概要
十二指腸乳頭部は十二指腸の下行脚に位置する胆管と膵管の出口に相当する部分です(図1)。十二指腸乳頭部にできる腫瘍は、がんになる前の「十二指腸乳頭部腺腫」と「十二指腸乳頭部がん」に大きく分類されます。それ以外に、まれですが「神経内分泌腫瘍」、「パラガングリオーマ」なども十二指腸乳頭部に腫瘍を作ることがあります。家族性大腸ポリポーシスの患者さんは特に十二指腸乳頭部に腫瘍ができやすいことがいわれています。また、十二指腸乳頭部がんは10万人に1人未満の希少な疾患として知られています。
図1.十二指腸乳頭部(矢印)
症状
十二指腸乳頭部腫瘍はほとんどが無症状のまま経過することが多く、健診の胃カメラなどで偶然発見される場合がほとんどです。腫瘍が大きくなり、特にがん化すると胆管や膵管を閉塞することがあり、黄疸や発熱、腹痛などといった症状がみられます。また、腫瘍が崩れて潰瘍ができたときには消化管出血や貧血を来すことがあります。
診断
1) 採血検査
肝胆道系酵素(AST/ALT/γGTP/ALP/ビリルビン)や膵酵素(アミラーゼ/リパーゼ/トリプシン)の上昇がないかを確認します。胆管炎などの感染があるときは白血球やCRPが上昇することもあります。十二指腸乳頭部がん患者さんでは腫瘍マーカー(CEAやCA19-9など)が上昇することがあります。
2) 画像検査
CT検査は十二指腸乳頭部付近の評価と転移の有無を調べる際に行います。MRI検査は磁気を利用した画像検査であり、胆汁・膵液を強調した管腔撮影法により胆管と膵管の形状と腫瘍の浸潤の評価も行うことができます。これらの検査は腹部を輪切りに観察できるため、特にがんである場合は、リンパ節転移や神経叢への浸潤を評価するのに有用な検査です。
3) 内視鏡検査
カメラのレンズが横に位置した十二指腸鏡(側視鏡)を用いて観察します。十二指腸乳頭部を正面に捉えて、病変の範囲を調べます。内視鏡写真だけで「腺腫」か「腺がん」かを簡単に区別することはできません。そのため、生検検査で組織診断を行います。続けて、内視鏡の先端に超音波プローブが取り付けてある超音波内視鏡検査を行います。十二指腸から腫瘍の大きさや深さ、胆管や膵管へ腫瘍が入り込んでいないかを観察します。通常の内視鏡では表面からしか腫瘍が観察できず進展度の評価はできませんが、超音波内視鏡検査では腫瘍の胆管や膵管への浸潤の有無を観察することができます。これにより詳細な治療方針を決定することが可能となります。
4) 内視鏡的逆行性膵胆管造影検査
十二指腸鏡(側視鏡)を用いて胆管や膵管の中に細い管を挿入し造影剤を流すことで胆管や膵管の形状を評価する検査です。また、細い超音波プローブを挿入することで、内腔から胆管・膵管壁を観察し腫瘍の進展度を評価します。当施設では必須の検査とはしておらず、胆管や膵管に腫瘍が浸潤している可能性があるときに行っています。
治療
十二指腸乳頭部腺腫の場合、通常は内視鏡治療を推奨します。ただし、腺腫の悪性度や患者さんの年齢、基礎疾患などによって内視鏡治療のメリットとデメリットをよく検討する必要があります。その一方で、十二指腸乳頭部腺がんについてはリンパ節転移の可能性もあるので、手術を推奨しています。手術で根治が難しい場合には抗がん剤治療を検討します。
1) 内視鏡的乳頭切除術
