概要
緩和ケアと聞いてどのようなことを連想されるでしょうか。終末期に行う医療、がん治療をあきらめた時に行う医療、という印象をお持ちの方もいるでしょう。しかし、がんにおける緩和ケアはがんと診断されたときから適用されます。終末期だけのものではありません。世界保健機関(WHO)では、緩和ケアを次のように定義し、その性質についても説明しています。
(日本語訳出典:日本ホスピス緩和ケア協会 ホスピス緩和ケアの歴史と定義)
※World Health Organization : WHO Definition of Palliative Care
日本でも、がんにおける緩和ケアは、平成19年度の「がん対策推進基本計画」で、重点課題として取り上げられてきました。その際は、「治療の初期段階からの緩和ケア実施」を課題としていましたが、医療用麻薬への誤解や、緩和ケアが終末期を対象としたものとする誤った認識があるなど、緩和ケアの理解や周知が進んでいない、という反省のもと、平成24年度の計画では、「がんと診断されたときからの緩和ケアの推進」と、課題目標を変えています。
治療
医療用麻薬
緩和ケアでは痛みの治療に医療用の麻薬を使用することもあります。医療用麻薬は体内にあるオピオイド受容体に作用して、鎮痛作用やその他の作用を示します。この受容体に作用する物質を「オピオイド」と総称します。日本緩和医療学会の「がん疼痛薬物療法に関するガイドライン2014年版」では「オピオイド」を次のように定義しています。
オピオイド:
麻薬性鎮痛薬やその関連合成鎮痛薬などのアルカロイドおよびモルヒネ様活性を有する内因性または合成ペプチド類の総称
もともと、ヒトにもエンドルフィンなどの内因性オピオイドが存在します。それらの作用点であるオピオイド受容体も数種あり、特に神経系に豊富に分布しています。内因性ではないケシ由来のアルカロイドなども、オピオイド受容体に作用します。医療用麻薬であるモルヒネ、オキシコドン、フェンタニルなどのオピオイド鎮痛薬も同様です。各オピオイド鎮痛薬のオピオイド受容体への親和性は様々で、薬理作用にも差があります。
さてここで、オピオイドの定義にもあった「麻薬」とは一体何でしょうか。実は、「麻薬」とは法律用語で、麻薬および向精神薬取締法によって製造や譲渡しなどが規制されている薬物の総称です。医療用麻薬も施用・管理などについて規定があります。これに対して、アンフェタミンやメタンフェタミンなどの覚せい剤は、強い中枢神経興奮作用や強い依存性のため、いわゆる「麻薬」と区別し、覚せい剤取締法で厳しく規制されています。麻薬と覚せい剤は異なります。しかし、これらを一括して「麻薬」としてイメージしている方が多いのではないでしょうか。
医療用麻薬への誤解
医療用麻薬については、「麻薬中毒になる」、「寿命を縮める」などの誤解が根強くあります。これについて、日本緩和医療学会の「がん疼痛薬物療法に関するガイドライン2014年版」では「背景知識」の中で次のように報告しています。
- がん疼痛にオピオイドを使用した場合、精神依存が生じることはまれである。
オピオイド鎮痛薬を使用したがん患者を追跡したコホート研究では、550例中Portenoyのaddiction(嗜癖、精神依存)の基準を満たしたのは1例(0.2%)のみ(Højsted J, et al. Eur J Pain, 2007)
- オピオイドの使用が生命予後を短縮するという根拠はなかった。
WHO方式がん疼痛治療法に基づき、痛みの強さに応じてオピオイド鎮痛薬を定期的に鎮痛に必要な量で投与すれば、患者の生命予後に影響を与えない。 (Bercovitch M,et al. Cancer, 1999;Morita T,et al. J Pain Symptom Manage, 2001;Portenoy RK,et al. J Pain Symptom Manage, 2006)
