症状
私たちの毛髪は、正常な状態でも毛周期と呼ばれる一定のサイクルを保ちながら"抜けては生える"を繰り返しています。何らかの原因で抜ける毛髪が多くなってしまう状態が脱毛症です。脱毛症はひとつの病気ではありません。脱毛が起きる原因や実際に毛髪を作る毛包(皮膚に埋もれた毛髪の根元の部分)がどの程度壊されるのかなどをもとに幾つかに分類されています(図1)。脱毛症の症状として共通するのは「毛が抜ける」ことですが、脱毛症の種類によって脱毛の仕方が異なります。
皮膚科を受診される脱毛症患者さんの多くは円形脱毛症と男性型(女性型)脱毛症です。まず、これらの脱毛症について説明します。
円形脱毛症
円形脱毛症は、毛髪を作るおおもとになる毛包のうち「毛根」と呼ばれる部分が炎症により破壊されることにより生じます。コインのように円形な脱毛斑ができるのが特徴ですが、重症の場合は脱毛斑がどんどん大きくなる、あるいは、たくさんの脱毛斑ができてしまうこともあります。最も重症の場合には体毛も含めて全身の毛髪が失われることもあります。本来、自分の身体を細菌やウイルスといった外敵から守るために活躍する「リンパ球」と呼ばれる細胞が誤って毛包を攻撃してしまうことによって生じると考えられています。このように本来攻撃の対象とはならない、自分を病気から逃れる機構=免疫系が攻撃してしまう状態を自己免疫性疾患といいます。また、稀ではありますが、円形脱毛症の患者さんの中には、甲状腺の病気や膠原病といった他の自己免疫による病気をお持ちの方がいらっしゃいます。脱毛以外に、疲れやすい、微熱があるなどの全身症状がある場合は主治医に伝えることが大切です。
男性型脱毛症
男性型(女性型)脱毛症は、性ホルモン、特に男性ホルモンの影響によりある特定のパターンをもって脱毛が進行していく状態をいいます。男性では前頭部からM字型にあるいは頭頂部から円形に脱毛が進行します。女性の場合は、前頭部の毛髪は比較的維持されますが、前頭部から頭頂部の間が薄毛になるという特徴があります。脱毛の症状はゆるやかに進行します。ある程度遺伝性があるとされています。なぜ、このような脱毛が生じるのでしょうか。それは、主として男性ホルモンの影響により、毛の生えかわり(毛周期)が早くなり、毛包が十分に大きくなる前に毛髪が抜けてしまうことを繰り返すため、毛包本体が小さくなるからです。そのため大人のしっかりした毛髪がうぶ毛のようになり脱毛します。
その他の脱毛症
その他、頻度は低くなりますが、毛周期のうち毛髪が抜けやすい休止期(毛髪が伸びない時期)の毛包の割合が増えてしまうことにより生じる休止期脱毛や、脂漏性皮膚炎などの頭皮の皮膚炎に伴う脱毛、化学療法に伴う脱毛、内科的な病気に伴う脱毛、栄養不良により生じる脱毛、真菌や細菌感染に伴う脱毛、また無意識に自分で毛髪を抜いてしまうことにより生じる脱毛などがあります。この中でも休止期脱毛は、大きな手術や産後の急なダイエットなどの後しばらくして生じることが多く、頭部全体の毛髪が一気に抜けてしまうこともあります。このタイプの脱毛の中には薬剤の副作用によるものが隠れていることもあります。
図1.いろいろな脱毛症
診断
例えば典型的な円形脱毛症などの場合、診断は比較的容易ですが、脱毛症状が頭部全体の場合など診断が難しい場合があります。また、内科的な病気が脱毛症状のもとにあるかないかを見極めることが大切です。
診断は大きく1)視診、触診 2)抜毛テスト 3)毛根の確認 4)血液検査 5)組織検査 によりなされます。
まず、視診、触診により頭皮、毛穴の状態を確認します。抜毛テストは毛髪の抜けやすさや毛周期ごとの毛包の割合を検査するのに重要です。抜けた毛髪を詳しく観察することも正確な診断には大変重要です。例えば、通常、私たちが髪の毛をとかすときに自然に抜けてくる毛の毛根はボウルのように丸い形をしていますが、円形脱毛症など炎症が強く毛根が壊されてしまったり、化学療法を受けられた患者さんのように毛根が傷ついてしまっている場合にはこの部分が先細りにとがってしまいます(図2)。
脱毛症は、内分泌異常や膠原病など内科的な病気に関連して発症してくる場合があります。また、脱毛症状が梅毒などの感染症の一症状であったり、亜鉛や鉄などの毛髪を作るのに重要なミネラルが欠乏するために生じる場合もあります。こうした病気に関連した脱毛症の場合、もとになっている病気の治療をしないと脱毛症状がなかなか改善しません。そのために、こうした病気ではないことを確認する血液検査が大切になります。
