ヒトの脳・脊髄は、はじめに一本の管(神経管)として形成されます。胎児の発生が進むにつれて、この神経管は次第に細かい領域に区分されていき、脳・脊髄として機能するための複雑な構造に発達します(図1)。

この領域区分はウィント(Wnt)、レチノイン酸(RA)、ソニックヘッジホッグ(Shh)の3つのシグナル分子の勾配によって決定されることが知られています。すなわち、WntやRAが強く作用すると、神経管の頭側にある大脳から、尾側の脳幹、脊髄へ特性が変化します。また、Shhが強く作用すると、背側から腹側へ特性が変化します。

我々は、iPS細胞から神経細胞を誘導する過程で、この領域化を模倣することで、脳・脊髄の任意の部位を選択的に誘導できる新技術を開発しました。すなわち、WntとRAを調節する薬剤の濃度を変化させるだけで、大脳から脊髄のそれぞれの特性を持つ神経を作り分けることに成功しました。さらに、Shhシグナルを調節する薬剤を加えることで、背側・腹側の特性も制御できることを明らかにしました。

図1. 脳・脊髄の領域化シグナル

図1. 脳・脊髄の領域化シグナル

神経難病の症状を試験管内で再現することに成功

この技術を利用して、アルツハイマー病とALSの患者さんから樹立したiPS細胞から様々な脳領域の神経細胞を誘導し比較しました(図2)。アルツハイマー病患者由来iPS細胞から誘導した神経細胞では、大脳皮質ニューロンでリン酸化タウ蛋白質の蓄積が見られました。ALS患者由来iPS細胞から誘導した神経細胞では、脊髄運動ニューロンの軸索障害が見られました。実際の患者さんの症状と一致する脳領域でのみ異常が検出されたことから、この脳領域をコントロールして神経細胞を作り分ける新技術は、特定の部位で生じる神経疾患の症状を効率的に再現する新たな研究手法として有用であることが示されました。

図2.神経疾患の領域特異的症状の再現

図2.神経疾患の領域特異的症状の再現

今後の展望

iPS細胞から脳の各部位への誘導方法が存在しなかったために、多くの神経疾患の研究が困難でした。今回の技術によって、様々な神経疾患のiPS細胞を用いた研究の精度が大きく向上し、新たな診断・治療方法の開発に貢献することが期待されます。また、さまざまな神経疾患の症状がなぜ特定の脳領域のみで起こるのかは、未だにほとんど解明されていません。本研究の技術によって、このような研究が大きく進むことが期待されます。

最近我々は、この方法の基になる分化誘導法を用いると、従来は神経分化しにくいと言われていた血球由来のiPS細胞でも効率よく神経分化誘導が可能で、神経疾患の病態が再現できることを示しました。この結果から、患者さんの負担の少ない末梢血由来iPS細胞でも、私たちの開発した方法で領域特異性を高精度に再現出来ると考えています。

本研究は、岡野栄之先生(生理学教室教授)、赤松和土先生(順天堂大学ゲノム・再生医療センター特任教授)のご指導のもと、今泉研人(医学部5年生)が行いました。また、研究遂行に当たっては、生理学教室や学外の共著者の皆様のご協力を頂きました。

【用語解説】

注1)アルツハイマー病
1906年にドイツのアロイス・アルツハイマーによって初めて報告された認知症です。認知症の中で最も患者数が多く、主に60歳以降で発症します。記憶障害、見当識障害などの症状を示します。脳内にアミロイドβとリン酸化タウという異常蛋白質が蓄積することが特徴として知られています。治療薬としていくつかの薬剤が開発されていますが、いずれも対症療法であり、根治療法はありません。

注2)筋萎縮性側索硬化症(ALS)
運動ニューロンが選択的に障害される神経変性疾患で、主に50歳以降で発症します。筋萎縮、筋力低下、運動障害などの症状を示します。進行が早く、発症から死亡までの期間は約3.5年です。現在のところ根治療法は開発されていません。

参考文献

  1. Controlling the Regional Identity of hPSC-Derived Neurons to Uncover Neuronal Subtype Specificity of Neurological Disease Phenotypes.
    Imaizumi K, Sone T, Ibata K, Fujimori K, Yuzaki M, Akamatsu W, Okano H.
    Stem Cell Reports. 2015 Dec 8;5(6):1010-1022. doi: 10.1016/j.stemcr.2015.10.005. Epub 2015 Nov 5.
    http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC4682123/
  2. Functional Neurons Generated from T Cell-Derived iPSCs for Neurological Disease Modeling.
    Matsumoto T, Fujimori K, Andoh-Noda T, Ando T, Kuzumaki N, Toyoshima M, Tada H, Imaizumi K, Ishikawa M, Yamaguchi R, Isoda M, Zhou Z, Sato S, Kobayashi T, Ohtaka M, Nishimura K, Kurosawa H, Yoshikawa T, Takahashi T, Nakanishi M, Ohyama M, Hattori N, Akamatsu W, Okano H.
    Stem Cell Reports. 2016 Mar 8;6:1-14. doi: 10.1016/j.stemcr.2016.01.010
    http://www.cell.com/stem-cell-reports/abstract/S2213-6711(16)00027-8?rss=yes
左:赤松和土(順天堂大学ゲノム・再生医療センター特任教授)、中央:筆者、右:岡野栄之(生理学教室教授)

左:赤松和土(順天堂大学ゲノム・再生医療センター特任教授)、中央:筆者、右:岡野栄之(生理学教室教授)

最終更新日:2016年3月1日
記事作成日:2016年3月1日

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