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腹部外傷

ふくぶがいしょう

概要

われわれが診療する外傷の中で、腹部外傷で亡くなる人の割合は約6.5%(1,486/22,692人 平成22年人口動態統計から)とされています。腹部外傷は頭部や四肢外傷に比べれば頻度が少ないですが重症度が高く、適切な診断および治療が極めて重要な外傷といえます。

腹部外傷の原因として最も多いのは、鈍的外傷です。受傷機転(受傷するに至ったメカニズムあるいは状況)として交通事故と高所からの墜落や転落が大多数を占めます。交通事故には四輪車の乗員、二輪車の乗員、自転車、歩行者等さまざまな形態が存在します。近年は乗用車の安全装備が飛躍的に向上したことと、シートベルト着用義務および飲酒運転禁止が徹底されたことで、致死的な腹部外傷を負うことは非常に少なくなっています。高所からの墜落や転落は2番目の原因となっており、他にも、重量物による圧挫、スポーツ中の外傷、傷害行為によるものがあります。鈍的外傷に対して、鋭利な刃物(ナイフやアイスピックなど)や銃による外傷を鋭的外傷と分類しています。

診断

腹部の臓器は、大きく2種類に分けられます。中身がしっかりと詰まった臓器(実質臓器)と、消化管のような管状の臓器(管腔臓器)の2種類です。実質臓器には、肝臓、腎臓、膵臓、脾臓があり、管腔臓器には、胃、十二指腸、小腸、大腸があります。腹部に強い衝撃が加わると、腹部の実質臓器や管腔臓器にも力が及び、臓器によって生じる損傷のパターンが決まってきます。

腹部内臓からの出血に関しては、まず出血している場所を同定することが重要です。その際に中心的役割を果たすのは、腹部超音波検査と造影剤を用いたCT検査です。腹部超音波検査は、患者さんのベッドサイドで行える、体表から器具を当てるだけの痛みを伴わない検査です。数十秒の検査時間で腹腔内に出血があるかないかを調べることができます。もし出血がある場合は、繰り返し腹部超音波検査を行うことによって、出血が増えてくるかどうかを調べるのにも有用です。しかしこの検査で出血源を同定するのは技術的に難しいため、造影剤を用いたCT検査が必要になります。

CT検査では腹部超音波検査と比較して腹部に限らず全身の検索および評価が可能で、造影剤を用いることによって出血の勢いも描出することができます。現在主流となっているmulti-detector CT(MDCT)は30秒程度の検査時間で、腹部内臓の外傷を詳細に描出することが可能になり、腹部の外傷の診断に大きく貢献しています。

治療

実質臓器損傷の治療

実質臓器は、衝撃によって割れたり、裂けたりすることがあり、ほとんどの場合、損傷部位からの出血を伴います(図1左)。また各々の臓器はいろいろな体液を作っており(肝臓は胆汁、腎臓は尿、膵臓は膵液など)、実質臓器の損傷部分からこれらの体液が腹腔内に漏出することがあります。血液や体液が腹腔内に漏れると腹膜炎を起こして、腹部が痛んだり熱が出たりする原因になります。このような実質臓器の損傷部位からの出血や体液の漏出は、致命傷になり得るので、即時の治療を要します。

治療の中心は出血と体液漏出の制御ですが、手術による外科的治療(operative management)と、手術以外の方法による治療(非手術的治療:non-operative management)があります。実質臓器損傷の手術は、損傷部位からの出血を糸と針を使った縫合により止血したり、体液の漏出部位を修復したりします。組織の損傷が強くて、止血や修復が難しい場合は、損傷部分を部分的に切除します(部分切除術)。できるだけ臓器を残す温存手術が望ましいですが、損傷が著しい場合は、その臓器を全て摘出せざるを得ない場合もあります(全摘術)。また出血量が多い場合は、止血機能が破綻して、血が止まらなくなることもあり、そのような状況下で無理に手術を継続することは命を落とす原因になります。このような場合は、出血を一つ一つ確実に止血することに固執せず、大量の手術用ガーゼで出血部分を圧迫止血したままで手術を一時中断し、集中治療室に入室します。そして止血機能を回復させるためのあらゆる手段(輸血、加温など)を講じてから、再度体勢を立て直して手術を再開するという2段階の手術(ダメージコントロール手術)を行います。

