研究の背景
がんは、私たちの体内の細胞から生じた異常な細胞が無秩序に増殖することで発生します。一方で、これらのがん細胞を攻撃しようとする免疫反応が体内に生じていることが古くから知られています。2018年のノーベル生理学・医学賞に選出されたように、近年の免疫チェックポイント阻害剤に代表されるがん免疫療法の発展には目覚ましいものがありますが、その一方で、実際のがんの組織(現場)において、どの種類の免疫細胞が、どこに、どのような組み合わせで含まれているのかに関しては十分に明らかにされてきませんでした。この疑問を解決するため、我々研究グループは、がん組織に含まれる免疫細胞を様々な色で染め分けて顕微鏡で観察するという、古典的ながら最も直感的で分かりやすい方法を用いて検討しました。
腫瘍に対する多彩な免疫反応を「病理学的に」解析
病理学は、病気の成り立ちに関して組織形態学や分子生物学など様々な角度からアプローチする学問ですが、一方で、病理医は病理診断を通じて日常の診療にも関わっています。がんと確定診断される前には、多くの場合、精密検査の一環として生検(がんが疑われる部分の組織を一部採取すること)が行われますが、病理医は、生検で採取された組織を顕微鏡的に観察して、がんであるか否かの判断を行うとともに、どのような種類のがんなのかを診断しています。また、手術で切除された病巣も、顕微鏡で観察して、がんの場合にはその拡がりやリンパ節転移の有無などに関して病理診断が行われます。この病理診断の過程で病理医は、がん細胞だけではなく、がんに対する免疫反応に関しても日常的に観察しています。
がんの中にはT細胞、B細胞、形質細胞、マクロファージ、樹状細胞、肥満細胞、好中球など様々な種類の免疫細胞が含まれ、それぞれの免疫細胞は、T細胞がCD4陽性、CD8陽性、制御性T細胞(Treg)などに分類されるように、さらに細かく亜分類されます。これらの免疫細胞は、多重免疫染色という手法により、様々な色で染め分けて顕微鏡で細かく観察することが可能です(図)。がんに対する免疫反応を解析する手段としては、がん組織を細胞レベルにばらばらに分離して表面マーカーの発現パターンを解析したり(フローサイトメトリー解析)、がん組織からmRNAを採取して遺伝子発現的に解析するなどの手法も用いられますが、今回の研究では、がんに対する免疫反応の分布やパターンを詳細に観察するために多重免疫染色を用いて顕微鏡で直接観察する方法を選びました。
肝細胞がんにおける免疫反応の3つのパターン
今回の研究では、肝細胞がん158例において多重免疫染色を行い、12種類の免疫細胞の数とそこから得られる16種類のパラメータに関して顕微鏡で検討しました。これによりデータとして多数の数字の羅列が得られますが、クラスター分析という統計学的手法を用いることで特徴的な免疫反応パターンを抽出することができます(図)。クラスター分析を行って検討すると、158例の肝細胞がんが、1) 免疫反応の弱いもの(T細胞が少ない、Immune-lowパターンとする)と、2) 免疫細胞の強いもの(T細胞が多い、Immune-highパターンとする)、ならびに3) その中間にあるもの、とに分けられました。興味深いことに、免疫反応の強いImmune-highパターンに限り、T細胞に加えて、B細胞と、B細胞から分化する形質細胞が認められ、特徴的な免疫反応パターンを形成していることが分かりました。
図
肝細胞がんの免疫反応パターンは術後の無再発生存期間との相関関係
病理診断の際には、がんの組織型(種類)とその分化度(組織の構築の崩れ具合やがん細胞の形態の歪みの程度)が評価され、一般的に多くの種類のがんでは、分化度が低い(組織の構築の不規則性が強いあるいは無秩序で、がん細胞の形態の歪みが強く「顔つき」が悪い)とがんの悪性度が高く進行が速い(予後が悪い)とされています。一方で、肝細胞がんの場合にはこのような組織学的分化度や遺伝子発現に基づく分子生物学的分類だけでは実際の予後とあまり相関せず、肝細胞がんの悪性度を予測する良い因子が少ないのが問題でした。そこで、今回の研究で得られた免疫反応パターンによる分類が肝細胞がんの予後にどのように影響するか検討したところ、上述したImmune-Highパターンの肝細胞がんは明らかに予後が良いことが分かりました。興味深いことに、Immune-Highパターンの肝細胞がんは、一般的に悪性度が高く予後が悪いと考えられる分化度の低い「顔つき」の悪い肝細胞がんに比較的多くみられ、分化度の低い肝細胞がんであっても、Immune-Highパターンの免疫反応が認められると予後が良いことが分かりました。また、これまでの分子生物学的な研究からCK19というマーカーが陽性の肝細胞がんは悪性度が高いことが知られていますが、このようなCK19陽性肝細胞がんであってもImmune-Highパターンの免疫反応が認められると予後が良いことが分かりました。これらの結果は、既存の組織学的、分子生物学的分類に加えて、病理学的に免疫反応パターンの検討を行うことの有用性を示していると考えられます。
今後の展望
今回は肝細胞がんにおいて検討を行いましたが、肺がん、大腸がん、膵がん、乳がん、膀胱がん、肉腫、さらには悪性リンパ腫などがんの種類や組織型の違いによって少しずつ異なる免疫反応が認められます。様々な種類、さらには異なる進行度(ステージ)のがんについて横断的に検討を行い、がんに対する免疫反応の全体像を理解することで、患者さんそれぞれのがんの特性を考慮した治療法の選択につながることが期待されます。
参考文献
Landscape of immune microenvironment in hepatocellular carcinoma and its additional impact on histological and molecular classification.
Yutaka Kurebayashi, Hidenori Ojima, Hanako Tsujikawa, Naoto Kubota, Junki Maehara, Yuta Abe, Minoru Kitago, Masahiro Shinoda, Yuko Kitagawa, Michiie Sakamoto.
Hepatology. 2018 Sep;68(3):1025-1041.
左から、紅林泰(病理学教室助教)、坂元亨宇(同教授)
最終更新日:2019年3月1日
記事作成日:2019年3月1日