このほかにも、副作用の心配、「最後の手段」など死を連想させることなどから、心情的に麻薬を処方されることに抵抗感を持つ方もおられるでしょう。実際には、病状の進行度とは関係なく、痛みの強さなどに応じて薬剤が選択されます。医療用麻薬も、痛みや副作用に応じて増量・減量していくのは他の薬剤と変わりありません。痛みが和らいだら何が可能になるか、患者さんと共に目標を考えながら調整を続けます。
痛みの薬物療法の基本
がんによる痛みの場合、基本的には「WHO方式がん疼痛治療法」に従って薬物療法を行います。WHO方式がん疼痛治療法(1996年)は、全世界のあらゆる国に存在するがん患者を痛みから解放することを意図して作成されました。痛みの原因などに応じて、患者さんの心理的・社会的およびスピリチュアルな側面へ配慮しつつ治療を行います。現実的かつ段階的な目標を設定することも大切、としています(表1)。
表1. がん疼痛治療の目標
第一目標 |
痛みに妨げられない夜間の睡眠 |
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第二目標 |
安静時の痛みの消失 |
第三目標 |
体動時の痛みの消失 |
出典:がん疼痛の薬物療法に関するガイドライン2014年版(金原出版、2014)p.37から引用
鎮痛薬の使用法については、以下に「鎮痛薬使用の5原則」(表2)と「三段階除痛ラダー」(図1)を示します。
表2. 鎮痛薬使用の5原則
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※1:経口剤のほかに貼付剤や坐剤もある。内服困難な場合や速やかな調整の目的で注射剤を使用することもあり。
※2:持続痛では一定の使用間隔で投与。突出痛では痛み出現時にレスキュー薬*を使用。
*レスキュー薬:疼痛時に臨時に追加する臨時追加投与薬。
出典:がんの痛みからの解放 第2版 (金原出版, 1996)
図1.三段階除痛ラダー:痛みの強さによる鎮痛薬の選択・鎮痛薬の段階的な使用法
※鎮痛補助薬:主たる薬理作用には鎮痛作用を有しないが、鎮痛薬と併用することにより鎮痛効果を高め、特定の状況下で鎮痛効果を示す薬物。
出典:がんの痛みからの解放 第2版 (金原出版, 1996)p.17の図を一部改変
実際の痛みの治療では、薬物療法と非薬物療法の組み合わせが必要です。原病の治療や症状緩和目的での神経ブロックや放射線治療、手術によって症状緩和を図る場合もあります。リハビリテーションや生活の工夫なども薬物以外の疼痛緩和法として重要です。
今回は痛みの対応について記しましたが、苦痛の内容は患者さんにより様々です。吐き気、食欲不振、息苦しさ、むくみや腹水による張り感などについても薬物療法を適用する場合があります。
こころのつらさ
がん治療の経過では、こころに様々なつらさが現れます。病気や生活の心配、治療によるストレス、眠れない、気持ちが落ち込む(抑うつ)、ご家族のストレスなどに対し、がん専門の精神科医がお話しを伺い、カウンセリングや薬物療法を行います。具体的には抗不安薬や抗うつ薬、睡眠薬、抗精神病薬などが用いられます。
療養支援
転院や在宅療養を希望される方のためのサポートを行います。緩和ケア病棟、ホスピスのご紹介、在宅療養に必要な在宅訪問看護や訪問医師、公的サービスの手配などをお手伝いします。
慶應義塾大学病院での取り組み
慶應大学病院では、2007年10月より緩和ケアチームが活動しています。緩和ケアチームとは、入院中の患者さんの苦痛について、主治医とともにサポートを行う多職種からなるチームです。また、2010年には腫瘍センター内に緩和ケア外来を設置。2013年10月からは緩和ケアセンターとして組織化されました。外来・入院を通じて患者さんの体のつらさ、心のつらさ、療養環境の調整などについての診療・支援を行うほか、医療者向けの研修・教育活動も行っています。
さらに詳しく知りたい方へ
- 慶應義塾大学病院緩和ケアセンター
- 緩和ケア.net(日本緩和医療学会 緩和ケア普及啓発事業)
- 日本ホスピス緩和ケア協会
- World Health Organization : WHO Definition of Palliative Care
文責:緩和ケアセンター
最終更新日:2017年10月23日