はじめに
内閣府の高齢社会白書によると我が国の認知症の患者数は、2025年には約730万人、2060年には1,100万人以上に達し高齢者の約3人に1人が認知症になると予測されています。認知症の医療と対策は、21世紀の避けられない重大な課題です。このような社会的状況を見据え、慶應義塾大学病院では、神経内科および精神・神経科の2診療科合同で、2008年より認知症診療に特化した専門外来「メモリークリニック」を開設しております。
メモリークリニックの特徴
当クリニックは、物忘れなど認知症の中核症状を主訴とする患者さんを対象に、専門的な評価、診断を行い、その後の治療や生活指導を行っていきます。主に、早期の認知症や、その前駆状態が含まれる軽度認知障害に質の高い診療を提供することを主眼としていますが、中等度以上の認知症の診療も対象としています。担当医師は、若いスタッフを中心に認知症を専門とする神経内科5名、精神・神経科6名、言語聴覚師3名により構成され、科を超えた診療体制をとっているところが大きな特徴です。
これまでの認知症診療においては、神経内科医のみでは、うつ病と認知症の鑑別や周辺症状の薬物療法に苦慮することがありました。また、精神・神経科医では、脳血管性認知症の内科的治療が困難な場合が多々あります。当クリニックでは、神経内科医および精神・神経科医という専門の異なる医師により総合的に診療することも可能です。個々の患者さんの症状に応じて神経内科医もしくは精神・神経科医が後の外来診療を担当することにより、診療科の枠組みを超えた連携による診療体制を試みております。また、種々の高次脳機能の検査を用いて、客観的な認知機能評価を重視した診療を確立しております。さらに、2診療科合同で、定期にカンファレンスを開催し、綿密な症例検討と診療レベルの向上に取り組んでおります。
また、介護保険の早期からの利用や患者さんへの対応の仕方を指導するなど、ご家族の支援も行っていきます。すなわち、かかりつけ医などの地域医療機関、介護および福祉施設、地域社会との連携の中で中心的な役割を果たすことを目指しています。一般的な健康管理が円滑かつ迅速に行われるように、当クリニックに通院すると同時に自宅近隣のかかりつけ医や地域の病院を主治医としてもつことをおすすめしています。地域医療機関との連携に関連して、認知症の診断・治療に関するセカンドオピニオンの求めにも積極的に応じていきます。さらに、一般の方々の認知症に対する認識と理解を高める目的で、市民公開講座も定期的に開催しております。
当クリニックでは、認知症の根本治療薬に対する臨床治療研究を積極的に行い新しい治療法の開発にも取り組んでおります。さらに、認知症の原因である異常蛋白の蓄積を画像化するPET検査法(アミロイドイメージング、タウイメージング)の確立にも力を入れております(図1)。
図1.新しい検査法アミロイドイメージング
診療内容の実際
当クリニックは、患者さんおよびご家族から詳しくお話を伺い様々なご相談に対応するため、完全予約制をとっております。診察は、月曜日から土曜日の終日行っております。初診の場合、一人30分程度の枠を設けて診察しています。診察前に問診票を記入していただきます。診察時には、身体診察以外に10~15分程度の神経心理検査を行い、簡単に認知機能の評価をいたします。認知症の疑いがある場合は、採血、脳の画像検査(MRI)、脳血流検査(SPECT)、脳波、詳細な神経心理検査(1~1.5時間)を予約で行います。次回の再診時は、症状に適した専門医、精神科医もしくは神経内科医の予約をいたします。当クリニックの初診患者さんの約3分の1はアルツハイマー病ですが、認知症の前段階の軽度認知障害の方も次に多く、また、10%以上で正常もしくは認知症以外(うつ病など)の診断の方もおられます(図2)。
図2.メモリークリニック受診患者さんの病気の内訳
慶應義塾大学病院では、新規認知症治療薬を積極的に導入しています
2023年末に、アルツハイマー病の画期的な治療薬レカネマブ(レケンビ®)が承認されました。当院では治験段階から本薬を投与しており、すでに多くの症例実績があります。
レカネマブ(レケンビ®)について
アルツハイマー病の主な原因はアミロイドβが脳内に蓄積するためと考えられています。レカネマブは、このアミロイドβの蓄積を除去する薬剤です。レカネマブの投与により、日常生活の質[臨床的認知症尺度(Clinical Dementia Rating:CDR)]の低下が27%抑制されます。18か月の投与で5.3か月の進行抑制に相当します。
図3
図4.日常生活の質(臨床的認知症尺度)の変化
(出典:レカネマブ最適使用推進ガイドライン)
レカネマブを投与する前に
- 早期のアルツハイマー病(軽度認知障害および軽度の認知症)の患者さんが適応です。
- 認知機能検査や頭部MRI検査の結果などにより適応にならない場合があります。
- 進行した認知症の患者さんには適応がありません。
- レカネマブを投与するには、アミロイドPETもしくは腰椎穿刺のどちらかでアミロイドの異常を確認しなくてはなりません。
- アミロイドPET:放射性物質を静脈注射して、CT撮影により脳内のアミロイドを画像化します。
- 腰椎穿刺:背中に針を刺して脳脊髄液を採取し、アミロイドを測定します。当院では半日入院が必要です。
効果について
- 18か月の投与で日常生活の質(CDR)の低下が27%抑制されます。18か月の投与で5.3か月の進行抑制に相当します。
投与法について
- 2週間に1回の点滴(1時間)を当院にて行います。
- 18か月間投与して、認知機能の進行度を評価して投与を継続するかを検討します。
レカネマブの主な副作用
- 主な副作用は、脳浮腫、脳出血です。症状は、主にめまい、ふらつき、頭痛、異常言動です。
- 多くは症状の伴わない軽いものですが、約3.2%に症状を伴う副作用が報告されています。
- 18か月を超えた継続投与の治験期間中に、0.3%(3/898人)が、レカネマブ関連の脳出血で死亡しています。
費用
- 保険3割負担の場合、体重50kgの方で約90万円/年の自己負担がかかります。
当クリニックの受診または紹介を希望される方は、慶應義塾大学病院外来予約窓口(直通電話03-3353-1257)にご連絡ください。
文責:メモリークリニック
執筆:伊東大介
最終更新日:2024年6月26日
記事作成日:2012年2月1日