うつ病と治療抵抗性
うつ病は、抑うつ、意欲低下、不安などを特徴とする、最も有病率の高い精神疾患の一つで、15人に1人はうつ病に罹患するともいわれております。特に先進国では社会のストレス化から、うつ病に罹患する患者さんの数は年々増える一方です。世界保健機関(World Health Organization: WHO)は、その社会保障費の増大、Quality of life (QOL)の低下、そして個人あるいは社会に対する間接的な負担が大きいことから、うつ病を「社会を最も消耗させる疾患」の一つと位置付けています。
うつ病に対する基本的な治療として、休養、心理療法、および環境調整を行いますが、それでも改善が見られない患者さんには薬物療法を行います。
しかしながら50%以上のうつ病患者は最初の抗うつ薬で寛解には至らず、3人に1人は2種類以上の抗うつ薬を十分量・十分期間の治療を行っても十分な改善が得られない治療抵抗性うつ病とされております。また、薬物治療への副作用から、治療の継続が困難となる患者さんもいらっしゃいます(治療不耐性うつ病)。
このような背景から、うつ病に対する新たな、副作用の少ない治療法を確立することが強く求められています。
反復経頭蓋刺激療法(rTMS療法)とは
治療概要
反復経頭蓋磁気刺激療法(repetitive Transcranial Magnetic Stimulation: rTMS療法)とは、2019年6月に保険収載された、うつ病の新たな治療法です。反復的に磁気刺激を行うことで、神経可塑性(脳内の神経の柔軟さ)に変化が加わり、抗うつ効果を来すとされています。アメリカでは2008年に、アメリカ食品医薬品局(Food and Drug Administration :FDA)に承認されており、世界的には標準治療の一つとされております。
rTMS療法の特徴は大きく2点あり、(1) 治療抵抗性うつ病の方に対しても一定の抗うつ効果が見られること、(2) 従来の治療法と比べ、副作用が少ないことがあります。そのため、薬物治療に対して抵抗性及び不耐性のあるうつ病の方に適した新しい治療選択として注目をされています。また毎日外来に通院して治療を受けるという枠組みから、生活習慣の改善や復職準備性の向上といった、患者さんのQOL改善にもつながりやすい特徴も兼ね備えています。
図1.TMSによる脳の局所刺激
治療内容
rTMS療法では、1日40分のセッションを、週5日、3週から6週間にわたって行います。週5回の通院を要するため、上述の通り患者さんの行動活性化や生活習慣の改善などにつながる一方で、通院が負担になってしまう方も多くいらっしゃいます。その場合は入院をしながらrTMS療法を行うケースもあります。
専用のコイルを頭に当てることで治療を行います。コイルに瞬間的に電流が流れると磁場が発生し、その磁場が変動するとファラデーの法則により微弱な誘導電流が生じます。rTMS療法では局所的に渦電流を発生させることができる特殊なコイルを用います。そのため目的部位以外を刺激してしまうことはありません。
図2. rTMS療法の実際の様子
(出典:インターリハ株式会社のサイトより使用許諾を得て掲載)
効果および安全性
効果については、3~5割程度のうつ病患者さんの症状の改善が認められます。一見すると低いように思われますが、これは「治療抵抗性うつ病」の方に効果が認められる割合となります。再発率に関するデータは十分ありませんが、rTMS療法が有効であった患者さんの6~12ヶ月における再発率は1~3割と推定されています。
比較的頻度の多い副作用として知られているのは、頭皮痛・刺激痛、顔面の不快感、頸部痛・肩こり、頭痛です。これらのほとんどが刺激中に限定した副作用で、治療後まで持続することは基本的には少ないです。しかしまれに刺激が終わってからもこれらの違和感が残存することがあります。重篤な副作用として知られるのは、頻度は高くはありませんが、けいれん発作が挙げられます。けいれん発作そのものは自然に終息しますが、けいれん発作に伴う外傷や嘔吐物誤嚥などの危険性が想定されます。これまでのrTMSに起因する全てのけいれん誘発事例の報告の中で、けいれんを繰り返す症例や、てんかんを新たに発症した症例は1例も報告されていません。また、抗うつ薬によるけいれん誘発の危険率と比較してもrTMS療法が特別そのリスクが高いわけではありません。
慶應義塾大学病院での治療の特徴
慶應義塾大学では、臨床研究(UMIN000028855)の枠組みで行う場合、刺激部位のMRIナビゲーションを行います。脳構造は個人個人によって異なることが知られており、経頭蓋から正確に刺激部位である背外側前頭前野を刺激することは困難です。そこで当院では事前にMRI画像の撮像を行い、それを基にした刺激部位のナビゲーションを行うことで、刺激部位の正確な刺激を実現します。上記の治験にご関心のある方は、詳細をご説明申し上げますので、以下のフォームよりお申し込みください。
・うつ病に対するrTMS治療縦断研究(慶應義塾大学医学部精神・神経科学教室)
今後の展望
rTMS療法はTMSによる刺激を反復することを意味しますが、その反復の仕方には非常に発展性があります。神経可塑性をより強く誘導するTheta burst stimulation、個々人の脳波反応に合わせたsynchronized rTMS療法、functional MRIによる機能的結合性を元に刺激部位を決定するfMRIガイド下rTMS療法など、その治療効果を高める研究は日々行われております。そのため、我々はより短時間でかつ効果的なrTMS療法の開発に取り組んでおります。
左から:野田賀大(精神・神経科特任講師)、筆者(同助教(臨床実習))
文責:精神・神経科
執筆:和田真孝
最終更新日:2020年10月1日
記事作成日:2020年10月1日