慶應義塾大学病院KOMPAS

HOME

検索

キーワードで探す

閉じる

検索

お探しの病名、検査法、手技などを入れて右のボタンを押してください。。

オラネキシジンによる消毒で⼿術部位感染を半減
竹内優志、尾原秀明(一般・消化器外科)

戻る

一覧

研究の背景

手術部位感染は、手術操作が直接加わった部位にみられる感染で、最も頻度の高い術後合併症の1つであり、あらゆる手術に起こり得ます。術後の傷の感染(創感染)や術後にお腹の中に膿が溜まった状態(腹腔内膿瘍)などが含まれ、術後死亡の重要な原因となり、入院期間の延長や整容性にも影響し、医療費の増大にも繋がり、米国では手術部位感染によって生じる医療費の損失は年間100億ドル、国内でも手術部位感染の治療に1人当たり30万円以上の医療資源が使われているともいわれております。特に、胃がんや大腸がん、肝細胞がんといった消化器外科領域の手術では、約10人に1人が手術部位感染を認めると報告されております。その中で、手術直前に切開部位に塗布する外皮用消毒薬は、手術部位感染の予防策としてとても重要な役割を担っています。消毒薬にはアルコール系消毒薬やヨウ素系消毒薬などがありますが、アルコール系消毒薬の使用は医薬品医療機器総合機構からも、電気メスの使用による引火の危険性が強く注意喚起されていることから、これまで国内では半世紀以上もの間、手術部位消毒薬として主にヨウ素系消毒薬が用いられてきました。

国産品であるオラネキシジン(Olanexidine)消毒薬(図1)は、2015年に株式会社大塚製薬工場 (Otsuka Pharmaceutical Factory, Inc.)から発売されたオラネキシジングルコン酸塩を有効成分とする新規ビグアナイド系殺菌消毒薬であり、薬効薬理試験や動物実験の結果、一般細菌だけではなく、MRSA、VRE、緑膿菌、更にはセラチア菌、セパシア菌といった、従来の消毒薬に抵抗性を示す細菌に対しても強い殺菌力と速効性を有することが確認されております。しかしながら、従来の消毒薬との科学的な比較検討はなされておらず、また、製造元の大塚製薬工場による企業主導の臨床試験の予定もなかったことから、今回我々は独自に医師主導の前向き無作為化比較試験を計画し、実施いたしました。

研究の概要

本研究は、慶應義塾大学およびその関連施設の4施設合同で行われました。消化器外科領域(食道、胃、十二指腸、小腸、大腸、肝臓、胆道、膵臓)の疾患で、全身麻酔手術が施行される20歳以上の患者を無作為に2群に分け、一方は術直前に手術部位消毒薬としてオラネキシジン消毒薬を用い、他方はヨウ素系消毒薬である10%ポビドンヨード消毒薬を用いて手術を行いました(図2)。 2018年6月から 2019年4月までの間に597名の患者が登録されました。主な評価項目は手術後30日間の手術部位感染の有無とし、副次的な評価項目として手術後30日間の表層切開創手術部位感染、深層切開創手術部位感染、臓器/体腔手術部位感染の有無や創部培養陽性率およびその菌種、副作用率を評価しました。 登録された 597名において、587名が解析の対象となり、294名がオラネキシジン消毒薬投与群、293名が ヨウ素系消毒薬投与群に割り付けられました。主要評価項目である手術後30日間の手術部位感染発生数は、従来のヨウ素系消毒薬投与群で39例(13.3%)でしたが、オラネキシジン消毒薬投与群では19例(6.5%)と、手術部位感染率が半減しました(図3)。また、表層切開創における手術部位感染率についても、ヨウ素系消毒薬投与群では13例(4.4%)でしたが、オラネキシジン消毒薬投与群では4例(1.3%)と、こちらもオラネキシジン使用により有意な減少を認めました。さらに、オラネキシジンは安全性でも新たな問題は指摘されませんでした。

図1-1. オラネキシジン消毒薬

図1-1. オラネキシジン消毒薬


図1-2. オラネキシジン消毒薬の塗布 (左:塗布前 右:塗布後)

図1-2. オラネキシジン消毒薬の塗布 (左:塗布前 右:塗布後)
本消毒薬は無色透明だが、消毒時に泡立つので消毒範囲が容易にわかる


図2. 多施設共同前向き無作為化比較試験

図2. 多施設共同前向き無作為化比較試験

今後の展望

本研究は、新規手術部位消毒薬であるオラネキシジン消毒薬により、従来用いられているヨウ素系消毒薬と比較して有意に手術部位感染が減少することを明らかにしました。手術部位消毒は簡便に導入できる手術部位感染予防策であり、消化器外科領域のみならず、産婦人科領域や整形外科、心臓血管外科領域など幅広い領域の手術において有効であると考えられます。手術部位感染にはすでに多くの予防策が試みられていますが、外皮用消毒薬をオラネジンに変更するのみという、低コストかつ簡便な方法で手術部位感染を最小限に抑えることが可能となります。この研究成果は消化器外科領域のみならず、あらゆる領域の手術や医療処置に応用可能で、医療現場で多くの患者さんに役立つことが期待されます。

図3. 手術部位感染に対する有効性の比較

図3. 手術部位感染に対する有効性の比較

参考文献

Aqueous olanexidine versus aqueous povidone-iodine for surgical skin antisepsis on the incidence of surgical site infections after clean-contaminated surgery: a multicentre, prospective, blinded-endpoint, randomised controlled trial
Obara, H., Takeuchi, M., Kawakubo, H., Shinoda, M., Okabayashi, K., Hayashi, K., Sekimoto, Y., Maeda, Y., Kondo, T., Sato, Y., and Kitagawa, Y.
Lancet Infect Dis. 2020;S1473-3099(20)30225-5. doi:10.1016/S1473-3099(20)30225-5. [published online ahead of print, 2020 Jun 15].

左より:竹内優志(一般・消化器外科助教)、尾原秀明(同准教授)

最終更新日:2020年9月1日
記事作成日:2020年9月1日

ページTOP