はじめに
健康な人でも定期健康診断などで必ず実施される心電図で不整脈が出ていたり、心電図波形に変化があったりすると何かしらの所見や診断が付くことがあります。それらの中には全く心配のないものから、医療機関で精密検査を受けた方がいいものなど様々なものが含まれています。
その中で従来から良性の心電図所見とされてきたものに右脚ブロックがあります(図1)。右脚ブロックは心臓の刺激伝導系のうち右心室へ興奮を伝える右脚が障害された状態で、健康な人の中にも1~3%程度認めます。男性に多く、年齢とともにその頻度は増加する傾向にあります。右脚ブロックは経過観察で良いとされていますが、例外として、心筋梗塞や心不全に右脚ブロックが出現すると予後が悪くなることがこれまでの疫学調査で知られていました。
図1 心電図所見に見る右脚ブロック
不整脈による突然死
心臓に特別な異常がないにもかかわらず、突然心室細動という最も危険な不整脈が出現する疾患を特発性心室細動と呼んでいます。このうちブルガダ兄弟が報告したブルガダ症候群(図2)や、最近注目されているJ波を伴う特発性心室細動(図3)はそれぞれが心電図に特徴的な波形を呈するために、特発性心室細動とは独立した疾患と考えられるようになり、現在不整脈の研究者の間で注目されています。
図2 ブルガダ症候群の心電図波形
図3 J波を伴う特発性心室細動の心電図波形
慶應義塾大学病院にも、特発性心室細動の患者さんが通っていらっしゃいます。そのような患者さんは心室細動によって心停止に至った後に、運よく蘇生された患者さんで、植込み型除細動器(ICD)の植込み治療により、その後の不整脈再発による突然死が予防されています。一方、過去に危険な不整脈を起こしたことのない人のうち、将来心室細動を発症するリスクを予測することが重要なテーマですが、実際は困難なのが現状です。
特発性心室細動と右脚ブロック
特発性心室細動の一部にはこれまでに言われていたブルガダ症候群(図2)やJ波症候群(図3)などの心電図変化を示さずに、本来良性であるはずの完全右脚ブロックだけを示す患者さんがいます(図4)。過去にも複数の施設から同様の報告がありますが、その臨床的意義は明らかになっていませんでした。そこでいくつかの共同研究施設の協力を得て、特発性心室細動の患者さんのデータを集め、その中で完全右脚ブロックを示す患者さんの頻度を検討しました。その結果、特発性心室細動の患者さんでは完全右脚ブロックが健康な人の10倍程高い頻度で見つかることが判明しました。
また右脚ブロックの心電図波形を特発性心室細動の患者さんと健康な人で比較したところ、QRS幅がより広いなどの違いがありました。QRS幅が広くなるとJ波がQRSの中に隠れてしまう可能性があり、J波症候群との関連を今後検討する必要があります。
図4 完全右脚ブロックの心電図波形
ブルガダ症候群と右脚ブロック
前述したブルガダ症候群は我が国で多い病気ですが、ブルガダ兄弟が1992年に報告した最初の論文では右脚ブロックにST上昇を伴う突然死症候群として報告されました。しかし現在では、本当の意味の右脚ブロックは合併しないこともあることが分かっており、右脚ブロックがあるとブルガダ症候群の心電図が判定しづらくなることも経験的に知られていました。そこで、ブルガダ症候群の患者さんの心電図を数多く検討すると、中にはブルガダ症候群の心電図所見が完全右脚ブロックによって全く見えなくなってしまう場合があることが分かりました。その場合ブルガダ症候群を診断するためには、(1)右脚ブロックを無くすために、右心室にペースメーカの電極を入れて、早く右心室を刺激すること、(2)右脚ブロックが自然に解除した場合、(3)ブルガダ症候群の心電図をはっきりさせるための薬剤(Naチャネル遮断薬)、(4)右脚ブロックだけでは説明できない心電図の形など、が有用であることを証明しました(図5、6)。
図5 ブルガダ症候群の診断:右脚ブロック解除
図6 ブルガダ症候群の診断:薬物負荷によるST上昇
今後の展開
最近の大規模な疫学調査では(Copenhagen City Heart Study)、完全右脚ブロックがあると心血管死と総死亡を増加させることが示されています。この結果は、完全右脚ブロックの背後には特発性心室細動やブルガダ症候群の症例が含まれている可能性があることと合致する結果だと考えられます。これまでには右脚ブロックは完全に予後が良好な安全な心電図の変化とする考えから、右脚ブロックを示す人の中には特発性心室細動やブルガダ症候群の患者さんが紛れていないか注意するべきと言えます。
今後はどのような右脚ブロックの波形が、またどのような臨床的特徴を持つ人が将来危険かどうかを見極めるための研究が進んでいくことが望まれます。
まとめ
1枚の心電図から患者さんの将来の突然死のリスクを予測することとは簡単なことではありません。最近ではこうした不整脈の患者さんの背景にある遺伝子の研究も進んでいます。しかしいずれの疾患も最初は特徴的な心電図の変化から発見されたものであり、一つ一つの心電図所見を吟味し、背後にある不整脈の出現リスクを研究することが重要です。心電図からそうした危険な不整脈の出現を予知することが出来る場合があるため、心臓突然死で命を失う患者さんが一人でも減ることを願って研究を続けています。
参考文献
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https://www.jstage.jst.go.jp/article/ihj/54/4/54_240/_article
左から高月誠司(講師)、筆者、福田恵一(教授)
最終更新日:2014年5月1日
記事作成日:2014年5月1日