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汗の乳酸を測定するバイオセンサの低酸素トレーニングでの活用 勝俣良紀、岩澤佑治(スポーツ医学総合センター) 大川原洋樹(整形外科) 中島大輔(整形外科、久光製薬運動器生体工学寄付研究講座)

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研究の背景と概要

運動は万病の薬といわれ、病気の有無に関わらず健康を維持するために重要です。近年、低酸素トレーニング(注1)が、より低負荷で効率的なトレーニングができると認識され、都市部を中心に、トレーニングジム等にも低酸素環境のトレーニング室が併設されるようになってきています。しかし、低酸素トレーニングでどの程度の強さで運動をすべきかについては、その効果判定・運動負荷の指標である嫌気性代謝閾値(Anaerobic Threshold:AT)(注2)を測定する必要がありますが、一般的には難しいとされています。ATを求めるには、高額で大掛かりな呼気ガス分析装置が必要で、さらに解析には専門的な知識を要するためです。そのため、広くスポーツジムなどに適用することが可能な、より簡便なAT指標の計測手法の開発が必要とされてきました。

これまで、私たち慶應義塾大学では、株式会社グレースイメージングと共同で、運動中の汗の乳酸値を簡便かつ精度よく測定できる、軽量で簡易的なウェアラブル汗乳酸センサを開発してきました(図1)。徐々に負荷量が大きくなる運動中に、そのセンサをつけることで、簡単にATを求めることができること(汗乳酸性閾値(Sweat Lactate Threshold:sLT)といいます)を、健康な方や心臓に病気を持つ患者さんで証明してきました。そこで、私たちは、このATの新たな指標として、常酸素環境下では妥当性が認められたsLTの計測手法を低酸素環境へ応用し、その評価手法の有用性を検証しました。

図1.汗乳酸センサ

図1.汗乳酸センサ
(参考文献1 Sci Rep 2021 Mar 2;11(1):4929. より引用)

研究の成果と意義

20名の運動習慣を持つ健常大学生を対象に、低酸素環境下(酸素濃度15.4±0.8%、高度2,500mに相当)で漸増運動負荷試験中の汗乳酸値の変化を、ウェアラブル汗乳酸計測機を用いてリアルタイムに評価しました(動画)。この運動中の汗乳酸値の変化から、独立した3名の評価者の値が急増する変曲点をそれぞれsLTとして規定しました。加えて、そのうちの1名は、期間をあけて2回目の規定も行いました。その結果、sLTを決定することは、どの評価者でも、また何度やっても、概ね一致していたことが分かりました(高い検者間信頼性(級内相関係数 ICC = 0.782:注3)と検者内信頼性(ICC = 0.933))。また、同時に計測し規定した元々スタンダードな方法であるATと、sLTは、ほとんど誤差がないことが分かりました(VTに対する誤差平均秒数が-15.5秒で、強い相関関係(相関係数 r = 0.70)を認めた)(図2)。以上の結果からは、低酸素環境においても、徐々に負荷量が上がっていく漸増負荷運動中に計測した汗乳酸値から求めるsLTが、優れた信頼性・妥当性を有したATの評価指標であることが確認されました。


図2.低酸素環境での汗乳酸センサを用いた嫌気性代謝閾値測定の信頼性

図2.低酸素環境での汗乳酸センサを用いた嫌気性代謝閾値測定の信頼性
(参考文献2 Sci Rep 2023 Dec 21;13(1):22865. より引用)
ICC:intraclass correlation coefficients(級内相関係数)、bLT:blood lactate threshold(血中乳酸性閾値)、VT:ventilation threshold(換気性作業閾値)、VCO2:carbon dioxide output(二酸化炭素排泄量)、VO2:oxygen consumption(酸素摂取量)、sLT:sweat lactate threshold(汗乳酸性閾値)、FiO2:fraction of inspired oxygen(吸気酸素濃度比)

今後の展開

近年、低酸素トレーニングはスポーツ分野だけにとどまらず、糖尿病、心血管疾患、高血圧、肥満、加齢性疾患などを対象とした、健康増進や疾病予防・治療のための新たな戦略として注目されつつあります。低酸素環境下での運動に簡便に実施可能な汗乳酸値計測に基づくsLT評価を組み合わせることで、個別性に応じた適切な低酸素トレーニング環境を提供し、疾病予防や治療、スポーツパフォーマンスの向上など、多様なニーズに応える新たな運動戦略の立案に寄与していくことが期待されます。

【用語解説】

(注1)低酸素トレーニング
大気中の酸素濃度が低い高地でのトレーニングのみならず、昨今では酸素濃度を調整したテント型のブースやトレーニングルームでのトレーニング、吸入酸素濃度を下げた状態で運動可能なマスク型のデバイスなどを用いたトレーニングなどを含む。

(注2)嫌気性代謝閾値
ヒトは運動時に使用するエネルギーの生成経路を運動負荷の大きさによって変えるが、その変化点となる運動負荷となるポイントを指す。スポーツ愛好家から循環器系疾患を患う方まで、広くその人の個別の運動耐久性の指標とされている。

(注3)ICC
Intraclass Correlation Coefficientsの略。連続変数で結果を表す検査に対して、複数の結果間の近似度を示し、主に複数の検査者で検査した結果間の近似度を示す検者間信頼性と、同一検査者が複数回検査した結果間の近似度を示す検者内信頼性の評価指標として算出される。0から1の値をとり、1に近いほど、近似度が高いことを示す。

参考文献

  1. A novel device for detecting anaerobic threshold using sweat lactate during exercise.
    Seki Y, Nakashima D, Shiraishi Y, Ryuzaki T, Ikura H, Miura K, Suzuki M, Watanabe T, Nagura T, Matsumato M, Nakamura M, Sato K, Fukuda K, Katsumata Y.
    Sci Rep. 2021 Mar 2;11(1):4929. doi: 10.1038/s41598-021-84381-9.
  2. Anaerobic threshold using sweat lactate sensor under hypoxia.
    Okawara H, Iwasawa Y, Sawada T, Sugai K, Daigo K, Seki Y, Ichihara G, Nakashima D, Sano M, Nakamura M, Sato K, Fukuda K, Katsumata Y.
    Sci Rep. 2023 Dec 21;13(1):22865. doi: 10.1038/s41598-023-49369-7.

左より:責任著者の勝俣良紀(スポーツ医学総合センター専任講師)、筆頭著者の大川原洋樹(整形外科学教室特任助教)、筆頭著者の岩澤佑治(スポーツ医学総合センター助教、同センター大学院生)、責任著者の中島大輔(整形外科学教室助教、現在久光製薬運動器生体工学寄付研究講座特任助教)

最終更新日:2024年6月3日
記事作成日:2024年6月3日

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