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ホーム > 慶應発サイエンス > 脳・脊髄のガン(グリオブラストーマ)に対する新たな分子標的治療戦略 岩波 明生(整形外科助教)

脳・脊髄のガン(グリオブラストーマ)に対する新たな分子標的治療戦略
岩波 明生(整形外科助教)

はじめに

グリオブラストーマ(神経膠芽腫)は脳・脊髄に発生する腫瘍の中でももっとも予後の悪い悪性腫瘍です。原発性脳腫瘍の約10%を占め、WHO分類でもGrade IVと4段階の分類の中でもっとも高い悪性度に分類されています。グリオブラストーマは発症から平均生存期間が約1年であり、5年生存率が約10%と他の臓器のガンと比較しても予後が悪く、難治性です。

グリオブラストーマの治療

手術によってできる限り腫瘍を摘出し、さらに放射線照射と抗がん剤(テモゾロマイドなど)を併用することが一般的な治療法ですが、再発率も高く、再発した場合には有効な治療法はありませんでした。脊髄に限っては、脳への転移・浸潤が生命予後に直結するため、患者さんと十分に相談した上で脊髄離断術を行うことがあります(参考文献1)。(図1参照)

図1.脊髄離断術図1.脊髄離断術

図1.脊髄離断術

離断術を行った場合、約半数の方は生存することができますが、患者さんは両下肢麻痺や膀胱直腸機能障害となり、車いすの生活を余儀なくされてしまいます。離断を行っても、なお増大する場合は離断した側の脊髄を摘出しなければならず、患者さんへの負担は計り知れません。

そのため、現在世界中でグリオブラストーマに対する新しい治療法が望まれてきましたし、研究がなされてきました。2013年には、血管新生を抑制する抗VEGF抗体の投与療法がわが国でも保険診療として認可されました。その他にも、グリオブラストーマの増殖を抑えるために、EGFR, mTOR阻害剤などの投与療法や樹状細胞・ペプチドなどを用いた免疫療法、腫瘍幹細胞を標的とした分子標的療法など、様々な研究が精力的に行われており、その成果が報告されています。

腫瘍抑制因子PMLタンパクへの着目

私たちは、グリオブラストーマの患者さんからの腫瘍組織を用いた解析から腫瘍抑制因子であるPML(Promyelocytic Leukemia)タンパクに着目し、それに対する新しい分子標的療法の開発を目指しています(参考文献2)。

PML(Promyelocytic Leukemia)タンパクは、主に核内に存在する腫瘍抑制タンパクであり、クロマチンの間でPML体を形作り、細胞周期の制御や細胞のアポトーシス、ゲノムの安定性に関与しているとされます。PMLタンパクは腫瘍の形成と関連し、例えば白血病の一種である急性前骨髄球性白血病(APL)では、第15番染色体と第17番染色体の一部が切れて他の部位に付着するという転座により、PML遺伝子とレチノイン酸受容体α遺伝子の融合が起こることからAPLという病気が発症します。悪性リンパ腫、肺小細胞ガンや大腸ガン、乳ガンなどでも、腫瘍組織中のPMLタンパクの発現は著しく低下しています(参考文献3)。このように、PMLタンパクの発現が低下したり、正常に機能しなくなるとガン化すると考えられます。一方グリオブラストーマにおいては、腫瘍組織中のPMLタンパクの発現は約4割の患者さんにおいてむしろ高く発現していることが腫瘍組織を用いた解析から分かりました。同様の結果は、慢性骨髄性白血病(CML)においても報告されています(参考文献4)。(図2参照)

図2.PMLと癌細胞

図2.PMLと癌細胞

次に、グリオブラストーマでEGFR阻害剤あるいはmTOR阻害剤で治療をした患者さんの治療前後の腫瘍組織のPMLタンパク発現を比較すると、興味深いことに多くの患者さんにおいて治療後にPMLタンパクの発現は上昇していました(UCLA病理学教室との共同研究)。そこで、グリオブラストーマの培養細胞株においてPMLタンパクを高発現させてみると、高発現させた細胞では細胞増殖が遅くなると共に、EGFR阻害剤やmTOR阻害剤など抗がん剤に対する薬剤抵抗性が増加していました。

