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原因不明の重症新生児に対する迅速な網羅的遺伝子解析 武内俊樹(小児科)

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背景と概要

国連児童基金(UNICEF)によれば、日本の新生児死亡率は極めて低く、特に、早産児の医療は世界最高水準といわれています。しかし、新生児集中治療室(注1)に入院する重症新生児の約1割は、希少遺伝性疾患が原因とされ、その克服が課題になっています。一般に、患者数の少ない疾患は、熟練した医師であってもその原因の特定が難しく、最終的な診断にたどり着くために多くの検査が必要になります。しかし、新生児は体が小さいため、多くの検査を行うことができず、自ら細かい症状を訴えることもできません。さらに、体の余力が少なく、症状が進行するスピードも速いので、救命するためには、原因を早く特定し、最も効果的な治療を行う必要があります。

本研究では、新生児科医とゲノム研究者からなる全国チームが、8都府県にある17の高度周産期医療センターからなるネットワークを作り上げました。そして、そのネットワークに属する医療機関において、2019年4月から2021年3月までの2年間で、新生児集中治療室に入院するほど重症で、熟練した新生児科医のチームをもってしても従来の検査法では原因を決めることができなかった85名の新生児に対して、ゲノム解析という新しい方法で遺伝子を調べることにより、原因の究明を試みました。

研究の成果と意義

まず、新生児から1 ccほど採血し、人体の成り立ちを決めているDNA(注2)を血液から取り出しました。DNAは、30億個の塩基(四種あり、A, T, G, Cで表す)が連続したとても複雑な構造をしています。そこで、次世代シーケンサー(注3)という最新の分析機器と超高速のコンピュータを組み合わせることで、DNAの持つ30億個の「文字(A, T, G, C)」すべてを短期間で解読できるようにしました。なお、検査の必要性については、検査を行う前に、新生児の親に十分に時間をかけて説明を行いました。本研究の結果、85名のうち、約半数(41名)で病気の原因を特定することができました。その大半は、30億個あるDNAの文字のうち、わずか1つないし2つの文字が、別の文字に書き換わったことが原因でした。

図1.DNAの30億文字のうち、たった一文字の変化によって、極めて重い症状の生まれつきの病気になりうる。

図1
DNAの30億文字のうち、たった一文字の変化によって、極めて重い症状の生まれつきの病気になりうる。

図2.85名の重症新生児にゲノム解析を行ったところ、約半数が生まれつきの遺伝性疾患にかかっていることが判明した。結果が判明したうちの約半数で検査や治療方針が変更された。

図2
85名の重症新生児にゲノム解析を行ったところ、約半数が生まれつきの遺伝性疾患にかかっていることが判明した。結果が判明したうちの約半数で検査や治療方針が変更された。

また、原因が特定できた41名のうち、約半数(20名)では、診断結果をもとに検査や治療方針が変更されました。具体的には、筋肉や皮膚の一部を切り取って調べる検査(筋生検・皮膚生検)を受けずに済んだり、効果の高い薬を使うことができたり、臓器移植によって救命できる可能性が分かったりしました。今回の研究で実際に診断のついた中に、生まれたときから腸が詰まり、栄養を取るのが難しかった新生児がいました。体重が増えず、肝臓の機能も低下しました。様々な検査を行っても原因が分かりませんでした。本研究でこの新生児のDNAを調べたところ、細胞の内外に電解質を出し入れする力が弱く、腸や気道が粘り気の強い分泌液で詰まりやすくなる「嚢胞性線維症(のうほうせいせんいしょう)」という稀な疾患であることが分かりました。消化を助ける薬を始めたところ、体重が増えるようになりました。このように新生児医療において、ヒトDNAの30億個の文字を解読するという新しい医療技術が極めて有用であることが分かりました。なお、この解析法は、健常な新生児に広く行われている先天性代謝異常等検査(注4)とは全く異なるものです。

今後の展望

近年、高度医療のデジタル化が進んでいます。現在は、限られた医療施設でのみゲノム解析を行っていますが、原因不明の重症新生児がいた場合には、デジタル技術を使って、遠隔地からでも研究に参加できるようにする予定です。米国、英国、豪州などでは、これまで研究室での研究にのみ用いられてきたゲノム解析の技術を、社会の中で最も弱い立場にある新生児の診断と治療に活かす取り組みが進んでいます。今回の研究成果も、このような国際的な取り組みの一翼を担うものです。我が国においても、将来的には、重症の新生児が、日本中のどこにいてもゲノム解析の恩恵を受けられるように、通常の保険診療の中でも使えるようにしたいと考えています。また、ゲノム解析にかかる時間を短縮して、できるだけ早く診断結果を届けられるようにしていきたいと考えています。

【用語解説】

(注1)新生児集中治療室
人工呼吸器、保育器、呼吸心拍モニターなどが備えられ、予定日よりも早く生まれた、生まれつき体が非常に小さい、あるいは生まれつき症状の重い新生児に対して、24時間体制で高度な集中治療を行うことが可能な場所。

(注2)DNA
人体の設計図としての役割と、親から子への体質の継承(これを遺伝という)を担う化学物質で、すべてのヒトが持っている。ヒトの場合、A, T, G, Cで表す四種類の塩基が鎖状につながったものである。人間の体は、約60兆個の細胞から成り立っているが、その細胞の一つ一つにこれらの文字は約30億個入っている。新型コロナウイルスの文字数(RNA)は3万程度のため、ヒトの文字数(DNA)はその約10万倍多いことになる。

(注3)次世代シーケンサー
ヒトのDNAの30億文字列を正確に解読することができる最新の分析機器で、医療分野に変革をもたらしている。

(注4)先天性代謝異常等検査
新生児に対して、生まれつきの病気(20疾患)を持っていないかを確認する血液検査。検査の時点で症状のない健康な新生児であっても、将来症状が出てくる前に早期に発見して診断・治療につなげることを目的として行われている。

参考文献

Genome Analysis in Sick Neonates and Infants: High-yield Phenotypes and Contribution of Small Copy Number Variations.
Suzuki H, Nozaki M, Yoshihashi H, Imagawa K, Kajikawa D, Yamada M, Yamaguchi Y, Morisada N, Eguchi M, Ohashi S, Ninomiya S, Seto T, Tokutomi T, Hida M, Toyoshima K, Kondo M, Inui A, Kurosawa K, Kosaki R, Ito Y, Okamoto N, Kosaki K, Takenouchi T.
J Pediatr. 2022 May;244:38-48.e1. doi: 10.1016/j.jpeds.2022.01.033.

最終更新日:2022年6月1日
記事作成日:2022年6月1日

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