ここまでの検査でも診断が難しい場合、また、より正確な治療方針を決定する必要がある場合、頭部から皮膚組織を小さく採取する組織検査を行うこともあります。毛髪を作る毛包はほとんど皮膚に埋もれているので外から見ただけでは判断が難しいからです。多くの場合、局所麻酔をして脱毛が実際に生じている部分1-2カ所と脱毛していない部分を小さく採取し、細胞のレベルでどのような変化が生じているかを判断します。
図2.正常な毛根と炎症で破壊されている毛根との違い
.治療
脱毛症といっても数多くの種類があるので、治療は状態により異なります。基本的にもとにある病気の勢いを抑える治療法を選択します。
円形脱毛症
円形脱毛症は、小さい脱毛斑が1-2カ所できているだけであるなら自然に治ってしまうこともあります。だたし、たとえ脱毛斑が小さくても、拡がる勢いが強かったり、脱毛部分の頭皮が赤く炎症が強い、あるいは抜毛テストにて毛根の破壊像がはっきりしているなどの場合は炎症を止める治療が必要になります。炎症を止めるには、ステロイドの塗り薬、局部注射などが治療として行われます。全頭性、あるいは体毛もすべて失うような場合はステロイドの内服治療を行うこともあります。また、局所免疫療法といって人工的に一種の「かぶれ」を頭皮に起こして炎症の矛先を変えることにより発毛を促進するといった独特の治療が試みられることもあります。円形脱毛症の患者さんには、アトピー性皮膚炎を合併する方が多いことなどから抗アレルギー剤の内服が有効なこともあります。いずれにせよ、円形脱毛症といっても、病気の広がり、勢いによって患者さん一人一人最善の治療が異なりますので的確な診断のもと治療を受けることが大切です。
男性型脱毛症
男性型脱毛症は、市販でも様々な外用剤がありますが、ある程度進行した患者さんには内服治療が有効です。フィナステリドという男性ホルモンが体内でより強い形に変えられる経路を止める飲み薬が処方できます。効果は患者さん一人一人で異なりますが、かなり脱毛症状が改善する方もおり、また進行を止めるだけなら多くの患者さんに効果が期待できます。自費の治療になりますが、治療のご希望のある方は皮膚科にご相談ください。男性型脱毛症の場合にはホルモンに影響されない後頭部の毛包を薄毛の部分に移植する自家植毛という手術で症状を改善させることもできます。
女性の男性型脱毛症は現在のところよい飲み薬などがありません。しかし、ホルモン異常などが原因のこともあるので、一度皮膚科にご相談されるのが良いでしょう。
その他、内科的な病気や感染症などから来る脱毛症では、脱毛症の治療に先行してもとの病気の治療が必要なのは言うまでもありません。
生活上の注意
脱毛症になるとどうしても毛髪を失うことに対する心配から洗髪がおろそかになりがちです。よい頭皮の状態を保つことは脱毛症の治療において大変重要です。毎日か1日おきくらいには頭皮も含めてよくシャンプーし良好な頭皮を保ちましょう。また、過度な頭皮マッサージなどは不必要です。
俗に言われるように「ストレス」だけで脱毛になるという科学的な証拠は実は確立していません。しかし、今まで説明したように脱毛は全身の状態と関連を持ちますから、疲れをためないよう、できるだけ規則正しい生活を心がけるとよいでしょう。また、睡眠不足などは避け、喫煙、アルコールも適量としてください。鉄、亜鉛など毛髪を作るもととなるミネラルを過不足なく摂るために、バランスのよい食事を摂るようにすることも重要です。
慶應義塾大学病院での取り組み
脱毛症に対してより専門的な診断・治療を行うために皮膚科では毛髪外来を週1回(木曜午後2時から)開設しています。毛髪外来は予約でのみ受診を受け付けておりますので、まずは通常の皮膚科を受診されご相談ください。
さらに詳しく知りたい方へ
日本皮膚科学会の「皮膚科Q&A 第11回―脱毛症」
National Alopecia Areata Foundation (NAAF、米国、英語)
「毛の悩みに応える皮膚科診療」板見 智、宮地良樹編、南山堂
文責:
皮膚科
最終更新日:2018年1月31日