これらのことから、PMLタンパクが細胞増殖や抗がん剤に対する薬剤抵抗性に関係していることが示唆されます。つまり、PMLタンパクが高発現した細胞では、通常の抗がん剤が効かないため、治療後も腫瘍が残存し、やがて再発するのではないかと考えられます。そこで、われわれはこのPMLタンパクをターゲットとした分子標的療法を考えました(参考文献5)。

新しい分子標的療法の発見

亜ヒ酸(As2O3)はPMLタンパクを分解することが分かっています。われわれは、低濃度の亜ヒ酸でグリオブラストーマ細胞中のPMLタンパクの発現を減らすと共に、mTOR阻害剤を投与することで、腫瘍細胞が死滅することを発見しました。この相乗効果はグリオブラストーマの動物モデルにおいても同様にみられ、亜ヒ酸+mTOR阻害剤併用群において腫瘍は大きさが縮小し、腫瘍細胞は死滅していました(参考文献2)。本研究は、CMLに対する亜ヒ酸+抗がん剤の併用療法の有効性(参考文献4)(2008年の本塾血液内科伊藤圭介医師とハーバード大の共同研究成果です)を、固形ガンであるグリオブラストーマに対して応用した初めての報告です。(図3参照)

図3.抗がん剤と亜ヒ酸の併用療法でがん細胞が死滅

図3.抗がん剤のみの治療vs亜ヒ酸との併用療法

グリオブラストーマにおいて、PMLタンパク高発現細胞がいったいどんな細胞集団であるのか、どのようなメカニズムによって薬剤抵抗性を獲得しているのかについては、未解明の部分がたくさんありますが、今後不治といわれた病気に対する新しい治療法の開発を目指して研究を続けていきたいと考えています。

参考文献

1. Cordotomy for patients with thoracic malignant astrocytoma.
Nakamura M, Tsuji O, Fujiyoshi K, Watanabe K, Tsuji T, Ishii K, Matsumoto M, Toyama Y, Chiba K.
J Neurosurg Spine. 2010 Oct;13(4):418-23. doi: 10.3171/2010.4.SPINE09901.
http://thejns.org/doi/abs/10.3171/2010.4.SPINE09901外部リンク

2. PML mediates glioblastoma resistance to mammalian target of rapamycin (mTOR)-targeted therapies.
Iwanami A, Gini B, Zanca C, Matsutani T, Assuncao A, Nael A, Dang J, Yang H, Zhu S, Kohyama J, Kitabayashi I, Cavenee WK, Cloughesy TF, Furnari FB, Nakamura M, Toyama Y, Okano H, Mischel PS.
Proc Natl Acad Sci U S A. 2013 Mar 12;110(11):4339-44. doi: 10.1073/pnas.1217602110. Epub 2013 Feb 25.
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3600508/外部リンク

3. Loss of the tumor suppressor PML in human cancers of multiple histologic origins.
Gurrieri C, Capodieci P, Bernardi R, Scaglioni PP, Nafa K, Rush LJ, Verbel DA, Cordon-Cardo C, Pandolfi PP.
J Natl Cancer Inst. 2004 Feb 18;96(4):269-79.
http://jnci.oxfordjournals.org/content/96/4/269.long外部リンク

4. PML targeting eradicates quiescent leukaemia-initiating cells.
Ito K, Bernardi R, Morotti A, Matsuoka S, Saglio G, Ikeda Y, Rosenblatt J, Avigan DE, Teruya-Feldstein J, Pandolfi PP.
Nature. 2008 Jun 19;453(7198):1072-8. doi: 10.1038/nature07016. Epub 2008 May 11.
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC2712082/外部リンク

5. Arsenic reverses glioblastoma resistance to mTOR-targeted therapies.
Iwanami A, Cloughesy TF, Cavenee WK, Mischel PS.
Cell Cycle. 2013 May 15;12(10):1473-4. doi: 10.4161/cc.24747. Epub 2013 Apr 22.
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3680520/外部リンク

岩波 明生(整形外科助教)

岩波 明生
(整形外科助教)

左から:筆者・岡野栄之(生理学教授)・Paul Mischel(当時UCLA,現UCSD)とご夫人・中村雅也(准教授)

左から:筆者・岡野栄之(生理学教授)・Paul Mischel(当時UCLA,現UCSD)とご夫人・中村雅也(整形外科准教授)

最終更新日:2013年8月7日
記事作成日:2013年8月7日

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