はじめに
耳鼻咽喉科の担当する領域には「耳」「鼻・副鼻腔」「のど(咽頭、喉頭)」という身体の「穴」が多く含まれており、昔から日常診療に内視鏡が用いられています。一方、耳の病気に対する手術(耳科手術)においては顕微鏡を用いた手術が一般的で、内視鏡は狭い部位や死角を近接・拡大視して確認する補助的な目的で主に用いられてきました。骨の中の狭い空間で数ミリ単位の構造物を扱う耳科手術においては、精細な術野の3次元情報が必要になります。
経外耳道的内視鏡下耳科手術(TEES)とは
映像機器や手術器具の発展により、小さな傷で患者さんへの負担が少ない内視鏡を用いた手術が、この十数年であらゆる外科手術に広がってきました。経外耳道的内視鏡下耳科手術(transcanal endoscopic ear surgery: TEES)は、耳科手術のほとんどのプロセスを内視鏡下で行う低侵襲手術であり、ハイビジョン画質(Full HD)の3CCDカメラを搭載した内視鏡と精細で高解像度な細径内視鏡の出現により、近年国内外で急速に普及しつつあります(図1)。
図1.経外耳道的内視鏡下耳科手術の様子
一つのモニターに映し出された術野をチーム全員が共有して手術に臨む
TEESの利点とその守備範囲
よく見える~近接した広い視野角による死角の減少と、微細で鮮明な映像情報~
内視鏡ならではの利点のひとつに、術野の状況に応じて術者がリアルタイムに視点を移動し、視野を変えられることがあります。たとえば図2のXのように、同じ状況だと顕微鏡下手術では死角になってしまう部位も、内視鏡では近接して拡大視することで容易に観察できます。そのため、見えづらい場所も精緻に観察することで遺残性再発(病変の取り残し)が減ります。また、たとえば術中に顔面神経の小さな露出を避けてその損傷を防いだり、真珠腫性中耳炎での頭蓋底の骨欠損を確認したりすることなどに有用です。
さらにハイビジョン画質の高解像度な画像により、病変の進展範囲の把握や微細な血管の認識など、人間の目だけでは見ることのできない、手術に有用な数々のミクロの情報を得ることができます。
図2.内視鏡を用いるメリット1
深部の狭い領域の可視化にすぐれている
小さい傷、小さい骨削開
顕微鏡下手術では、中耳手術で約20cm離れたレンズから病変を観察することになるため、広く視野を確保する必要があります。たとえば図3のXを見るためには、水色の範囲を大きく削ります。耳の前方の狭い領域を観察する際は、耳介の後ろからアプローチし広い範囲を削ることになるため、仮に病変がなくてもこの部分の骨や粘膜が犠牲になります。中耳内の粘膜には呼吸をして中耳内圧を保つ役割があるため、正常な粘膜ならば本来は温存したいのです。
図3.内視鏡を用いるメリット2
少ない骨削開で粘膜を温存しながら死角部位を観察できる
TEESでは外耳道から最短距離でアプローチし、この部位の粘膜を温存できるメリットがあります。 もちろん、術後の傷が小さいこともメリットで、中耳内の観察と最小限の操作であれば、外耳道内から4 mm程度鼓膜を挙上すれば十分です。身体の外に傷がないため術後の負担も軽く、子供から大人までとても喜ばれています。
適応疾患~鼓室内病変や、死角に病変が進展した症例に有利~
TEESにはこのようなメリットがあることから、鼓室内病変や、死角に病変が進展した症例に有利です。たとえば、1)耳小骨奇形や外リンパ瘻、慢性中耳炎などの精細な観察を要求される中鼓室病変、2)鼓室洞や耳管上陥凹に病変のある真珠腫性中耳炎、3)小児先天性真珠腫、4)鼓膜の病変、などでとても有用です。一方で、病変の位置や大きさによっては顕微鏡下手術の方が適している場合も多くあります。したがって、TEESが最適な選択肢かどうかの判断には、術前の精査と専門の医師による検討が欠かせません。
チームワークを生かした"3 hands surgery"
上述のような利点がある一方で、内視鏡下手術にはいくつかの欠点があります。一番の弱点は片手操作で行うことであり、顕微鏡下手術であれば左手に吸引管・右手に器具を持つことで、たとえば出血のコントロールや病変の除去、微細な耳小骨連鎖再建操作などを行いますが、TEESでは左手に内視鏡を持つためこのようなことができません。
当科ではTEESのこの欠点を克服すべく、助手が内視鏡を操作し、術者は両手操作を行う"3 hands technique"を採り入れています(図4、図5) 。2人の医師が術野を共有して協働作業を行うこの手術には、特化されたテクニックと経験、そしてチームワークが要求されます。当院では経鼻内視鏡手術での"4 hands surgery"で習熟しており、この経験を活かした内視鏡下耳科手術を行っています。
図4.内視鏡下耳科手術における"3 hands surgery"のメリット
図5."3 hands surgery"
助手(scoper)が刻々と変わる術野・術操作に応じてカメラを移動し、術者が両手操作で精緻な作業を進める
最後に
患者さんに優しい低侵襲の医療を提供するために、当院では科を超えて内視鏡下手術を積極的に採り入れていますが、耳科疾患では今回紹介したTEESが適したものと、従来通りの顕微鏡下手術が適したものがあります。当科では耳科手術に習熟した専門の医師が慎重に適応を判断し、顕微鏡下手術の方がメリットがある場合には通常の耳科手術をお勧めしています。一方、TEESの場合は、特に低侵襲であり患者さんのメリットはとても大きいです。上述のような対象疾患で手術を迷われている患者さんは、画像や診療情報提供書(紹介状)をお持ちになって、ぜひ当院の耳鼻咽喉科外来をご受診下さい。時間をかけて説明を聞きたいという患者さんは、セカンドオピニオン外来の受診をお勧めします。
文責:耳鼻咽喉科
執筆:藤岡正人、小澤宏之、神崎晶
最終更新日:2017年8月1日
記事作成日:2017年8月1日