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「豊かな環境」によるドライアイ予防・改善の可能性 佐野こころ(眼科学)

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はじめに

ドライアイとは、涙の乾きなど涙の異常により、目の表面の健康が損なわれる疾患です。近年、我が国ではドライアイの悩みを抱える患者さんが急増しており、ドライアイの患者数は約2,200万人と報告されています。患者数が急増している背景としては、オフィスでのパソコンやタブレット端末などのディスプレイを使用する作業の増加が大きな要因と考えられています。実際にオフィスワーカーを対象に行った疫学調査では、男性の60.1%、女性の76.5%がドライアイと確定もしくはドライアイの疑いがあったことが報告されています。ドライアイは眼不快感や視機能異常を伴うため、Quality of Life(生活の質)にも影響する疾患であり、その予防・改善方法が求められています。

これまでにいくつかの研究によって、ドライアイと抑うつ障害や不安障害、睡眠障害などの精神疾患が関係している可能性が報告されています。因果関係は分かっていませんが、ストレス関連疾患と脳由来神経栄養因子(Brain-derived neurotrophic factor:以下、BDNF)(注1)の関係性を示唆する研究があること、またドライアイとBDNFの関係性を示唆する研究があることから、ドライアイ、BDNF、ストレス関連疾患の関係性を解明することは、今後の新規治療、予防法開発につながると期待されます。

研究内容

ストレスを与えることにより、涙液量が減少することを発見
私たちはマウスの行動を制限し、顔に風を当てるストレス負荷を4時間与えたところ、涙液量が減少することを発見しました(図1)。

図1.

マウスにストレス(行動を制限し、顔に風を当てる)を与え、涙液量の変化を観察した。4時間のストレス負荷によって、涙液量が有意に減少した(**p<0.01)。


豊かな環境はストレスによる涙液量減少を予防・改善することを発見
遊具を備えた広いケージで複数のマウスを一緒に飼育した「豊かな環境」(図2左下)(注2)では、マウスはより多くの感覚、運動、認知的かつ社会的な刺激を受けることができます。このような環境で飼育されたマウスに対し、上記のストレスを負荷したところ、狭いケージ(図2左上)で単独飼育する通常環境のマウスとは異なり涙液量はほとんど減少しないことが確認されました(図2中央)。また、通常環境下でストレスを負荷され涙液量が減少したマウスを「豊かな環境」に移して飼育したところ、通常環境に置かれたマウスと比較して涙液量の回復が早いことが分かりました(図2右)。つまり、「豊かな環境」に置くことで涙液量減少を予防できること、また、涙液量減少からの回復を助けることができることが確認されました。

図2.

通常環境(SE)ではマウスを1匹飼いするのに対し、「豊かな環境」(EE)ではより大きなケージに回転車輪などの玩具を入れてマウスを6匹飼いする。こうすることによって、より多くの感覚、運動、認知的かつ社会的な刺激を受ける生育環境になる(左)。マウスを「豊かな環境」(EE)で飼育することによって、ストレス負荷による涙液量の減少が有意に抑制された(**p<0.01)(中)。ストレス負荷によって減少した涙液量は、「豊かな環境」(EE)で飼育することによって回復が有意に早くなることが確認された(**p<0.01)(右)。


涙液分泌の制御には脳のBDNFが関係している可能性を発見
ストレス負荷をした時、通常環境下では脳のBDNF発現量が減少にするのに対し、「豊かな環境」飼育下ではBDNF発現量の減少は見られませんでした。また、BDNFの発現量を抑えたモデルマウスでは涙液量が少ないことが確認されました(図3)。

図3.

BDNFの発現量を抑えたモデルマウスは野生型のマウスと比較して涙液量が有意に少ないことが確認された(**p<0.01)。

今後の展開

ストレス関連疾患の中には脳のBDNFが関与していると考えられているものがあり、さらに研究を進めることで、今後ドライアイと他疾患との関係性の解明が期待されます。また環境因子が涙液量に影響を及ぼすことが示されたことで、今後新たなドライアイ予防・改善方法として「環境づくり」によるアプローチが期待されます。これまでも慶應義塾大学医学部眼科学教室では、ドライアイと主観的幸福感尺度についてなど、「豊かな環境」とドライアイの関係性について研究を行ってきました。今回の研究結果はストレスの多い環境なのか、「豊かな環境」なのかということが涙液量に影響を及ぼす可能性を示唆しています。

【用語解説】

(注1)脳由来神経栄養因子(Brain-derived neurotrophic factor;BDNF)
脳由来神経栄養因子は、神経細胞の発生や成長、維持などを促す他、神経回路の発達などにも関与する。うつ病、パニック障害、アルツハイマー病などにおいてBDNF量の変化が報告されており、精神・神経におけるBDNFの重要性が示唆される。

(注2)豊かな環境
「豊かな環境」(Enriched Environment)とは、トンネルなどの玩具や運動用の回転車輪を与えたり、より大きなケージで複数の個体を飼ったりすることによって動物がより多くの感覚、運動、認知的かつ社会的な刺激をうける生育環境のことである。

参考文献

Enriched environment alleviates stress-induced dry-eye through the BDNF axis.
Sano K, Kawashima M, Imada T, Suzuki T, Nakamura S, Mimura M, Tanaka KF, Tsubota K.
Sci Rep. 2019 Mar 4;9(1):3422. doi: 10.1038/s41598-019-39467-w.

左より:坪田一男(眼科学教室教授)、筆者(同訪問研究員)

最終更新日:2019年5月1日
記事作成日:2019年5月1日

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