以前は外科的治療のみでしたが、昨今では内視鏡技術・処置具の発達により内視鏡治療も行われるようになってきています。膵管や胆管内に達していない腺腫または腺腫内がんが内視鏡治療の良い適応となります。十二指腸内視鏡を用いてスネアという針金を乳頭部にかけ切開波で焼きながら切除します(図2)。続けて治療後のトラブル予防のために、胆管の出口を電気メスで切開して広げ、膵管にはプラスチック製のステントを挿入します。さらに治療後の潰瘍部分を出血予防でクリップで縫い縮めて終了します。5日後に治療部を確認して膵管ステントを抜いて帰宅となります。切除した腫瘍は病理診断科で腫瘍の診断と切除した断端を確認します。他の一般的な内視鏡治療と比較して、合併症が多い治療方法の一つです。出血・穿孔・膵炎・胆道感染など術中・術後偶発症に対して十分な知識と対応が必要なため限られた施設でのみ行われています。術前には上記の検査に加え、血小板数や凝固関連の血液検査を行います。内視鏡治療の前に施行医から十分な説明をさせていただきます。治療の後は、定期的な内視鏡検査や画像検査でのフォローアップが推奨されています。
図2.内視鏡による治療の手順
1)乳頭腫瘍を確認。2)腫瘍にスネアをかけて、腫瘍のまわりから締め上げる。3)十分スネアで締めて血流を減らした後に、通電して一気に切除し、腫瘍をつかんで回収。4)内視鏡を挿入し胆管と膵管造影する。5)膵管にステントを挿入し、胆管に出口を切開する。6)クリップで潰瘍部分を縫縮する。1週間後にステントを抜いて退院となる。
2) 外科治療
切除後に腺がんが含まれていることが判明することがあります。専門施設での十分な評価で、腫瘍がしっかりと切除できており、リンパ節転移の可能性が低い場合は根治と判断します。そうでない場合、あるいははじめから十二指腸乳頭部腺がんと判断された場合は手術を考慮します。また、腺腫であっても膵管や胆管に浸潤をしている場合は手術を推奨することもあります。幽門輪温存膵頭十二指腸切除術という十二指腸と膵臓の一部を切除する方法になります。膵臓がんに準じた治療となるため、切除範囲が広く、体への負担が大きいものの、治療成績は良く、膵がんに比較すると長期生存が得られます。その一方で、早期がんや腺腫の段階で浸潤が深部に及んでいない場合は、比較的体への負担が少ない外科的乳頭切除術(縮小手術)が選択される場合もあります。胆膵専門で経験の深い外科医師がよく相談して判断いたします。
3) 抗がん剤治療・全身管理
十二指腸乳頭部がんの患者さんのうち遠隔転移や腹膜播種などがあり根治術が困難な場合は、抗がん剤治療や保存的治療の適応となります。また、黄疸がある場合は胆汁の通り道にステントを留置する内視鏡ドレナージや皮膚からチューブを入れて胆汁を排泄させる経皮経肝胆道ドレナージを行います。また、他のがん診療と同様に症状に応じて鎮痛剤や吐き気止めなどでがんによる症状を和らげる治療を行います。
慶應義塾大学病院での取り組み
内視鏡治療には特殊な技術や知識、設備が必要です。当院では早期の乳頭腫瘍に内視鏡的治療を積極的に行っています。当施設はガイドライン作成に協力し、当施設の研究結果がヨーロッパのガイドラインにも採用されています。多くの患者さんをご紹介いただき多くの診療経験があります。丁寧な説明のうえで、ご理解を頂いた上で治療を行っています。また、手術が必要な患者さんについては、経験豊富な外科医で密に連携を取り、垣根なく必要な治療を選択し提供しています。
さらに詳しく知りたい方へ
- 内視鏡的乳頭切除術については日本消化器内視鏡学会から『内視鏡的乳頭切除術(endoscopic papillectomy:EP)診療ガイドライン』が出版されています。インターネットで見ることが可能です。
- 十二指腸乳頭部腫瘍は胆管腫瘍の範疇に含まれます。そのため、検査、手術については『エビデンスに基づいた胆管癌診療ガイドライン 改訂第3版』(日本肝胆膵外科学会、胆道癌診療ガイドライン作成委員会編. 東京:医学図書出版, 2019.6)に詳細が記載されています。Mindsガイドラインライブラリでも見ることが可能です。
文責:
消化器内科
最終更新日:2022年2月22日