研究の背景
神経線維腫症2型(NF2-related schwannomatosis: 以下、NF2)は、両側性前庭神経鞘腫をはじめ多発する神経鞘腫を有する遺伝性疾患です。NF2の責任遺伝子は第22染色体長腕22q12に存在し、腫瘍抑制因子として働くmerlinというタンパク質をコードする遺伝子に異常が生じるために発症します。極めて難治性の希少疾患で、発生率は33,000人に1人で、多くは10~20歳代の若年より聴力が障害され、良性疾患ですが、腫瘍による脳幹の圧迫などにより、予後が厳しい症例も多く報告されています(文献1、2)。無数に神経鞘腫を生じ、髄膜腫や上衣腫等のほかの腫瘍も併発します(図1)。手術では神経損傷の可能性が高く、多発腫瘍に対して積極的に行うことはできません。放射線治療は一定の成績を示していますが、サイズが大きい腫瘍には適さず、かつ多発腫瘍を制御することは困難で、一部では悪性転化のリスクも報告されています(文献1)。
図1.NF2患者さんに多発する腫瘍
近年、NF2の神経鞘腫は血管新生因子である血管内皮増殖因子(vascular endothelial growth factor, VEGF-A)を高発現しており、その分子標的薬であるベバシズマブの有効性が示されました。ベバシズマブを投与すると、VEGFとVEGF受容体(VEGFR)との結合が阻害され、腫瘍の血管新生が抑制されます。一方、この薬剤は2~3週間に1度の継続投与が必要です。
研究の概要
我々は、NF2の神経鞘腫では、血管内皮細胞のみならず腫瘍細胞にVEGFRが高発現していることから(文献3)、VEGFRを標的とするペプチドワクチンの開発に着手しました。本治療法はVEGFR抗原由来のヒト白血球抗原(HLA)結合性ペプチドをワクチンとして投与することにより、細胞障害性T細胞(cytotoxic T lymphocyte, CTL)を活性化し、抗腫瘍効果を発揮します(図2)。ワクチンによって誘導されたCTLは、VEGFRを発現している標的細胞(腫瘍や腫瘍を栄養する血管および腫瘍の成長を助ける細胞など)を破壊し、さらに、誘導されたCTLは体内で維持されるため、長期効果が期待されます。副作用も比較的少なく、若年から多発性の良性腫瘍を有するNF2の患者さんに適した治療法と考えられます。
図2.VEGFRペプチドワクチンの治療メカニズム
今回、探索的臨床試験「進行性神経鞘腫を有するNF2に対するVEGFR1/2ペプチドワクチンの第Ⅰ/Ⅱ相臨床試験」においてペプチドワクチン投与が終了した16例において、本ワクチンに関連する重篤な合併症はなく、VEGFR特異的なCTLが良好に誘導され、多くの患者さんで腫瘍増大が制御されました(文献4)。今後、プラセボ群を対照とした多施設共同無作為化二重盲検比較試験を行い、保険承認を目指します。HLA結合性ペプチドを用いた本ワクチンは、特定のHLA型の患者さんに対して効力を発揮します。HLAは、赤血球を除くほぼすべての細胞表面に存在し、免疫システムが「自己」と「非自己」を区別するために機能します。A、B、C、DR、DQ、DPなど多くの抗原の組み合わせで構成され、組み合わせは数万通りといわれます。日本人に最も多いHLA-A型はA*24:02であり、医師主導治験は、まずHLA-A*2402型の患者さんに行い、さらに適応拡大していく予定です。
NF2は希少疾患であり、治療薬開発に焦点が当てられる機会は多くありません。難治性NF2の患者さんに、一刻も早く新しい治療薬を届けられるよう、より一層尽力してまいります。また、NF2の患者さんは個人によって様々な症状を来します。日々の診療の中で、NF2の患者さんの生活の質(Quality of life)の向上を常に目指し、患者さんごとに合った最善の治療方針を提案できるよう、引き続き研究を重ねてまいります。
謝辞:慶應義塾との共同研究において、CTL解析していただいたオンコセラピー・サイエンス社に感謝いたします。
参考文献
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最終更新日:2024年11月1日
記事作成日:2024年11月1日