概要
QT延長症候群は、心電図で心臓の興奮からの回復を意味する再分極過程を反映するQT時間が延長し、トルサデポアンという特徴的な多型性心室頻拍(たけいせいしんしつひんぱく)が出現し、失神や突然死の原因となりうる症候群です。生まれつき、または明らかな原因のない先天性QT延長症候群と、何らかの原因があって引き続き発症する後天性(二次性)QT延長症候群があります。先天性QT延長症候群は5,000人に1人程度発症するといわれています。
分類
先天性QT延長症候群は、心臓の電気興奮を作り出すイオンチャネルという細胞の膜にあるイオンを通す孔の異常によって起こる遺伝性の疾患です。
遺伝形式の違いによって、常染色体優性遺伝を示すロマノ・ワード症候群と、常染色体劣性遺伝を示すジャーベル・ランゲニールセン症候群に分けられます。後者は耳の聴こえの異常を伴いますが、極めてまれです。ロマノ・ワード症候群は、これまでに少なくとも8つの染色体上に13個の原因遺伝子が報告されています(表1)。これらの遺伝子変異は、心臓の電気的興奮を作るイオンチャネルの異常が主で、心臓の興奮(活動電位持続時間)が延長し、心電図ではQT時間が延長します。先天性QT延長症候群に遺伝子異常が確認できる率は50~70%で、遺伝子異常の頻度は、QT延長症候群1型(LQT1)が40%、2型(LQT2)が30~40%、3型(LQT3)が10%と3つの遺伝子型で80%以上を占めます。 後天性(二次性)QT延長症候群は、もともとのQT時間は正常または正常よりも長めですが、薬の服用、電解質異常(低カリウム血症、低マグネシウム血症)、徐脈など何らかの誘因に伴ってQT時間が延長して発症するものです。 後天性(二次性)QT延長症候群では、QT延長の誘因がなくなれば、QT時間は短縮しますが、多くの症例ではもともとのQT時間もやや長い傾向にあります。先天性QT延長症候群でみられる遺伝子異常も25%程度にみつかるとされています。
表1
型 | 染色体 | 遺伝子 | |
---|---|---|---|
ロマノ・ワード症候群 |
LQT1 | 11p15.5 | KCNQ1 |
LQT2 | 7q35-36 | KCNH2 | |
LQT3 | 3p21-24 | SCN5A | |
LQT4 | 4q25-27 | ANK2 | |
LQT5 | 21q22.1 | KCNE1 | |
LQT6 | 21q22.1 | KCNE2 | |
LQT7 | 17q23 | KCNJ2 | |
LQT8 | 12p13.3 | CACNA1C | |
LQT9 | 3p25 | CAV3 | |
LQT10 | 11q23.3 | SCN4B | |
LQT11 | 7q21-q22 | AKAP9 | |
LQT12 | 3q41 | SNTA1 | |
LQT13 | 11q24.3 | GIRK4 | |
ジャーベル・ランゲニールセン症候群 |
JLN1 | 11p15.5 | KCNQ1 |
JLN2 | 21q22 | KCNE1 |
症状
心電図のQT時間が延長し、トルサデポアンが発生すると、失神したり、心停止や突然死に至ることもあります。先天性QT延長症候群では、遺伝子異常の種類により失神、トルサデポアン、突然死などの症状の出現の仕方に特徴的な違いがあります。
LQT1での発作は、多くは運動中に起こりますが、特に水泳中に起こる事が多いのが特徴です。LQT2での発作の多くは、恐怖や驚きといった感情ストレス、睡眠中の騒音(目覚まし時計など)によって目覚めた時など、急激に交感神経が緊張する状態で起こります。また、LQT2では出産前後に発作が増えることも知られています。一方、LQT3での発作の多くは、交感神経緊張が低下している睡眠中や安静時に多く、徐脈時に発生しやすいとされています。
また先天性QT延長症候群の遺伝子異常は、子孫に代々受け継がれて家族性に発症することもありますが、家族にはみられずに本人にのみ遺伝子異常が出現する場合もあります。
生活上の注意および治療
(1) 急性期:
トルサデポアンが発作している時には、QT時間が延長している誘因を取り除くことが重要です。これには、原因となっている薬剤の中止、電解質の補正、心拍数を増やす薬剤や一時的ペースメーカーによる徐脈の改善を行います。
(2) 慢性期:
- 生活指導
LQT1と診断が付いている場合、また運動により発作が出現する場合には運動制限を行います。LQT1では水泳中の発作が特徴的であるため、特に若年者では水泳は禁止します。LQT2でも運動制限を行います。 - 薬物
LQT1ではβ遮断薬が最も有効です。β遮断薬で効果が不十分な場合、ナトリウムチャネル遮断薬や、カルシウム拮抗薬を併用することがあります。LQT2でもβ遮断薬を使用しますが、LQT1に比べて効果は低いため、ほかの薬との併用が必要な場合があります。また、カリウム製剤など電解質の補正目的の薬剤を使用することがあります。
- ペースメーカー
LQT3では徐脈の時にQT時間が延長するために、脈拍を増やす目的でペースメーカーの植え込みを行うことがあります。時としてLQT2でも植え込みを行うことがあります。 - 植込み型除細動器(ICD)
過去にトルサデポアンにより心停止となった場合、薬物による治療にもかかわらず発作を認める例では、遺伝子異常の型にかかわらず、植込み型除細動器(ICD)の植え込みを行います。
後天性(二次性)QT延長症候群では、誘因を取り除いてQT時間が正常化した場合にも、QT延長作用のある薬物や電解質異常、徐脈によって再び発作を起こす場合があり、これらの原因を避けるよう注意します。
予後
性別、遺伝子型、遺伝子変異の位置などにより、重症度や治療に対する効果に違いがあることが分かっています。
慶應義塾大学病院での取り組み
当院ではQT延長症候群を含めた遺伝性不整脈患者さんの遺伝子解析を実施しております。通常は採血(10ml程度の血液)で主要な原因遺伝子の変異の有無の解析が可能です。遺伝子解析をご希望される患者さんは外来および入院主治医にお問い合わせください。
文責:
循環器内科
最終更新日:2021年10月27日