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神経線維腫症2型(NF2)に対する初の免疫療法
田村亮太、戸田正博(脳神経外科)

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研究の背景

神経線維腫症2型(neurofibromatosis type 2, NF2)は、両側性前庭神経鞘腫を主徴とする遺伝性疾患です。NF2の責任遺伝子は第22染色体長腕22q12に存在し、腫瘍抑制因子として働くmerlinというタンパク質をコードする遺伝子に異常が生じるために発症します。極めて難治性の希少疾患で、発生率は33,000人に1人で、多くは10~20歳代の若年より聴力が障害され、良性疾患ですが、腫瘍による脳幹の圧迫などにより、50歳までに40%以上が死亡すると報告されています(文献1)。前庭神経以外にも無数に神経鞘腫を生じ、髄膜腫や上衣腫等の他の腫瘍も併発します(図1)。手術では神経損傷の可能性が高く、多発腫瘍に対して積極的に行うことはできません。放射線治療は一定の成績を示していますが、サイズが大きい腫瘍には適さず、かつ多発腫瘍を制御することは困難で、一部では悪性転化のリスクも報告されています(文献1)。

図1. NF2患者さんに多発する腫瘍

図1. NF2患者さんに多発する腫瘍

近年、NF2の神経鞘腫は血管新生因子である血管内皮増殖因子(vascular endothelial growth factor, VEGF-A)を高発現しており、その分子標的薬であるBevacizumab(ベバシズマブ)の有効性が示されました。Bevacizumabを投与すると、VEGF とVEGF受容体(VEGFR)との結合が阻害され、腫瘍の血管新生が抑制されます。一方、この薬剤は約2週間に1度の継続投与が必要で、薬剤に対する耐性化や中止後のリバウンドの問題、出血や血栓等の合併症にも注意する必要があります。

研究の概要

本研究グループは、NF2の神経鞘腫では、血管内皮細胞のみならず腫瘍細胞にVEGFRが高発現していることから(文献2、3)、VEGFRを標的とするペプチドワクチンの開発に着手しました。本治療法はVEGFR抗原由来のヒト白血球抗原(HLA)結合性ペプチドをワクチンとして投与することにより、細胞傷害性T細胞(cytotoxic T lymphocyte, CTL)を活性化し、抗腫瘍効果を発揮します(図2)。ワクチンによって誘導されたCTLは、VEGFRを発現している標的細胞(腫瘍および腫瘍血管)を破壊し、さらに、誘導されたCTLは体内で維持されるため、長期効果が期待されます。多発性の良性腫瘍を有するNF2の患者さんに適した治療法と考えられます。

図2. VEGFRペプチドワクチンの治療メカニズム

図2. VEGFRペプチドワクチンの治療メカニズム


今回、現在実施中の探索的臨床試験「進行性神経鞘腫を有するNF2に対するVEGFR1/2ペプチドワクチンの第Ⅰ/Ⅱ相臨床試験」においてペプチド投与が終了した7例の解析を行った結果、全ての患者さんで、VEGFR1あるいはVEGFR2特異的CTLが誘導され、腫瘍縮小(20%以上)を7例中2例で、聴力評価可能な5例中2例で聴力(語音明瞭度)改善を認めました(文献3)。ワクチンに関連する重篤な合併症はありませんでした。また、NF2の腫瘍増大には、抗腫瘍免疫を抑制する制御性T細胞が関与し、VEGFRワクチンは腫瘍細胞、腫瘍血管、さらに制御性T細胞を破壊することがわかりました(文献2、3)。制御性T細胞は、自己に対する免疫を抑制する機能を有しますが、腫瘍に対しては、その増大に寄与するため、多くの研究者が注目している細胞です。

VEGF及びVEGFRは多くの難治性腫瘍で発現を認め、腫瘍の増大に深く関与しています。今回の臨床研究の結果から、本治療法を他の難治性疾患へ適応拡大するとともに、より高い治療効果を目指して、免疫チェックポイント阻害剤との併用療法の可能性も探索しています。また、腫瘍縮小効果が認められなかった症例もあったことから、本治療法の効果を予測するバイオマーカーの探索を行っています。一方、HLA結合性ペプチドを用いたワクチンは、特定のHLA型の患者さんに対して効力を発揮します。HLAは、赤血球を除くほぼすべての細胞表面に存在し、免疫システムが「自己」と「非自己」を区別するために機能します。A, B, C, DR, DQ, DPなど多くの抗原の組み合わせで構成され、組み合わせは数万通りといわれます。日本人に最も多いHLA-A型はA*24:02ですが、1つのHLA型に結合するペプチドのみを用いた場合、適応する患者さんが限られてしまいます。そこで、一人でも多くの患者さんへ投与できるように、混合ペプチドワクチンの開発にも着手しています。

NF2は希少疾患であり、治療薬開発に焦点が当てられる機会は多くありません。難治性NF2の患者さんに、一刻も早く新しい治療薬を届けられるよう、より一層尽力してまいります。

謝辞:慶應義塾との共同研究において、CTL解析して頂いたオンコセラピー・サイエンス社に感謝致します。

参考文献

  1. 大石直樹. 神経線維腫症II型の臨床像と関連遺伝子.耳喉頭頸.88巻13号.p. 1008-1011  (2016.12).

  2. Difference in the hypoxic immunosuppressive microenvironment of patients with neurofibromatosis type 2 schwannomas and sporadic schwannomas.
    Tamura R, Morimoto Y, Sato M, Kuranari Y, Oishi Y, Kosugi K, Yoshida K, Toda M.
    J Neurooncol. 2020 Jan;146(2):265-273. doi: 10.1007/s11060-019-03388-5.

  3. A VEGF receptor vaccine demonstrates preliminary efficacy in neurofibromatosis type 2.
    Tamura R, Fujioka M, Morimoto Y, Ohara K, Kosugi K, Oishi Y, Sato M, Ueda R, Fujiwara H, Hikichi T, Noji S, Oishi N, Ogawa K, Kawakami Y, Ohira T, Yoshida K, Toda M.
    Nat Commun. 2019 Dec 17;10(1):5758. doi: 10.1038/s41467-019-13640-1.

日々議論を重ねる研究者達。課題を提起し合い、研究プロジェクトを前進させていきます。

最終更新日:2020年7月1日
記事作成日:2020年7月1日

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