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iPS細胞はそのヒトを映す「鏡」―筋萎縮性側索硬化症(ALS)の克服に向けて― 森本悟、岡野栄之(生理学教室)

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筋萎縮性側索硬化症(ALS)とは?

ALSは、日本の「難病の患者に対する医療等に関する法律」において、「難病」指定を受けている不治の神経疾患の一つで、脊髄運動ニューロン(身体の筋肉を動かすための神経細胞)の障害による筋肉の萎縮と筋力の低下を特徴とする進行性の病気です。歩行困難、言語障害、嚥下障害および呼吸障害などの症状があり、本人の意識や知覚が正常であるにも関わらず、生活やコミュニケーションの自由が阻害されるため、生活の質(Quality of Life:QOL)は著しく低下します。また、経過には個人差があるものの、病気の発症から死亡ないし人工呼吸器装着までの期間(中央値)は3~4年であると想定されています(日本神経学会:筋萎縮性側索硬化症診療ガイドライン2023)。

これまでの研究から、ALSの原因としては、病気の発症後に生じる神経突起(神経が他の細胞や筋肉に伸ばしている手)の短縮、ミトコンドリア機能の障害、異常なタンパク質の蓄積、細胞にダメージを与える酸化ストレスの亢進、神経の過剰な興奮によるダメージ、神経の炎症増加、アポトーシス(神経の細胞死)の亢進といった一連の異常が推測されています。また、ALSの実験モデルとしてALSの原因遺伝子をもったマウスなどが多く用いられてきましたが、実際のヒトの病態を十分に再現したモデルはいまだ存在しません。

iPS細胞を使ったALS治療薬候補の発見

そこで、慶應義塾大学医学部生理学教室では、2016年にヒトiPS細胞(ヒトの細胞から人工的に作り出した、様々な細胞に変化できる未熟な細胞)を用いたヒト脊髄運動ニューロンの作製、および優れた治療薬の探索を目的とした実験手法を開発しました。これらを用いて、健康なヒト、およびALS患者さん由来の血液細胞から作ったiPS細胞を使って脊髄運動ニューロンを作製し、すでに薬としてアメリカで使用されている1,232種類の薬の中からALSの改善が期待できる候補薬を9種類選び出しました(既存薬スクリーニング)。その中でも、脳や脊髄の中にきちんと行き届くかどうかや、副作用を含む安全性などを考慮したうえで、ロピニロール塩酸塩(ロピニロール)というすでにパーキンソン病(動きが遅くなったり、身体が硬くなったり、手足が震えたりする神経の難病)の治療薬として販売されている薬がALSの治療に最も適していることを突き止めました。この細胞を用いた研究から、ALS患者さんのうち約70%にも効果がある可能性が示されました。

上記のiPS細胞を用いた研究結果から、トランスレーショナルリサーチ(ALS患者さんに対するロピニロールという薬の安全性と有効性を確かめるための、iPS細胞を使って薬の評価を行う全く新しいスタイルの薬の開発方法に基づいた医師主導治験(医師が主体となって行う、患者さん対象の薬の試験))ならびにリバース・トランスレーショナルリサーチ(ヒトの血液や髄液といったサンプルや、試験に参加した患者さんのiPS細胞を使った研究)という2つの試験(研究)を並行して実施しました(Ropinirole Hydrochloride Remedy for Amyotrophic Lateral Sclerosis:ROPALS試験)(図1)。

図1.臨床基礎一体となった双方向研究としてのROPALS試験

図1.臨床基礎一体となった双方向研究としてのROPALS試験

ALSに対するロピニロールの効果とiPS細胞モデルの真価

ROPALS試験(医師主導治験:トランスレーショナルリサーチ)-ロピニロールはALS患者さんに安全に使用でき、病気の進行を遅らせる可能性-

13名の患者さんにロピニロール、7名の患者さんにプラセボ(薬としての効果がない偽物の薬)を6か月間服用してもらい、その後の6か月間は患者さん全員にロピニロールを服用してもらいました。すべての患者さんが、設定した薬の最大用量(16mg)を服用することができ、薬の悪影響による内服の中止はありませんでした。したがって、ALS患者さんに対してロピニロールが安全に使用できることを確認しました。