非手術的治療は、超重症以外の外傷患者さんが対象となります。近年は、いろいろな技術を組み合わせて、より重症の患者さんにも応用されるようになってきました。出血の制御に関しては、手術の代わりにカテーテルを用いた方法があります。鼡径部の大腿動脈からカテーテルを出血源近くまで挿入し、カテーテルから止血用の物質(塞栓物質)を注入して、血管を詰めて止血する方法で、経動脈的塞栓術(Transarterial embolization: TAE)と呼ばれます。体液の漏出に関しては、貯留した体液を体外から針を刺して体外に誘導する方法があります。これによって、組織修復を促し、自然に治癒するのを待つ方法で、経皮的穿刺ドレナージ術と呼ばれます。経動脈的塞栓術も経皮的穿刺ドレナージ術も、状況によっては奏効しない場合があるため、その場合は確実な手術による治療に変更します。

管腔臓器損傷の治療

管腔臓器は、衝撃によって内腔の圧力が急上昇し、破裂することがあります(図1右)。その場合、破裂部分から内容物(食物や便)の漏出を伴います。内容物が腹腔内に漏れると、腹膜炎を起こすので、腹痛が起きたり、発熱の原因になり、放置すると致命傷になります。管腔臓器損傷の治療法は、原則として手術です。治療の要点は、損傷部を修復することと、汚染物質を体外に誘導することです。

管腔臓器損傷の手術方法は、損傷部位により異なります。胃損傷や小腸損傷では、破裂部分を縫い合わせたり(縫合術)、挫滅部分を取り除いて再度縫い合わせます(吻合術)。十二指腸損傷や大腸損傷も、破裂部分が小さく、挫滅が少ない場合は、縫合術を行いますが、組織の炎症や挫滅が強い場合は複雑な手術が必要になります。

十二指腸にはファーター乳頭から胆汁と膵液が分泌されています。胆汁と膵液は、蛋白や脂肪の消化酵素として働くために、組織の修復を著しく阻害することになります。よって十二指腸損傷の重症型では、複雑な手術が必要になります。

大腸損傷は腸内容物が糞便であるので、細菌による腹膜炎の影響は最も強くなります。細菌性の腹膜炎は、各種臓器障害を合併する「敗血症」を惹起します。敗血症で血圧が下がった状態(ショック)では、大腸の破裂部分を切除して再度縫い合わせても、縫い合わせたところがうまく治らないことが多く、治らない部分から再度糞便が漏れてさらに腹膜炎が悪化し、それが致命傷になることもあります。この悪循環を断ち切るために、状況によっては破裂した部分を体外に引き出して、その部分を一時的に人工肛門にする場合もあります。まず人工肛門を作る手術を行い、その後体力を回復させ、余力がついたら通常の修復術を行う、という2度に分けた分割手術(二期手術)を行うこともあります。

図1

図1.左:実質臓器損傷(肝損傷の例) 右:管腔臓器損傷(小腸損傷の例)

慶應義塾大学病院での取り組み

われわれの施設では、腹部外傷に対していくつかのチャレンジを行っています。その柱は、1. 痛みや負担が少ない治療 と 2. 最先端の知識と技術 による治療です。

  1. 痛みや負担が少ない治療
    比較的軽症から中等症の患者さんに対しては、様々な技術を組み合わせて、手術をしない方法で確実に治すこと(非手術的治療)を実践しています。近年では、実質臓器損傷(肝、脾、腎損傷)の大部分にカテーテル治療(TAE)を応用した非手術的治療を放射線診断科と協同で行っており、本治療法の限界をふまえた上で、良好な治療成績を得ています。また手術を要する患者さんであっても、傷や痛みの少ない手術方法として腹腔鏡を用いた手術(腹腔鏡下あるいは腹腔鏡補助下手術)を一般消化器外科と協同して積極的に行っています。
  2. 最先端の知識と技術による安全な治療
    一方で重症の患者さんに対しては、救命することを第一に考え、適切な診断・治療法を迅速的確に行っています。いち早く正確な診断と治療を行うために、高性能のCT検査や、最新の輸液・輸血法、新たな手術法を導入し、生命危機に瀕している患者さんの状況に合わせて、集学的治療(ダメージコントロール手術、カテーテル治療など)を行っています。一人でも多くの命を救うためにわれわれは日々努力を重ねています。

文責: 救急科外部リンク
最終更新日:2017年3月23日

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