耳硬化症 (otosclerosis)
概要
耳硬化症は伝音難聴(音がうまく伝わらないための難聴)を呈する代表的疾患で、手術によって劇的な聴力改善が期待できる重要な耳の病気の一つです。両側性に(両側の)難聴が徐々に進行することが多く、ある難聴のレベルに達すると日常生活にも大きな支障をきたすことになります。白人に比べて日本人などの有色人種ではその罹患率が低いことから(全ての耳疾患の1%程度)、耳硬化症という疾患名の知名度も低く、正確な診断がなされずに補聴器装用などで対応されていることも少なくありません。
思春期頃に発症することが多く、徐々に進行しながら40歳頃には症状もはっきりしてきます。女性が男性に比べて2倍以上の罹患率を示すことが知られており、妊娠や出産を契機に難聴が進行することが少なくありません。
原因
明らかな原因はまだ分かっていません。何らかの原因により、内耳を守っている骨(内耳骨包)および身体で一番小さな骨であるアブミ骨に生じる限局性、進行性の骨異形成が耳硬化症の本体です。初期には骨が「海綿状変性」と呼ばれる変化をきたし、アブミ骨周囲の骨は一端、脆く軟化しますが、その後、脆くなった骨を治そうとする反応が生じてアブミ骨周囲の病巣が硬化性病変に移行します。この硬化によってアブミ骨の可動性が損なわれ、伝音難聴が進行します。内耳周囲の骨の変化が進むと、内耳機能の低下による感音難聴が進行する可能性もあります。
原因としては、女性が男性に比べて2倍以上の罹患率を示すことや罹患率に人種差があることから、その発症には遺伝的要因が関与していると考えられています。また、麻疹(はしか)の潜伏感染が原因という説もあります。罹患率の男女差には女性ホルモンの影響も考えられています。
症状
主な症状は難聴と耳鳴りですが、障害が内耳に波及するとめまいが生じることもあります。耳硬化症では難聴を訴えて病院を受診する方がほとんどなので、当科の統計では難聴は100%、耳鳴は2/3の67%、耳が塞がったように感じる耳閉塞感が1/3の33%、めまいは約10%の方に見られています。
検査と診断
耳硬化症は臨床的および病理学的に活動型と非活動型に分類されます。一側(片側)ないし両側の伝音難聴として発症した後、徐々に難聴が進行します。耳硬化症の難聴は進行性であり、比較的若年期より発症し、徐々に進行、アブミ骨が完全固着することで伝音難聴は固定します。耳硬化症における難聴の進行率は平均すると2~3dB/年と考えられていますが、個人差が大きく、また左右の耳でも進行の度合いが異なることも多くみられます。さらに内耳性難聴が進行し、時には高度感音難聴まで悪化することがあります。耳硬化症は臨床経過および聴覚検査所見から診断しますが、側頭骨CT検査で「内耳骨包の脱灰像」という特徴的な所見がみられれば、診断はほぼ確定できます。
治療
耳硬化症の治療の基本は、手術(アブミ骨手術)です。耳硬化症ではアブミ骨がうまく動かなくなるために難聴が生じることから、固着したアブミ骨を手術で摘出し、新しいアブミ骨と取り替える手術を行います。手術の成功率は96~88%程度と高く、積極的に手術が勧められますが、補聴器の効果も大きく、難聴の程度や年齢、全身状態などに応じて手術または補聴器を選択する必要があります。
日本人にはまれですが全く聞こえない聾(ろう)まで難聴が悪くなることがあり、この場合は人工内耳を埋め込む手術が必要になります。ベートーベンもこの耳硬化症によって全く聴こえない聾になったといわれていますが、もし当時、人工内耳があったとしたらどのような交響曲10番が作曲されたでしょうか。
手術の実際は、アブミ骨の一部を取り除き、底板という部分に小さな穴(直径約0.6~1.2mm)を開け、人工耳小骨に取り替えます。
慶應義塾大学病院での取り組み
手術の前日に入院して頂き、入院期間は約1週間です。原則として全身麻酔で手術を行い、手術時間は1~2時間です。慶應義塾大学病院では独自に開発したセラミクス人工耳小骨を用いています(図1)。ステンレスワイヤーを使用していませんので、MRIなどの磁気を使った検査も安全に受けられます。挿入した人工耳小骨は一生使えますので、取り換える必要はありません。聴力も、術後15年以上の長きにわたって良好なまま維持されることが確認できています。
当科での年間の手術件数は約30~40件と多く、全国でトップを争う件数です。
図1.独自に開発したセラミクス人工耳小骨
ステンレスワイヤーを使用していませんので、MRI などの磁気を使った検査も安全に受けられ、一生使えます。
さらに詳しく知りたい方へ
文責: 耳鼻咽喉科
最終更新日:2017年3月22日