また、ALSに対するロピニロールの効果については、12か月の全試験期間を対象とした場合、ALS症状の重さを表すALSFRS-Rスコアを用いて確認したところ、ロピニロールが運動症状の進行を遅らせる可能性が示されました。さらに、死亡または一定の病気の進行までの期間を生存期間として検討した結果、計1年間の試験期間中に、ロピニロール群では病気の進行を27.9週間(約7か月)遅らせる可能性があることが分かりました。これは、ALS発症から亡くなるまでの期間が平均約3~4年である患者さんにとって、とても大きな意味をもつと考えられます。さらに、大規模なALS患者さん情報の国際的データベース(医療ビッグデータ)を活用し、ALS患者さんに対するロピニロールの有効性を確認しました。

ROPALS試験(基礎研究:リバース・トランスレーショナルリサーチ)-iPS細胞モデルはヒトの症状や薬の効果も模倣する-

さらにこの試験では、患者さんから血液や髄液といった体液を採取し、ロピニロールの効果あるいは病気の進行をとらえるマーカーとして、髄液中ニューロフィラメント軽鎖(NfL)あるいは過酸化脂質を見出しました。また、ヒトへ薬を投与する試験と並行して、患者さん全員からiPS細胞/運動ニューロンを作り、ロピニロールの効果を調べました。すると、患者さんの運動ニューロンは健康なヒトのものと比べて病弱で、ロピニロール投与により元気になることが分かりました。驚くべきことに、iPS細胞から作った運動ニューロンにおいてロピニロールの効果が高かった患者さんでは、臨床試験での効果がより高いことが臨床研究データとの相関から明らかとなり、iPS細胞が薬の効果を予測するマーカーとなり得る可能性が示されました。さらにはロピニロールが、ニューロン内のコレステロールの合成を抑えることによってALSに効いていることが分かりました。

ALSの克服に向けて

以上の通り、iPS細胞(から作製した細胞)はALS患者さんの病気の状態をよく反映し、薬の効果についても、この医師主導治験の結果からALS患者さん自身への効果を真似ることが分かりました。これはまさにiPS細胞がそのヒトを映す「鏡」であり、病気のモデルや薬を開発するために、非常に有用な研究対象であることを表しています(図2)。今回の研究では、ALS患者さんに対するロピニロールの安全性ならびに効果も示されました。

図2.iPS細胞はそのヒトの病気の状態を表わす鏡

図2.iPS細胞はそのヒトの病気の状態を表わす鏡

これらの研究結果をもって一日でも早く、この難病中の難病に苦しまれているALS患者さんに新たな治療選択肢を届けられるよう、本研究グループは貢献して参ります。

参考文献

Phase 1/2a clinical trial in ALS with ropinirole, a drug candidate identified by iPSC drug discovery.
Morimoto S, Takahashi S, Ito D, Daté Y, Okada K, Kato C, Nakamura S, Ozawa F, Chyi CM, Nishiyama A, Suzuki N, Fujimori K, Kondo T, Takao M, Hirai M, Kabe Y, Suematsu M, Jinzaki M, Aoki M, Fujiki Y, Sato Y, Suzuki N, Nakahara J; Pooled Resource Open-Access ALS Clinical Trials Consortium; Okano H.
Cell Stem Cell. 2023 Jun 1;30(6):766-780.e9. doi: 10.1016/j.stem.2023.04.017.

左より:共同筆頭著者の高橋慎一(生理学教室特任教授)、岡野栄之(同教室教授)、森本悟(同教室助教)

左より:共同筆頭著者の高橋慎一(生理学教室特任教授)、責任著者の岡野栄之(同教室教授)、筆頭著者の森本悟(同教室助教)。

最終更新日:2023年11月1日
記事作成日:2023年11月1日

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