研究の背景と概要
大腸は水分やミネラルの吸収を行う臓器であるとともに、腸内細菌叢や食物抗原などに対する感染防御の第一線を担っています。しかし大腸において免疫反応が過剰になると、持続性・反復性の下痢、粘血便、腹痛を主症状とした大腸の慢性炎症(潰瘍性大腸炎)を引き起こします。なぜ潰瘍性大腸炎が起きるのか原因は不明ですが、炎症を誘導する悪玉細胞と炎症を抑え込む善玉細胞(制御性T細胞:regulatory T cell:Treg)のバランスが崩れるためと考えられます。
これまで潰瘍性大腸炎への治療法としては、悪玉細胞から出される炎症をさらに加速する物質を減らす治療法が主に開発されてきました。しかし逆に、善玉細胞を集める治療法は開発されていません。そこで私たちは、古くから中国の民間療法で様々な慢性炎症に使用されてきた『青黛(せいたい)(indigo naturalis:IN)』に注目しました。INはジーンズの染料となる藍の葉を発酵させてできるものです(図1)。
図1.炎症の抑制に対しての西洋薬と生薬(青黛)の違い(概念図)
方法と結果
以前の研究で、ヒトの潰瘍性大腸炎に対してもINの内服が一定の割合で効果を発揮することが示されていました。そこで本研究では、まずマウスにおいてINの投与を行い、INが大腸の炎症を抑えることを実証しました。大腸の中の細胞を調べた結果、炎症を抑え込む善玉細胞とされるTregが大幅に増加し、さらにその増えたTregは大腸の上皮細胞の真下に多く存在していることがわかりました(図2)。
図2.青黛における炎症を抑える細胞の腸管への誘導
INの中には、生体内の様々な細胞に存在する芳香属炭化水素受容体(Aryl hydrocarbon receptor:AhR)というセンサーに信号を伝えることで細胞が健全な状態を保つことができる物質が多く含まれていることがわかりました。このAhRに結合する物質(AhRリガンド)の中には外来物質としては危険なダイオキシンなどもありますが、普段私たちが食事で摂るブロッコリーを始めとした緑黄色野菜の代謝物にも多く含まれており、細胞を健全に保つために重要な物質であることがわかってきています。私たちの研究で、INは大腸の上皮細胞にこのAhRを介して信号を伝え炎症を抑え込み、善玉細胞を腸の上皮細胞の近くに集めることで腸の炎症を抑制することが示されました。
さらに、実際にINを内服している潰瘍性大腸炎の患者さんに内視鏡検査を施行し直腸粘膜の浅い層から組織を採取すると、善玉細胞であるTregが上皮の真下に増加していることがわかりました。
研究の成果と意義・今後の展開
『青黛』が大腸の炎症になぜ効くのかが今まで不明であった中、これまでの西洋の薬(悪玉の細胞を抑え込む)とは違った形(善玉の細胞を集める)で炎症を抑えることを発見しました。この方法を応用することで善玉細胞を特定の組織に集めることができれば、新しい薬剤の開発につながります。現在のところ『青黛』には様々な副作用があることも知られており、副作用の少ない薬剤を開発することを目標として、日夜研究を進めています。
参考文献
Aryl hydrocarbon receptor signals in epithelial cells govern the recruitment and location of Helios+ Tregs in the gut.
Yoshimatsu Y, Sujino T, Miyamoto K, Harada Y, Tanemoto S, Ono K, Umeda S, Yoshida K, Teratani T, Suzuki T, Mikami Y, Nakamoto N, Sasaki N, Takabayashi K, Hosoe N, Ogata H, Sawada K, Imamura T, Yoshimura A, Kanai T.
Cell Rep. 2022 May 10;39(6):110773. doi: 10.1016/j.celrep.2022.110773.
左より:筋野智久(内視鏡センター専任講師)、吉松裕介(医学部特任助教)
最終更新日:2022年11月1日
記事作成日:2022年11月1日