はじめに
『オンライン診療』とは、パソコンやスマートフォンを介して診察や診断をリアルタイムに行う行為を指します。これからの高齢化社会や地方の過疎化による医療格差の広がりに対し、オンライン診療が一部の疾患に2018年4月から保険適応となりました。新型コロナウイルス感染症の蔓延によりオンライン診療の対象となる疾患もさらに広がり、今後の活用に期待が高まっています。
遠隔医療について
『遠隔医療(Telemedicine)』という言葉は情報通信機器を使った医療全般を意味していて、オンライン診療は遠隔医療の中の一つとされています(図1)。
図1.遠隔医療の分類
(出典:厚生労働省「オンライン診療の適切な実施に関する指針」2018年p.6)
遠隔医療は、情報通信機器を介して専門医が主治医を支援するようなDoctor to Doctor(D to D)と、医師やその他の医療者が遠隔で患者に対し医療行為を行うDoctor to Patient(D to P)に分類されます。2022年4月現在、保険診療として認められているのは主にD to Pであり、糖尿病領域では医師によるオンライン診療や管理栄養士によるオンライン栄養相談が該当し保険適応となっています。一方、保険適応がないものの糖尿病療養指導士(CDEJ)の看護師によるオンライン看護相談なども行われており、臨床の現場ではDoctorだけではない遠隔医療も広がりを見せています。また、前述のD to Dによる診療体制なども期待されますが現時点では主治医以外の医師への診療報酬は設定されておらず、現在も社会的な体制の構築が検討されつつある状況です。
専門外来での糖尿病診療
糖尿病はインスリンというホルモンの作用の不足により血糖が高くなる疾患です。その発症には遺伝子や腸内細菌、生活習慣や生活環境といった様々な要因が関与しています。生活習慣は血糖管理の上で最も重要な要因ですが、外来の限られた時間で1か月間の食事や運動の内容や量、睡眠時間などを把握するのは難しく、自己申告に基づく生活習慣の把握では客観的な評価が困難です。そうした中で専門医は血糖上昇の原因を短時間で見出し、そして血糖の変動や要因に合わせてインスリン等の治療薬を使い分けることが腕の見せ所となっています。
一方で寝室の睡眠時の照度、気温・湿度や不快指数といった空気環境などの生活環境が睡眠の質を低下させ、ヒトの体内時計やストレスホルモン分泌に影響し、血糖に影響を与えることが知られています。専門外来でもこのような生活環境まで評価し適切に治療に繋げていくことは困難でしたが、スマートセンシング機器やクラウド技術の発達により、近い将来生活環境を糖尿病診療に活かしていくことは可能となるかもしれません。
糖尿病診療とオンライン診療
前述のように糖尿病診療では生活習慣と血糖値が治療方針決定のための重要な情報となります。近年こうしたデータは患者と医療者でクラウドを用いて共有することが可能となっています。実際には、血糖測定を行っている患者では血糖データをクラウドで共有し、テレビ通話機能を備えたオンライン診療システムを併用することで糖尿病の診療が可能です。また、インスリン療法を行っている患者では導入初期の手技の確認から血糖管理が悪化した際の細やかなインスリン量の調整まで、患者の通院負担なくオンラインで診療することが可能です。特に近年ではIT、IoT、ビッグデータやAIを活用した新たな医療システムの開発が進んでおり、糖尿病ではPHR(Personal Health Record)と呼ばれる血糖に加えて血圧、体重、食事や運動や睡眠などの生活習慣、生活環境などのデータをクラウドに集約しアプリなどで情報が閲覧できるようになっており、各社でサービスの向上を進めています。
一方でこうしたデータは互換性がない場合も多く、集約した解析はできていませんでした。こうした企業の垣根を超え様々なクラウドを集約し、従来の対面診察では把握できなかった患者情報を集約・解析しながらオンライン診療を行うシステムも開発されています(図2)。このシステムを活用することで対面診療とは異なったメリットを持つ新たなオンライン診療が可能となりつつあります。
図2.新たなオンライン診療システム
オンライン診療のメリットとデメリット
患者と医療者にとってのそれぞれのメリットとデメリットを十分把握したうえで使い分ける必要があります。
患者のメリット
- 通院の費用や時間、身体的負担が発生しない。
- 診察や会計の待機時間が発生しない
- 仕事や家事の合間で受診が可能。
- 病状に合わせた通院が可能。
- 医療過疎地域でも専門医による治療が可能。
患者のデメリット
- スマートフォンやPCが必要となる。
- 身体診察が受けられない。
- 検査は血糖などの自己測定可能なものに限られ、採血やレントゲン等はできない。
医療者のメリット
- 患者を待機させているストレスが少ない。
- 必要な頻度で診療が行える。
- 血糖などのクラウドデータを連携している場合、診察時以外も血糖を確認でき、血糖手帳の複写の保管が不要となり、血糖の解析機能を利用して診察できる。
医療者のデメリット
- オンライン診療システムやPHRの登録や連携作業が必要となる。
- 上記設定費用やシステム導入費用がかかる。
- 診療報酬が対面診療より少ない。
- 処方が足りない場合は処方や処方箋の郵送が必要となる。
糖尿病におけるオンライン診療の場合、身体診察や検査は高頻度では必要とならないため、患者のデメリットは少ないと言えます。ただしHbA1cなどの血液検査は一定の頻度で行う必要があり、肝障害や腎障害のリスクのある治療薬を使用している場合は適切な頻度で血液検査を行う必要があり、注意が必要です。その点、1型糖尿病や膵性糖尿病、妊娠糖尿病といったインスリン治療が主体の糖尿病ではこうした臓器障害リスクが低く、かつ血糖管理が困難な場合が多く、高頻度での細やかな診察が必要となる点でオンライン診療との親和性が高いと言えます。
最後に
近年、遠隔医療は通常の診療の延長線上として活用される場面が増えてきています。対面診療とオンライン診療はそれぞれのメリットとデメリットを患者と医療者が理解したうえで利用する必要があります。慶應義塾大学病院腎臓内分泌代謝内科ではオンライン診療のシステム開発を行っており、様々な病態の方や専門医が不在の地域に在住の方にも高度医療を提供できるよう改革を進めています。ご希望の方は当科外来をぜひ受診いただきご相談ください。
糖尿病先制医療センター オンライン診療スタッフ
文責:腎臓内分泌代謝内科
執筆:中島裕也、目黒周
最終更新日:2022年6月1日
記事作成日:2022年6月1日